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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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82.路

 バザロフが身をかがめて部屋を出ていくのに続いて、キラも扉をくぐる。

 部屋を出ると、そこは”コルベール号”の船内、上甲板だった。両端に砲台がいくつか並び、その合間で荒くれ者といった風体の男たちが自由な体勢でくつろいでいる。

 彼らはバザロフの姿を認めるや居住まいを正し、その後ろへは鋭い眼光を飛ばす。


「親方、大丈夫なんスか。リヴォルのやつといい……ちょいと大胆すぎやしませんか」

 仲間とだべっていた男が、勢いよく立ち上がり、バザロフへ詰め寄った。

 彼もかなりのタッパがあったが、バザロフに比べれば枝のように細い。その貧弱さをひた隠すかのようにシャツやらズボンやらを緩く着崩し、銀髪の坊主頭には剃り込みが入っている。


「あァ、平気だろ。どうやらこいつは……こいつも訳アリらしい。一人で帝都を相手にするつもりだったみたいだしなァ」

「一人でっ?」

 銀髪坊主の男が素っ頓狂な声を上げると、それを合図に周りの海賊たちも声を張り上げて笑った。失笑するものもいれば、ニタニタとするものもおり、指をさして大笑いするものもいる。


 キラはむっとして、ボソリとつぶやいた。

「”五傑”の一人や二人は倒せるって言われたし。帝都を落とすまでは行かなくても、混乱を招くくらいはできる……と思う」

「ほざくなよ、ヒョロガキ! 一人や二人だ? ――舐めてんじゃねえよ!」

 剃り込みのある坊主頭の男が、バザロフの傍を離れるや、がつがつと詰め寄ってきた。

 キラも負けじと言い返そうとしたところ、バザロフが男の肩を掴み、その大きな手でぐいと引き剥がした。


「ゲオルグ、揉め事おこすんじゃねェよ。テメェらも。……あの森で起こったこと、見てねェ奴ァいねェだろ」

「けど親方! こいつは所詮負けたほうでしょう!」

「おいおい……。あンなトンデモねェ力もってて、とどめを刺さねェ馬鹿いるかよ」

「ずぶ濡れの泥まみれで……!」

「それこそだろォが。確かにずぶ濡れだったが、目立った怪我といえば肩だけ……あとは打撲やら打ち身やら。――キラ、テメェは、雷の方なんだろ」


 ぎこちなく頷くと、それまで笑っていた海賊たちの顔からさっと笑みが引いた。笑い声は未だに船内に響いているものの、取って付けたような乾いたものばかりだった。

「こいつにあンな力出されてみろ。もろとも海の藻屑だァ。だから、ある程度の自由が必要……そう思わねェか?」

「……うっす」

「あァ? もっと腹から声だせァ!」

「ウッス! すんませんっした!」


 バザロフにも、そしてキラにも、勢いよく頭を下げたゲオルグ。

 腰を直角に曲げた姿勢のまま、一つとして動こうとせず……キラがその様子に戸惑っていると、バザロフが顎をしゃくって合図をした。

「全員、準備しておけ。じきに上陸だ」

 バザロフが大股にずどんと一歩踏み出すと、蜘蛛の子をちらしたように海賊たちは持ち場に戻っていった。


 足音の響く船内を歩きぬけ、階段で露天甲板へ上がる。

 慌ただしくなっていく船上に立ち……キラは無意識の内に舷縁へと歩みだした。その手すりに手をかけて、目の前の景色に前のめりにのめり込む。

「おおぉ……!」

 ただ、ただ。広大な海が広がっている。きらきらと煌めく濃密な青色が、一杯に敷かれていた。どこを見ても、どう見渡しても、水平線まで遮るものがない。

 空は海よりも濃く深い色合いに染まり、まだ月の輪郭がはっきりと見える。

「すごなあ……!」

 水平線の向こう側からは、太陽が顔をのぞかせていた。空との境目が黄金色に輝き、今にも夜の空すべてを照らそうとしていた。


「海の日の出が気に入ったなら、素質はあるなァ。どうだ――俺たちの仲間になるか」

 キラは目に見える光景全てに息を呑み……バザロフの言葉に首を振った。

「海もいい。だけど……まだ陸のことも知らないから。この景色を堪能するのは、もっと先の楽しみとしてとっておくよ」

「ハッ、良い返事じゃねェか。――リヴォル! これからの作戦を聞かせてやれ!」


 慌ただしく各々役目を果たす荒くれ者たちの中、一人場違いなほど美青年なリヴォルは、ひいひい息つきながら樽を運んでいた。

 舷縁に並ぶ三つのボートのうち、一つのそばになんとか下ろすと、フラフラとした足取りでバザロフの声に従った。

「あぁ〜……つらい」

「だから体力つけろって言ってんだろォが。俺ァ全体の指揮を執るから、説明任せた」

「ぁい……」


 バザロフが船員たちに檄を飛ばしながら船上を歩き回り、それにたいして、リヴォルは手すりに寄り掛かるようにして床へ腰を落とした。

「……大丈夫?」

「まあ、なんとかな。で、説明……だっけ? ……何の?」

「……さあ?」


 二人して首を傾げていると、バザロフの声が鋭く飛んできた。

「これから帝都を攻め落とすってんだ! 人手は一人でも多いほうがいいッつう話だ!」

「それならそうと先に言ってくださいよ」

「それァ悪かった! あと、そいつの剣、陸につくまでは返すんじゃねェぞ!」

「はぁい!」


 リヴォルはけだるげに返事をして、つと立ち上がる。

 そこでキラは、海賊な格好をしている青年の腰に”センゴの刀”がぶら下がっているのを目にした。

「悪いな。バザロフさんは優しい人だけど、この船に乗る人達はそうじゃないのも多いから。だから、形だけだ」

「返してくれるなら……。――あのオーガみたいな人から、帝都に攻め入るつもりだってことは聞いたけど」

「オーガみたいな人……!」


 くすくすと笑うリヴォルに、キラは声を低めて早口に弁明した。

「いや、だって……。戦ったこともあるけど、体格というか、見た目の圧迫感というか……ほんとに似ててさ」

「へえ! 戦ったこと――っていうか、見たことあんのっ?」

「あるよ。……ないの?」

「まあ、俺は戦い苦手だし、帝国基地にこもってばっかだったから。けど、やばい魔獣なんだろ? いくつもの村が一匹のオーガでやられたって話、結構聞くぜ」

「そう……そっか。たしかに、村によっぽどの剣士とか魔法使いとかいないと、かなり厳しいかもね」

「その割には『サクッと倒した』的な感じでいったじゃん?」

「動きは単調だし。頑張ればいけるよ」

「……なーんか、いまのでお前が常識はずれな感じが分かった。すげー強いのは、サガノフを一撃でのしちゃったから分かってたけど」

「……サガノフ?」

「ほら、一番右のボートで作業してるアイツ」


 ボートに異常がないか確認しているバンダナの男は、キラの目には少しばかり奇妙に映った。

 仕草や立ち居振る舞いが、リリィたちの見せたそれとどことなく似ているのだ。品があって、丁寧で、それでいて一切の無駄がない。

 その姿からにじみ出る雰囲気とは裏腹の俗っぽい海賊姿には、なんとも言い難い違和感がある。腰の後ろに携えているナタも、分不相応にすら思える。

 彼は視線には気づいていたようだったが、自らが声をかけることはなく、黙々と作業に集中していた。


「なんか……別人? もうちょっと……ガサツというか、荒っぽかった気がするけど」

「ナタ握ると人が変わるんだ。気が大きくなるというか、大きく見せているというか。――で、何から説明すれば良いんだろ。まず、オレたちのことはどんな感じか聞いてる?」

「聞いてはないけど……帝国兵士だった君がこの海賊団にいるってことは、そういう――”反帝国”的な人の集まり、じゃないの?」

「”反帝国”……まあ、そうだな。そういえるよな、うん」


 含みのある言い方をして頷くリヴォルが気になったが、彼にはそれ以上言及するつもりはないようだった。

「まあ、一応、オレたちはそういう集まりなんだけど……。帝都を落とす――っていう話をする前に、知ってるか、”軍部”には途方もなく強い奴らが居てさ」

「”五傑”のこと? レオナルドからは聞いたけど……」

「ああ〜……まあ、そいつらも実力者なんだけどさ。”軍部”が帝国で『他に有無を言わせない』権力を持ち始めたのって、七年くらい前からなんだよ。同時期に、やばい奴らが”軍部”の下についたんだよ」

「それ……ブラックとロキ?」

「そう! って、知ってた?」

「知ってるも何も……僕は、その二人に用事がある」

「……はい?」

「今、王都を帝国軍が占拠してる。……っていうのは、知ってる?」

「ああ、まあ……。新聞でさんざん読んだし」


 聞く立場から話す立場に。なぜだかぬるりと入れ替わってしまったことに奇妙さを覚えつつも、キラは話を続けた。

「王都を救うには、帝国軍を撤退させることが一番。だから、帝都へ向かって混乱を起こして、あわよくばブラックもロキも引きつけられれば……っていうのが、僕のもともとの目的なんだよ」

「ってことは……? お前、ブラックもロキも同時に相手にしようと思ってたのか?」

「結果的にそうなる、っていうのはレオナルドと話してた。少なくとも、ブラックの方はなんとかなると思うけど……ロキは、正直、戦ってみなきゃ分からない」

「いや、それでも十分だって……! やべえ、興奮してきた! バザロフさん!」


 船尾楼甲板にあがり、あれこれと眼下の部下たちに指揮していたバザロフは、すぐさまリヴォルの声を聞きつけたようだった。

 その興奮した様子と大きな手振りに引きつけられたのか、階段を降りて、大股で歩み寄ってくる。


「ンだよ。まだ何を説明していい分からねェってか」

「違いますよ。こいつが何をしようとしたか知ってます?」

「あァ。一人で帝都をひっかきまわそうとしたんだろ? ――まて、そっから先のことは聞いてなかったな。王都がどうたらと聞いちゃいたが……」

「こいつ! ブラックの方はなんとかなるって! オレたちにもツキが回ってきましたよ!」


 バザロフは毛むくじゃらの顔を一瞬呆けさせ、そして豪快に笑った。

「はっは! いいこと聞いた! よし――ダヴィード、イゴール! 俺らはさきにボートで向かう。後のことァ大体わかってんだろ。指揮を頼む!」

 野太い声が船尾の方へむかって響き、すると階上から太った男と洒落っ気のある中年男が現れた。

「おう、任せてくれ、親方!」

「神に誓って……必ずや、ご期待にいれましょう」

 陽気な返事と、粛々とした返事。両極端とも言える反応に、キラは唖然とし……バザロフとリヴォルに言われるままにボートの着水準備を手伝った。


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