803.無理難題
「――! 腕が……!」
エルトの〝覇術〟で空中へ駆け出し、シスを受け止める。
ずいぶんとボロボロだった。いつもの黒マントは至る所が焼かれ、病的な白い肌が焦げている。
さらには、左腕がない。真っ黒になっているところを見ると、〝紫の雷〟にやられたらしい。炭化してくずれたか、あるいは自分で切り離したか……。
いずれにしろ重傷。息は安定しているものの、満足に動ける状態ではない。
キラはサッとあたりを見回した。
一帯は災害にでもあったかのように瓦礫だらけだったが、今はそれが幸いした。大きな瓦礫の物陰に目をつけて、素早くシスを移動させる。
「シス、シス! 聞こえる? 返事して!」
「あ、ああ……すみません。耳鳴りが……ひどくて……。どなたかすみませんが……」
シスは譫言のように呟き、その様子にキラは焦りを感じた。
〈目も見えてない……! 救援を……〝アルマダ騎士団〟は……!〉
〈キラくん、落ち着いて。目はやられてないから、多分一時的なもの。出血はないみたいだけど、下手に動かしちゃダメ〉
〈ん……。うん、わかった〉
〈私たちじゃ治療はできない。だから、合図を送って。〝雷〟を空に放つんだよ〉
〈それだけ……? 〝隼〟でぶっ飛んでルセーナたちにでも知らせた方が……〉
〈戻って、説明して、連れてきて……それだけでどれだけ時間かかるか。――大丈夫。セドリックくんがすぐに気づいてくれる〉
〈けど、気づかなかったら……!〉
〈もう。仲間でしょ? あの子たちの力を信頼しないと。だからいう通りにする〉
〈――わかった〉
キラはすぐそばに落ちていた鉄の棒を取り、羽織っていたマントを巻き付ける。周囲の瓦礫で一番目立つところに引っ掛け、空に向かって〝雷〟を放った。
それから物陰に横たわるシスのそばに膝をつき、声をかける。
「シス、シス。きっと助けが来る。それまで頑張って」
「……? ああ……ああ、キラさん、でしたか……。僕なら……平気、です」
明らかに平気そうではなかったが、その言葉とセドリックたちの判断力を信じることにした。
一度ぎゅっと手を握ってから、立ち上がる。
〝パサモンテ城〟へ向けて再び走り出す……そのタイミングで、空から何かが降ってきた。ドンッ、という衝撃音と共に瓦礫の山に突っ込む。
〈いよいよ余裕がなくなってきた……〉
〈って時に来るんだよねえ〉
薄々……。こうなるのではないかという予感がしていた。
〝ローレライ海賊団〟の乱入はともかくとして、〝パサモンテ城〟を中心として広がる〝闇の雲〟には気づいていた。
ブラックが姿を表すのではないかと警戒していたくらいである。
二体の〝人形〟と同時に相手をするのはきついが、何もブラックは〝始祖〟の仲間ではない。逆に、利用すれば〝緑の炎〟も厄介なことになる前に片付けることができると踏んでいた。
ところが想定はまるっきり外れてしまった。
そもそもの話、なぜブラックが〝ローレライ海賊団〟と行動を共にしていたか謎だったわけだが……たった今、その答えが形を成して降ってわいてきた。
〈この〝気配〟……〉
〈〝覇術〟……! ローレライ海賊団〝総督〟ヒューガは竜人族……一緒にいた意味がようやく理解できたわね〉
空から降ってきた何かのかわりに、瓦礫の山からインコが飛び出ていく。
戸惑うように瓦礫の上をくるくると旋回していたものの、少ししてから我を取り戻したように飛び去っていく。
そのインコの行方をじっと見守る人物が、瓦礫のそばに立っていた。
風で揺れる長い髪の毛は、輝くように真っ白。
というのに、その顔つきは冷徹極まりない。血のような真っ赤な瞳も相まって、その視線でヒト一人を殺してしまいそうなほど。
闇に紛れるような漆黒のコートに、名剣〝ペンドラゴンの剣〟。
〝闇の神力〟を有するブラックが、血のような瞳をじろりとむけてきた。
「なるほど……女の〝声〟。貴様のあの右目はそういうわけか……」
〈わお。じゃあ、はじめましての挨拶しなきゃあね。私はエルト……よろしくね〉
ブラックはその返事でもするかのように、髪の毛も〝ペンドラゴンの剣〟も〝闇〟で染め上げた。
「一つ聞こう……。なぜレオナルドを殺した」
「……死ななきゃならなかった」
「前にもそう言っていたな。――それで俺が納得するとでも?」
「なんにしろ……納得なんてしないさ。――僕もそうだった」
殺気とともに〝力〟が膨れ上がる。
〝闇の神力〟と〝覇術〟とがないまぜとなり、あたり一帯の空気がブラックに掌握される。
その様を見て、キラは気を引き締めた。〝センゴの刀〟に手をかけ、いつでも抜刀できるように構えておく。
レオナルドには、ブラックのことを頼まれている。
止めるか、さもなくば、殺すか。
どちらにせよ、難しい話だった。
◯ ◯ ◯
「すっげえ……かった」
「うん……」
思い返してみれば、セドリックはこれまで一度もキラの本気を見たことがなかった。
何度も模擬戦に付き合ってくれたし、〝王都武闘会〟でも元帥アランとの理解不能な攻防を目の当たりにした。
ただ、生死をかけた戦いという点においては、立ち会うことすら稀。
キラは強い。一人で戦局を覆してしまうほどに。
だからこそ、〝武装蜂起〟でも基本的に単独行動だった。
〝黄昏現象〟の際にも別行動で、〝奇跡の街〟パクスの一件でも一人で敵アジトに乗り込んだ。アベジャネーダに至る旅路に至っても、盗賊団を軽く捌いただけ。
そのためセドリックにとっては……おそらくはドミニクにとっても、天然ボケの入った〝優しい友達〟だった。
ただ……〝命を懸けた戦い〟を目の当たりにすると、イメージが変わる。
それが彼の常であること。彼が真の意味で戦場に身を置いているということ。一秒先の安全も保証されない中で、それでも強くいられること。
どれだけの苦難を乗り越えてきたのか、目の前にしたかのようだった。
――友達を殺したのだと、リケールまでの旅路で聞いた。
その話にショックを受けたのは、キラが〝優しい友達〟だったから。彼がそんなことをするはずはないだろう、という先入観が少なからずあった。
今は、少し違う受け取り方ができる。
骨の髄まで戦士であるキラだからこそ……戦場の残酷さを知り尽くしているからこそ、そう判断せざるを得なかったのだ。
その悔しさがどれほどのものか、推しはかることなどできはしないが……。
だからこそ。
「あいつを……。独りにしちゃあおけないな」
「同じこと……。思った。間違っても、先には死ねない」




