802.核
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インチキといえばインチキだった。
とはいえ、そうも言っていられないのも事実。〝始祖〟が現れた以上、悠長にはしていられない。
そういうわけでキラは、エルトとのスイッチ戦術で、〝ローレライ海賊団〟本隊をきっかり一分で撃破した。
大立ち回りをこなすのはエルト。
〝猫足〟を軸とした素早い歩法で九人の合間を縫い、〝センゴの刀〟で適当に斬りつけていく。
もちろんその程度ではやられてくれない猛者揃いだが、何かしらの反応は示す。
なにしろエルトは天才剣士……適当とはいえ、その一振りは誰にとっても脅威。
ゆえに、余裕のなさが凌ぎ方に現れる。
その一瞬の反応を見抜いて、キラが内側から指示。
まずは人魚。その次はタコ人間。次は鮫肌の海賊。
一撃必殺が理想だが、そうでなければ二振りで仕留める。エルトの一撃がダメならば、瞬時にキラがスイッチして、敵の想定外をつく。
最後のヤッさんとやらが面倒だったが、これは〝覇術〟で解決。
エルトが〝火焔・飛燕刃〟を超至近距離でぶち当て、胴体を真っ二つに焼き裂いた。
その後、恐怖と混乱で飛び出したヴェルクとヘクスターを一秒程度で始末。
そうやって〝ローレライ海賊団〟の主戦力を叩き潰したところで、〝アルマダ騎士団〟の増援が到着。
呆気に取られているリーダーらしき騎士にその場の一切を任せて、〝パサモンテ城〟に向けて走ることとなった。
〈さ、さすがに疲れた……! きついぃ……〉
〈夜通し頑張った後のこれだもんね〜。私はまだいけるけどっ〉
〈……や。いけないとか言ってないし〉
〈なんで張り合うのよ〉
〝人形〟二体に〝ローレライ海賊団〟本隊……対多数を続けて捌いたために、脳みそがはち切れそうなほどに疲れている。
しかし命のやり取りを切り抜けたからか、眠気は毛ほどもない。
あらゆる感覚がこれまでになく冴え渡り、走っている最中でも周りの状況をよく把握できる。
リケールはもはや滅茶苦茶。あちこちに海賊船がささり、これを中心として戦火が広がっている。
街中は真っ直ぐに走るのも困難なほどに荒れていた。
瓦礫を飛び越えたり、倒壊した建物を避けたり、目の前に転がり出てきた海賊やマフィアを昏倒させたり……。
〝アルマダ騎士団〟も尽力しているのだろうが、それでも助からなかったヒトも多く見かけた。
〈本当なら海賊もマフィアも一掃したいとこだけど……〉
〈ブレちゃいけないよ、キラくん。〝アルマダ騎士団〟に任せてきたんだから――私たちがなすべきは、アレの対処〉
迷いながらも、キラは走る足を止めなかった。止められなかった。
直線上に見える〝パサモンテ城〟は、まるで異界に飲み込まれる寸前。空は晴れやかというのに、〝パサモンテ城〟の周囲にだけ暗闇が渦巻いている。
その内側では〝紫の雷〟が駆け巡り、その領域を押し広げようとしていた。
〈〝雷の神力〟……。〝始祖〟に返した覚えはないんだけどな〉
〈キラくんコピーも現れたし……〝雷〟もコピーってこと?〉
〈だろうね、あの言いようからしたら。けどほんと、記憶喪失前に何やらかしたんだか……くそ〉
〈あ。お下品〉
〈いまさらじゃん。それより気になるのは……〝始祖〟はなんで表に現れたんだろ?〉
〈キラくんを直接排除するしかないって判断したから、とか?〉
〈……レオナルドの作戦が漏れた?〉
〈まさか。エンリルくんにすら核心は知らせてないし、〝ラボ〟が見つかったとしても記録はない。だから――純粋にそう判断したってこと〉
〈――なお、悪い〉
苦虫を噛みつぶしたような、そんな苦さが胸を満たす。
正直に言って、〝始祖〟と戦って勝つイメージが湧かない。
レオナルドの言っていた通り、〝始祖〟と渡り合うには〝世界最強〟が前提条件――下準備すら整っていないのだ。
そこへ先手を仕掛けてきたと考えると、最悪の状況と言える。
ただ……同時に違和感も覚える。
〝腕〟に〝教団〟に〝人形〟――あれほど表に出ることを嫌っていた〝始祖〟が、こうもあっさりと姿を表すものだろうか。そうして策を弄さねばならないのは、〝始祖〟にとっての脅威がいたためではないのか。
その脅威とやらが今この場に姿を表さずとも……後々、苦境に立たされるとわかるはず。
それを押してなお、現れたのだとしたら。
〈狙いは他にある……?〉
〈だとしたら――最悪、の一歩手前かも〉
〈その狙いが分かればいいけど、探す時間はない。だから、徹底的に〝始祖〟の邪魔をして時間を稼ぐ〉
〝雷〟相手ならば、やりようはある。暴走に至るまで溜め込まないようにいなしつつ立ち回れば……。
だがその想定は、早くも崩れることとなった。
〈――キラくん、何か飛んでくる!〉
〈人だ――シスじゃん!〉
前方から……暗闇の空間から押し出されるようにして、シスが飛来してきた。




