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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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800.助け

 〝知恵の神力〟の暴走。

 それが本来どういう規模で、今回がどれだけマシだったのかは不明。

 ただ事実として、これまで生きてきたすべての記憶が消えるようなことはなかった。


 失ったのは、ほんのわずかの間の記憶。

 なぜ今倒れているのか……その一点だけ。

 〝パサモンテ城〟からなんとか逃げたのも、〝チルドレン〟とやらと遭遇しているのも覚えている。

 なぜ足が痛いのかも、ぼんやりと思い出せる。


 それもこれも、アテナがギリギリまで必死に制御してくれたおかげだろう。

 だが――タイミングが悪すぎた。


「ぐ……っ……」

 〝神力〟の暴走は、その場にいるすべてに等しく作用した。

 あたりは静寂に包まれ、混乱の最中にあったということを皆が忘れていた――〝チルドレン〟以外は。


 静かな空気の中で、マーカスの呻き声がいやに響く。

 何かが散る音も、甲高く響く金属音も、そしてどさっと倒れる鈍い音も。


「マーカスさん!」

 何が起こったかなど、考えるまでもない。

 その一瞬だけは、目に映るもの全てを素早く脳内で処理し――剣をとって立ち上がっていた。


「――このクソッタレがぁッッッ!」

 もしかしたらアテナもマーカスも望んでいないかもしれないが、もう我慢ができない。

 そうやって吹っ切れたからか、今までにないほど全てがクリアとなった。


 視界に映る状況全てを把握することができ、風や〝気配〟で敵の動きを察知する。

 右の小さな鎌による、大ぶりの横なぎ。


 距離はあるが、右腕が伸びることでその鋭い先端を的確に当てようとしてくる。

 これをエリックは、左の大鎌の動きに注意しながら、剣で受け流す。ひどい恐怖に押しつぶされそうだったが、冷静に処理できた。


 と、そこで一旦停止。

 勢いに任せて突っ込まず、あえて距離を保つ。


 すると、先ほど弾いた小さな鎌が、腕が縮むのに合わせて戻っていく。

 どうやら、腕が伸びるだけで、そこからさらに自在に動かせるわけではないらしい。

 それを確認して前のめりになろうとしたところで――エリックは毒づいた。


「今度はお前が来んのかよ……ッ!」

 〝チルドレン〟が左の大鎌を構え、突進してくる。


 タイミングをずらされたことに苛立つが、少しばかり余裕がある。

 一歩ほど距離を置きながら、観察。

 大鎌の刃渡は百センチ以上。その刃はすでに血塗られており、マーカスを鎧ごと引き裂くほどの鋭さがある。


 下手に刃を交えることはできない――回避一択。

 そこまで思考が回ったのはよかった。


「――ッ!」

 小さな体躯を目一杯に使った一撃必殺の大鎌。

 そう思い込んでいたところへ、ニュッ、と右の小さな鎌が動き始めたのである。

 腕が伸びるからこそできる曲芸に、エリックは目を細めた。


 瞬時の判断で、大鎌の軌道を読み、受け止める。

 もう一歩、何とか遠ざかり、大鎌の峰に剣を当てる。

 〝チルドレン〟のパワーは、その見た目からは考えられないほどだった。大鎌の重さも相まって、軽く吹き飛ばされてしまう。


 想像以上の力で肝を冷やしたが、それがエリックの狙いだった。

 二つの鎌を捌くのは不可能。ならば、大鎌の可能性を潰した上で、小鎌ひとつに絞る。

 しかし。

 これもまた、中途半端。


「っ……!」

 状況が好転しない。

 素早く起き上がり、体勢を立て直す。

 だけでも、〝チルドレン〟にとっては大きな狙い目であり――エリックにとっては、どうあっても埋めることのできない隙だった。


 顔を上げたところで、すでに小鎌が目前にまで迫っている。

 斜めから降りかかるような軌道。

 そうやって攻撃を読むことはできたが、どう対処するか思考する猶予などない。


 反射的に体を逸らし……パ、と胸を引き裂かれる。

 革鎧のおかげで思ったほど深くはないが、鋭い痛みに身体が揺らぐ。

 その怠慢を、〝チルドレン〟が許すはずもない。

 すぐに、目の前にまで迫り来る。


「くそが……ッ!」

 振り下ろされる大鎌を、ただ見ることしかできない。

 死。

 それを、目の当たりにして、心臓が冷えて固まる。

 そこへ――。


「――助けに来たぞ!」

 炎が、冷え冷えとした恐怖から救ってくれる。

 間一髪のところで、スプーナーが〝炎の魔剣術〟で大鎌を焼き切ったのである。


 どた、と後ろ向きに倒れて、エリックは呆然とその後ろ姿を見上げる。

 全身を使って息をして、汗もダラダラと流れた壮麗の騎士。

 その後ろ姿は、生涯忘れられないほどに格好良かった。


「平気か?」

「スプーナーさん……! なんで……っ」

「皮肉にも……。私は〝神力〟を探知するのに優れているらしい。――急いできてよかった」

「そいつ……そいつ! 身体が変形して……ともかく、気をつけて……!」


 悠長にアドバイスなどしている暇はなかった。

 〝チルドレン〟は、仮にも腕が焼き切られたというのに、他人事のようにその断面をしげしげと観察していた。

 まるで痛がっていない。

 どころか、その傷口がグチグチと沸騰するかのように泡立ち始め……大鎌が復活する。


「……エリック。マーカス殿が、例の協力者だったのだな?」

「そうっす……。あ……?」

「早く、声をかけてやってくれ。――ここは私が食い止める」


 まるで記憶が蘇ったかのように。

 今の状況を、ふと思い出す。


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