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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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799.ちるどれん

「何者だ」

 ヒトの形ではあった。きちんと立ってはいた。

 背丈は子どもほど。

 百三十あるかないかの小柄で細身。


 ただ、それ以外の情報がないに等しい。

 目の色も、鼻立ちも、口の形も、髪の毛の色も、肌の色も、何一つわからない。

 なにせ、爪先から頭のてっぺんまで、包帯に包まれている。その状態で身につけているのは、真っ黒なコートと軍帽だけ。

 人間というには、あまりにも異質。


「〝ちるどれん〟」

「……対話ができるとはな」


 見た目に反して可憐な声。

 だからこそエリックは悪寒がした。

 包帯で塞がれた口がモゴモゴと動くさまを見ると、なおのこと化け物のように思えた。目も同様に隠れているというのに、気味の悪い視線を感じる。


「よこせ」

「何をかは知らんが、なんであろうと渡すわけがない。――エリック。〝日誌〟を頼む」

 マーカスは警戒を高め、布に包まれたそれを雑に放ってきた。なんとか受け取ってから、後ろ腰のベルトに挟む。

 すると〝チルドレン〟とやらが行動に出た。


「〝あーみー・あーむ〟」

 可憐な声で呟きながら、一歩ずつ近づいてくる。

 その間にその右腕が、ぎちぎちと不気味な音を立てながら変形していく。

 包帯の隙間からだらだらと血が流れていき、完成したのは――。


「〝もーど・さいす〟」

 大鎌。

 その鋭い刃が、包帯を破って出てきた。

 〝チルドレン〟の小柄な体つきに似合わないほどの大ぶり。

 がつん、と鈍い金属音とともに地面に落ち、それも構わずずるずると引きずっている。


「な、なんだありゃあ……!」

「〝ユニークヒューマン〟……にしては、異形だ。ともかく――逃げろ!」


 エリックが身動きできない間にも、マーカスは動いていた。

 〝モルドレッドの槍〟を構えて、一気に距離を詰める。


 〝サイス〟の大きさを加味した接近戦。

 〝チルドレン〟が腕を振り始めた瞬間を狙ったのだ。

 一思いに決める――マーカスの狙いはわかっていたが、エリックは叫んでいた。


「マーカスさん――右! 伸びてる!」

 〝チルドレン〟の左腕……大鎌の柄に当たる部分が、ニュンッ、と伸びる。

 まるで蛇のように、マーカスに巻き付いた。


 そうはいってもマーカスの方が早く攻撃を繰り出したが――〝チルドレン〟は重い鎌と伸びた腕を利用し、ちょん、と軽く横によける。

 最小限の動きで槍の一撃が避けられ――そのせいもあって、マーカスは防御が遅れた。

 致命傷は逃れたものの、巻き付かれた大鎌に右肩を貫かれる。


「ぐっ……!」

「マーカスさん!」

 本当は剣を引き抜き加勢したかった。

 だが腕の中にはアテナがいて、依然として苦しそうに呻いている。

 心なしか熱も上がっているようで、彼女の額に乗せた手をどけてしまえば、たちどころに暴走してしまう。


「エリック……! 逃げろッ」

 マーカスは身を捩り、〝モルドレッドの槍〟を引き寄せ、食い込む大鎌の刃を弾いた。

 パッと飛び散る鮮血に、ふらりとよろめくマーカスの身体、近づく〝チルドレン〟……その様子と、腕の中のアテナの苦しそうな様子とを見比べる。


 選ばねばならなかった。

 この無理難題への身の振り方が、ここにいるすべての命を左右する。

 エリックは奥歯を噛み締め……振り向いて走り出した。


「くそっ、クソッ……!」

 押し留めていた悔しさが、喉から漏れ出ていく。

 確固とした意思ではない決断が、何よりも悔しかった。


 マーカスが絶対に勝ってくれると信じたわけではない。

 自分こそがアテナを助けるのだと息巻いているわけでもない。

 マーカスを頼ったのも、アテナを心配しているのも事実だが……結局のところは消去法。

 流されるような逃げ方しかできなかったのが、ひどく恥ずかしかった。〝古狼〟を名乗るヴォルフと同じ穴の狢である。


 そんな中途半端さが、

「――あ」

 〝チルドレン〟につけいる隙を与えた。


 逃げると決めたはいいものの、全速力ではなかった。

 まだマーカスを助けたほうがいいのではないかという迷いがあり……足が緩んでいた。

 そこを、狙われた。


 裂くような痛みが走るのと同時に、前のめりに倒れてしまう。

 アテナに衝撃が走らないようになんとかカバーはしたものの、地面に転がしてしまう。


「エリック!」

 反射的に振り返ると、〝チルドレン〟の右腕が変形していた。

 左腕と比べると幾分小ぶりながらも、小回りのきく小さな鎌に変形している。

 マーカスと戦っていた〝チルドレン〟は、隙を見て右の鎌を伸ばしたのである。


 そうはいっても、小さく切り裂かれる程度。

 まだ走れはするが――エリックが危惧したのはそこではなかった。

 素早く、目の前へ視線を戻す。


「アテナ……!」

 地面に横たわる盲目の彼女は、もはや限界に達していた。

 目に見えて顔が赤くなり、汗がぼたぼたと噴き出て、息が荒くなっている。

 早くその苦しみをなんとかしてあげねば……。その一心で地面を這いずり――。


「あ……?」

 そこで、記憶が飛んだ。


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