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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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797.外道

「感謝しよう、シスター・マリノ」

「その実直さに、神もお許しになるでしょう。では――」

「……いいや、そうではない。息子がなぜ死んだのか……今になって知らされて良かった、という話だ。これを誇りに、私はこの先の人生を間違いなく歩んでいける」

「誇り……?」

「そうだろう? 息子が、父の教えを死に際まで真っ当に貫いたのだ――これほど誇らしいことはない」


 唯一にして最大の親不孝は、その果てに死してしまったこと。

 生きていてほしかった。命を第一に逃げてほしかった。迷惑など考えずに、もっと頼ってほしかった。

 だがだからといって、馬鹿野郎などとは口が裂けても言えない。

 ローディは、ローディなりの最善を尽くしたのだ。あの〝緑の炎〟を前にしても、〝隣人〟を置いて逃げるようなことはしなかったのだ。

 曲がりなりにもシスター・マリノから知らされねば、ローディの偉大な善行はそのまま闇の中に消えていた。感謝してもしきれない。

 だから――。


「シスター・マリノ。ローディが大変世話になったようだが……残念ながらその所業を見過ごすことはできない。息子が助けようとした〝授かりし者〟は決して〝悪魔〟などではなく、そしてキラ殿は偉大な〝英雄〟だ」

「――醜い……醜い醜い! 気持ちが悪い!」

「お互い様だ……。そういえば、昔、レニャーノをぶっただろう……知っているぞ。彼女は優しかったから、何も言ってくれなかったが。――まとめてケリをつけよう」

「くぅ……!」


 スプーナーは、戦士ではない一般人に刃を向けたことはない。

 ただし、〝悪魔〟と聞けば話は別だった。恨みに憑りつかれた三十年の間、そうして汚く生きてきた。

 自分でも、醜悪すぎて吐き気がする。

 血を流した〝授かりし者〟たちに、今更すまないなどとは言えない。死人に口なし……墓標に頭を下げたところで、彼らは恨み言の一つも言えない。


 出来ることは、ただ一つ。

 自ら泥をかぶり続けること。誰に何と言われようと、正しいものを正しいと声高に叫び続けること。それが人命にかかわるのならば、なおさらこの身を捧げねばならない。

 〝悪魔〟を筆頭とした〝偏見〟を根絶する。

 そのためにも、自らの騎士道をも穢していく。

 気がかりなのは、あの世に逝った際にローディとレニャーノに何と言われるかだが……まず地獄に落ちるのは間違いないのだからと、あまり気にしないことにした。


「――〝神よ、我にご加護を〟!」

〝イエロウ派〟教会に属するシスターは、特殊な魔法の使い方をする。

 詠唱は、たった一文のみ。

 シスターたちは〝悪魔〟を滅するために、あらゆる魔法をその一文だけで編み出すのである。その詠唱方法を〝祈祷術〟と呼んでいるらしい。

 初めて知った時は随分と変わったものだなどと呑気に受け止めていたが……こうして対峙すると、その厄介さが身にしみる。


 魔法使いとの戦いは、情報戦が鍵を握る。

 敵の得意な魔法は何か。どういった系統を使うのか。その使い方にどんな癖があるのか。

 魔法の使い方一つ知るだけで、戦況は大きく変わる。

 敵の苦手分野を分析しきったのならば、勝敗は決したといってもいい。


 だが――〝祈祷術〟は、極端に情報が少ない。

 汲み取れるのは〝神〟とやらの加護があるということだけ。


 シスター・マリノの場合、光り輝く球体がいくつも襲いかかってきたり、光線で薙ぎ払ってきたり。

 ときには〝錯覚系統〟も織り交ぜられ、下手な騎士よりもよほど手強かった。


「これほどとはな……!」

 エマール軍に所属する騎士たちには穏健な〝隣人派〟も多くいるが、〝イエロウ派〟教会のシスターたちはもれなく〝悪魔〟嫌い。

 そのための修行も欠かさないと聞いたことがある。

 ゆえに、シスター・マリノが想像以上の手練れであってもなんら不思議はない。

 ただ――。


「戦い慣れはしていない……っ」

 悲鳴をあげる老体を〝身体強化の魔法〟で鞭打ち、一つ一つを丁寧に避ける。


 シスター・マリノは確かに優れた魔法使いだったが、戦略性が極端に低い。

 簡単に避けて見せるだけで、次から次へと撃ってくる。

 それ自体は間違いではないが、〝光弾〟と〝光線〟に集中し始めている。手癖のようにして魔法を使っているのだ……戦場にいる魔法使いがタブーとしていることである。


「くそっ、くそっっ!」

 〝錯覚系統〟を織り込むための布石かともよぎったが、シスター・マリノの焦りようは演技などではない。

 少しの様子見の後、攻勢に切り替える。

 魔法の動きを見極め、最小限の動きでルートをなぞり――接近。


「クソジジイが……っ! 返せ、私の輝かしい――!」

「悪いが――応えられんな」


 一閃。

 その心臓に至るまで、脇腹から切り上げる。

 悲鳴もなく、シスター・マリノは背中からどっと倒れた。


「横恋慕というにはあまりにも身勝手だったろう。とはいえ……ハッキリと言って聞かせなかった私も愚かだった。良き友人でありたかったのだ」

「あ……は……か……」

「ただ……息子を死に追いやったのは、君の思想だ。そのまま……ゆっくりと、地獄に落ちて欲しい。地の底で罪を贖った後……願わくば、来世とやらでは皆で楽しくやりたいものだ。私もそのときには、私の罪を精算しているだろうから」


 シスター・マリノがどこまで聞いていたかわからないが……。一筋の涙を流したのちに、その瞳から光がなくなった。

 ただの骸に対して、それ以上の恨みをぶつける趣味は持ち合わせていない。

 スプーナーは彼女のそばに跪き、しばらく祈りを捧げてから、瞼を閉じてやった。


「さて……。遺体をどこに運べばいいやら……。広場の被害者らも何か考えねばならんが……キラ殿が気になる」

 辺りにヒトの気配はない。

 逃げ遅れたものは皆、〝緑の炎〟に焼かれてしまった。白い骨や真っ黒な肉塊となってそこらじゅうに散らばっている。

 吐き気を催すほどの惨状に顔を歪め……そこでスプーナーは、はっとして視線を巡らせた。


 〝パサモンテ城〟方面から、心臓を握られるかのような圧力を感じる。

 ただ、スプーナーが気になったのは、その圧力の近くで鼓動のように蠢く〝気配〟――〝知恵の神力〟を有する少女から時折感じ取れる〝気配〟である。


「この距離でも感じ取れるほど……。――助けねば」

 本当ならば、あの奇妙な〝授かりし者〟二人を引き受けてくれたキラの加勢に向かいたい。

 だがそうしている間にも、エリックとアテナが窮地に陥っているかもしれない。

 数々の窮地を潜り抜けたであろう〝英雄〟ならば大丈夫。

 そう判断して、スプーナーは孫も同然の友のために走った。


   ◯   ◯   ◯


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