796.同類
「――僕にも立場ってやつができたからね」
話している途中に、ドン、ドドン、と背後で地響きがする。
どうやら、〝ローレライ海賊団〟の本隊とやらのお出ましらしい。少数精鋭の猛者揃いなのか、九人しかいなかった。
「オォイ、小僧! この黒髪はなんだ……ツエェやつの気配を感じたんだけどよォ!」
「ヤッさん! 声デケェ! 俺も知ンねえけど、厄介なことは確かっす!」
ヴェルクが耳を抑えながら怒鳴り返すその海賊は、まさに怪物のような人間だった……否、人間と言っていいのかわからないほどに、デカかった。
何せ、身長が三メートルほどある。
シーザー・J・エマールのようにまんまるとしたシルエットではあったが、ほぼ筋肉の塊。
その〝気配〟から〝ユニークヒューマン〟と断定できるが……それにしては異形すぎる体つきだった。
「んん……。〝ローレライ海賊団〟って、そんなのばっか……? 他も個性爆発してるじゃん。タコに鮫肌に……人魚? びっくり人間ショーだ」
「安ン心ンしろぅ! テメェがツエェならァ……たっぷり味わえっからよぅ!」
驚くべきことに。
ヤッさんとやらは、その筋肉を無駄なくパワーに変えられるようだった。
そのパワーは速さを生み出し――三メートルの砲弾となって、突撃してくる。
そのスピードたるや、一瞬目で追えないほど。
普通であれば、そのまま吹っ飛ばされたであろう。
だがあいにく、理不尽な速さには慣れっこ。
「〝ショット〟」
見かけ倒し、と言えば語弊があるものの、人間の域を出ない。
キラは余裕を持って〝コード〟を発動し――巨大な肉砲弾を〝雷〟で弾き返した。
「ぬォゥッ!」
「んー……。だめか……。比較的使い物にはなってきたけど、やっぱ感覚頼りだと思った通りに力を出せない。自由が効く理論が欲しい……」
ヤッさんは大袈裟なリアクションをとったものの、ほぼ無傷。仲間のタコに受け止められことなきを得ている。
キラは鼻から息を抜いて、ぽりぽりと頬をかきながら言った。
「僕としてはさ。君らには投降して欲しいんだよ。このまま、何もせず」
「――ハッ! ンな力を持ちながらよゥ! 平和ァ主義者ァか、えぇ?」
そうやって提案したところで、〝ローレライ海賊団〟は聞く耳を持たない。むしろ煽りでも受けたかのように、殺気でぎらつく連中ばかり。
「……まあね。僕も、平和的に平和が欲しい」
「甘ぇ、甘ぇなぁ! 平和ってのはなぁ……支配だ。よその平和を自分の平和で書き換える――それが出来ねぇんじゃあ、お話にならねぇのよ!」
「そっか……。――わかる。結局そこなんだよ」
「あぁ……? 何が言いてェ……?」
そんなつもりは一切なかったが……〝コード〟の調整が失敗して、〝雷〟が少しばかり溢れ出た。
右の手のひらから、水でも漏れるかのように、パリパリッと光り輝きながら落ちていく。
その様子に、〝ローレライ海賊団〟本隊の面々は一層警戒を強めた。
油断してくれないことへのやりにくさを感じたが、キラはすぐに思考を切り替えた。
「遅ればせながら……。竜ノ騎士団〝元帥〟のキラっていうんだ。特殊な事情でこのアベジャネーダにいるわけだけど――それはそれとして、君らを排除しなきゃならない」
「大ォ物ォじゃねぇか……!」
「〝平和的平和〟が理想ではあるんだけど……今の僕にはそれが出来なくってね。友達も傷つけられた。大人しく投降する以外、君らに道はない」
「ケッ! 上から目線か、おぉ?」
「……。君ら程度に、一体何ができるって?」
あえて、挑発する。
そうすれば全員の目が向く。
「こっちも時間がないんだ――一分で片付ける」
〝始祖〟のもとへ向かう。
そのためにも、何がなんでも無茶を通さねばならなかった。
◯ ◯ ◯
悪魔よりも〝悪魔〟らしいシスター・マリノが語るには、息子ローディの生き様は『愚か』だったらしい。
当時、スプーナーも噂程度には聞いていた〝リケール七不思議〟。
満月の夜に狼男が現れただとか、空想上の生物ケンタウロスが土煙挙げて爆走していただとか、一つ目の巨人が山から下りてきただとか……。
子供の作り話にしてはどれもまるで実際に目にしたようなものじゃないかと、ローディと笑いながら話していたが――それら全てが本物だったらしい。
一人の少年の持つ〝神力〟がそれを可能とし……どういう経緯か、ローディが知ってしまった。
そして息子は、確かに愚かなことに、真っ先にシスター・マリノを頼った――父に迷惑をかけられないからと。
シスター・マリノは生粋の〝イエロウ派〟。
裏切りの経緯を目の当たりにしたのも同然な状況である。
『二人を〝救済〟する』という名目で雑木林におびき寄せ……彼女のいう〝聖なる炎〟でもろとも焼き払ったのだ。
――あの時、燃え盛る雑木林を背に命からがら逃げ出してきたマリノを見た瞬間に、怪しむべきだった。
キノコ狩りと言いながらシスター服のまま、突然襲われたと言いながらも全くの無傷。
その後、数十年と亡霊じみた思想に振り回されていたことを考えると、自分の無能さに腹がたつ。
「――ローディ坊や、ローディ坊や! 汚らわしい思想に染まったお坊ちゃん! カエルの子はカエルということでしょうか……スプーナー。あなたも同じ異臭が染み付いています」
「……異臭、か」
「ええ、そうです。しかし……まだ遅くはありません。あの〝黒髪〟はこの世から消すべき〝悪魔〟とのお導きがあります。私の手を取りなさい……さすれば、あなたも神のご加護を賜ることができるでしょう」
決して笑い事ではなかったが、スプーナーは吹き出しそうになった。
大笑いしそうなところを必死に押し留めたおかげで、なんとか鎮痛なため息をつくにおさまった。
「感謝しよう、シスター・マリノ」
「その実直さに、神もお許しになるでしょう。では――」
「……いいや、そうではない」




