793.耐えどき
「ク……!」
右の脇腹に噛みつかれ、左の太ももに触れられ――。
〈いくよ――〝鳴動ミュウ〟!〉
エルトの合図と共に、がむしゃらになって左腕を振り向ける。勢い余って背中から倒れ――素早く体勢を立て直した時には、〝緑の炎〟の脅威は去っていた。
だがもちろん、これで戦いが終わったわけではない。
むしろ、この十数分間、ずっとこの繰り返し。
最初はまだ余裕があったものの、〝炎の人形〟にインターバルを読まれた――次はない。
〈キラくん!〉
〈わかってる――〉
とはいえ、〝変化の人形〟が常に邪魔。
〝炎〟が消えたのと同時に距離を詰めるあたり、〝変化の人形〟も戦い方に順応しつつある。
人形ながらも天才の片鱗が見えることに舌打ちをしたい気分だが……キラも、散々〝変化〟に振り回された甲斐あって、攻略の糸口を掴みつつあった。
小さくなるのは全体的で回避的。
とりわけ〝センゴの刀〟を避ける際には、その軌跡から逃げるようにして体をずらし、その上で全体的に小さくなるという徹底っぷりである。
逆に大きくなるのは、部分的で攻撃的。
足を使うこともあるが、ほぼ腕。それも片腕だけであり、懐に潜り込んだ際にのみ使ってくる。
トリッキーに見えていても、その〝力〟の使い方は実に規則的。
〝未来視〟で捉えようとしてもほぼ無駄というだけで……仕留め方は無数にある。
〈二体同時に倒す――エルトも準備しておいて〉
〈おっけい!〉
先ほどまでと同様に、〝変化の人形〟と近接戦で立ち回る。
〝人形〟は瓦礫の中から見つけた木の破片を逆手に持ち、まるでナイフのようにして振るってくる。
随分器用な戦い方に舌を巻くも、馬鹿正直に付き合ってはやらない。
右へ左へ避けつつ、時折バックステップで距離を取り――〝変化の人形〟の影に隠れる〝炎の人形〟を視界に入れる。
そこで一つ、布石をうつ。
わざとらしく距離をとったところで、〝センゴの刀〟の先端にまで神経を行き渡らせ――〝覇術〟を使う。
飛ぶ斬撃――〝飛燕〟。
だがこれは、〝炎の人形〟が避けたことで外れた。
〈ぬう……! 今のでやれてりゃ……!〉
〈ん〜、そういうこと――なら、ジャカジャカ撃ってこう!〉
〝変化の人形〟も仲間思い。一貫して〝炎の人形〟を背中にしたまま戦うのはそういうことである。
はたして〝人形〟にそういう人間じみた感情が備わっているかはともかく――そこを、強く意識させる。
一度だけではなく、二度、三度と続けて〝炎の人形〟へ〝飛燕〟を打ち込めば。〝変化の人形〟に戦い方を強制できる。
〈次――決める!〉
〈かしこま!〉
これまで以上に超至近距離での格闘戦に持ち込む〝変化の人形〟。
百二十センチほどの小柄な体格を活かして、身軽に懐に潜り込んでくる。
地面に屈むほどに低い姿勢、からの、肘打ちに正拳突きに足払い。
〝センゴの刀〟の背で受け、ステップで避けて、刀の鋒で打ち払う。
視線を低く誘導されている――と自覚すると共に、〝変化の人形〟が仕掛けてくる。
途端に、その姿が視界から消える。
ゴマ粒ほどに小さくなったのだ。
ほぼ無意識に〝未来視〟を発動するも、無駄。
何も視えない。
「……ッ!」
それもそのはず。
〝変化の人形〟は視界外にいる。
超至近距離に踏み込んだのも、格闘術で立ち回ったのも、姿勢を低くしていたのも——全ては〝未来視〟を殺すため。
小さくなった〝人形〟は、視界という壁を突き破るかのように、高く飛び上がったのである。
キラの目が追いついた時には、〝変化の人形〟は片腕を巨大化していた。
背中に建物を背負っている状況――両側は建物に挟まれている――避けられない。
考えが巡るうちに、答えは出ていた。
「〝躯強化〟……!」
脳と心臓が悲鳴をあげる。エルトが別に〝覇術〟を用意しているのだ――併用するには、あまりにも負荷が大きい。
それでも、体勢を整えて、腕をクロスする。
〝変化の人形〟の腕は、これまでとは違い、ただデカくなるだけではなかった。
見た目にもわかるほどに硬質化している――鉄の塊へと化けた。
すでに身体は限界の一歩手前。右脇腹と左太ももの火傷はジリジリと痛み、二つの〝覇術〟で悲鳴をあげている。
まともに受け止め、その上で背中の建物に押し付けられようものなら。
「フッ――!」
そうならないためにも、流す。
インパクト、の瞬間を狙って。
眼前に迫る巨大な拳に突っ込む。
硬化した身体で低く沈み、中指第一関節にクロスした腕を当てた。
圧倒的なパワーで抑え込まれそうなところを、奥歯を噛んで耐え――腕、肩、腰の順に体を捻って、足捌きで負荷を逃す。
関節がボキボキと悲鳴をあげたが、吹き飛ばされずに受け流すことに成功した。
直後、ドンッ、と建物に穴が開く。
「ハァ……ハァ……!」
息切れする呼吸を無理やり飲み込み、キラは頭を回した。
〝変化の人形〟の戦い方が変わった――巨大化だけでなくその性質まで変化――帝都の個体と同じように姿も変えられるかもしれない。
これまでそうしなかったのは、おそらく〝人形〟自身の性格。
安定的で規則的な戦い方を好む一方で、博打的な戦い方を苦手としているのだろう。
ここにきて使ってきたのは、それだけ追い詰めたとも言えるが……決着に向けて畳み掛けてきたということでもある。
なにしろ〝炎の人形〟もいる。
それを加味して、支配力を高めたのだ。
〝雷〟を使って一気に形成逆転と行きたいが――。
〈キラくん、耐えどきだからね!〉
〈わかってる……!〉




