791.前のめり
「行きますよ、〝ドッグナイツ〟」
グレイハウンド、ボーダーコリー、コーギー、ラブラドール、ブルドッグ。
色とりどりの犬たちが、リーウの意思に沿って散開。コリーとコーギーがタッグになって海賊たちに仕掛ける。
「あァっ? 毛糸の犬?」
「オモシロ魔法ッスね――それだけっすけど!」
〝水の鞭〟が振るわれる――寸前に、ブルドッグが飛びついた。
コリーとコーギーが海賊たちの目を奪っているうちに、ドタドタドタッ、と視界の下から駆けつけたのである。
「ご注意を――その子は〝赤〟。燃えます」
「ハッ? あッッッつ!」
ブルドッグが噛み付いたとは言え、所詮は毛糸。
牙があるわけでもなければ、本来の咬合力もあるわけではない。せいぜい、手首を拘束する程度。
チンピラ程度ならばそれで終わるが、海賊が相手。
〝赤〟のブルドッグから通じる毛糸を通して、〝炎の魔法〟を仕掛ける。
ヘクスターの手首に絡みついた口を発火――爆発させる。
「このアマ、ふざけやがって――あァっ?」
ヴェルクがヘクスターに気を取られているところへ、さらに畳み掛ける。
コーギーとコリーが駆け回ったことで、その足元に毛糸が絡み付いている。二匹を同時に操り、後頭部から転ばす。
「その子たちは〝黄色〟にしておきました――その腕は厄介ですからね」
転んだヴェルクに駆け寄る二匹の毛糸の犬。普通であれば可愛らしい光景だが、毛糸が逆立ち雷を放つ様はトラウマ的。
苦しさでのたうち回るヴェルクに接触したヘクスターにも、〝雷〟が移る。
「ハァ……ハァ……!」
二人が苦悶している間にも、リーウは状況を確認。
ちらりと背後を振り返る。
この数十秒の間に、何かが同時に起こったらしい。
セドリックの容態は、驚くべきことに安定していた。
怪我などなかったかのように、普通にイビキをかいている。彼に寄りかかっているドミニクが何かをしたのだろう。
二人とも動けない状況なのは変わりなかったが……それを守るかのように、淡く光るドームが張られていた。
セドリックの治療に向かわせたグレイハウンドが、その手前でまごついている。
魔法にしてはどことなく違和感を覚える〝ドーム〟は、ローランと〝気配〟で繋がっていた。
そのローランはうつぶせになって気絶したまま。ただ、かすかに呻いているのを聞く限り、駆け付けたラブラドールを介した〝治癒の魔法〟が効いているらしい。
最悪の状況は脱した。
あとは――。
「私が……!」
手すきになったグレイハウンドを、海賊二人の元へ向かわせる。
そこで、ピシッ、とひび割れるかのような頭痛が襲う。反射的に目を細めるものの、気合いで瞼をこじ開ける。
持って、一分。
全力を出せるのは、わずか十秒。
すでに〝ローレライ海賊団〟数十人を相手にして、体力も魔力も消耗してしまっている。その上で〝五重詠唱〟を使っているのだから、限界ギリギリ。
早く決着をつけねばならない。
そのためにも――。
「――ふう」
海賊二人は、たった今、〝ドッグナイツ〟二匹のコンビネーションから逃れた。
ヴェルクが〝水の腕〟で薄い膜を作って、〝雷の魔法〟を一瞬遮り。
ヘクスターが〝水の鞭〟を伸ばして地面を掴んで、二人一緒に包囲網から脱出。
ヴェルクの足元に絡んだ糸も、所詮は毛糸。無理矢理にでも引きちぎることはできる。
そうして二人の敵視を集めたことを、リーウはことさら意識した。
消耗しているとバレたら畳み掛けられる――そうなったら防ぐ手立てはない――最後の最後まで虚勢を張り続けなければ。
すぐさま次の手を打つ。
が。
「同じ手が――二度も通じるかよッ」
リーウにとって最も回避したい一手を、ヴェルクが打ってきた。
素早く間合いを詰め、接近戦を仕掛けてくる。
リーウは舌打ちしたいのを堪えて、対処に入る。
腰元からナイフを引き抜きつつ、スピードのあるグレイハウンドを引き戻す。
「ハッ! おもしれェ――ぶっ殺してやるよ!」
実を言えば。
キラから直接の接近戦の手解きを受けたことは、それほどない。
セドリックたちの修行に付き合うかたわら、キラと手合わせをしたことはあるものの、これと言って指示をされた覚えはない。
キラには『リーウにはそれで十分』と言われ、少なからず不満を持っていたが――今になって、その意味をはっきりと理解できた。
ヴェルクの動きについていける。
ギリギリの状況であっても、冷静さを保てる。
頭が冴え渡る。
それもこれも、キラを相手にした模擬戦を経験したから。
ナイフでナックルダスターを受け流し、〝水の腕〟の〝気配〟を感知して避けることができた。
「クソアマが――」
ヴェルクがスピードを上げる。
目はついていく。その動きの意図も読み取れる。その姿勢と動きと足捌きで、右側面に回って死角をついてくる。
だが――対処できるほどの体力が、もう残っていなかった。
ぎりぎりグレイハウンドのカバーが間に合ったものの――。
「ぶっ飛べやッッッッ!」
毛糸の柔らかい体では、到底ヴェルクの拳を受け止めきれない。
グレイハウンドの体をナックルダスターが突き抜ける一瞬。ほんのわずかにできた時間で、〝ドッグナイツ〟を解除し、魔法障壁を展開。
「……ッ!」
横っ腹から、鋭い衝撃が突き抜ける。
威力を殺してもなお、骨の砕ける音が聞こえた。




