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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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789.条件

「てめぇ……!」

「どうした――」

 かつて、どれほど訓練に明け暮れたか。

 過去、どれだけ魔法を羨んだか。

 その全てを、今に発揮する。


「腰が入ってないじゃァないか!」

 水の槍のようなヴェルクの左腕が肩に食い込むも、気にしない。

 ローラン自慢の身体は、魔法を通さない。

 たとえ肩を貫き、腕を落とすような鋭さを持っていたとしても、ちょっと穴が空いて血が出るだけ。

 あらゆる痛みに対して無茶が効くこの身体で、ヴェルクにタックルをかまし――そのままヘクスターに突っ込む。


「なにしてんスか、センパイ!」

「っるせえ! ――止まんねえ、クソがっ」

「弛んでいるなア、情けない!」


 ヴェルクとヘクスターと共に、地面に倒れ込む。

 だが、もう出来ることは少ない。

 武器もなく、魔法も使えない以上、ハッタリが効くのはここまで。


 あとはいかに時間を稼ぐか。

 リーウの治療が間に合ってくれればいいが――。


「……っ」

 一瞬だけ、ちらと背後を伺う。

 大量の血痕の中に横たわるセドリックのかたわら、リーウが必死に治療をしている。

ドミニクは呆然として、恋人のそばに近寄ることもできていない。


 急激に焦りが募る。

 ――ゆえに。隙を晒した。


「いつまで引っ付いてんだよ――うぜえ!」

「ヌ……!」

 ボコボコッ、と泡立つ音が聞こえると共に、ローランは思わずうめいた。

 ヴェルクが〝水〟の左腕を一気に沸騰させたのだ。


 まるで炎のような鋭い熱さと激痛に巻きつかれ、距離を取る。

 そこへ――。


「フリダシにモドるってこと、でッ!」

 〝水の鞭〟がまっすくに突っ込んでくる。


 リーウたちへの直撃コースではなかった。ヘクスターの起死回生を狙った焦りの一撃。回避をせねばならなかった。

 だが――軍を抜けてもう五年。戦うことをやめて五年。

 暴力に対して真っ向から突っ込んで受け止める〝平和の味方〟なりの戦い方が、すでに染み付いている。


「グゥ……!」

 反射的に腕をクロスして受け止め、吹き飛ばされてしまった。

 距離を離された――もう一度詰めなければ――今度こそリーウたちが――。


 空中へ投げ出され、浮遊感に包まれている間にも考えを巡らすが――もはやそれどころではなかった。

 ヴェルクが、目の前にいた。

 ヘクスターの攻撃に合わせ、その超人的な反応速度で追撃をかけにきたのだ。


「死んどけやッッッ!」

 〝水の腕〟ではなく、ナックルダスターによる拳の一撃。

 そのままでは右目を潰される――ところを、すんでのところで、額を合わせにいった。

 ゼメラルド時代、幾度も頭突きで難を凌いできたが……この一撃は、受けてはならないものだった。


 数秒、意識が飛ぶ。

 考えていたことが全て消えてなくなる。


 気づいた時には、地面に転がっていた。

 横になった視界……血に染まってぼやける視界……その中でなんとか焦点を合わせる。

 リーウが立ち上がっている。横たわったセドリックはなおも静かなまま。ドミニクは何もできず、ただただへたり込んでいた。


「〝五重詠唱〟――」

 耳鳴りがひどい中で、リーウの声が少しだけ届く。

 何を言っているかはハッキリとしないが、目の前に立ちはだかるヴェルクとヘクスターに立ち向かうつもりなのは明らか。


「……!」

 ローランは叫びたかった。

 まだ死んでいない。相手は我輩だ。かかってこい。

 だが声を出すことは愚か、喉も腹も動かない。

 ただただ、意思だけが空回りする。

 思考だけが走る。


「――!」

 それでもなお。

 ローランは諦めなかった。


 体が動かないならば、魔法を。

 半ば願うような気持ちながらも、諦めきれない。

 だからこそ。


「まだ……おわ、て……ない……ッ」

 ローランの〝妖力〟は覚醒したのである。


   ◯   ◯   ◯


 キラからは、口酸っぱく注意されていた。

 ドミニクはあくまでもサポート。

 ドミニクは一歩引いた位置で。

 ドミニクは〝治癒〟が武器。

 攻勢に出るのは最終手段。

 ウザくなるくらいに……。


「あ……」

 〝王都武闘会〟でキラを相手に立ち回って。

 少しばかり竜ノ騎士団〝見習い〟としての経験をして。

 雲の上の存在だった〝元帥〟リリィと〝総隊長補佐〟クロエに認められて。

 実力以上のものを求めてしまった。地味で、根暗で、人付き合いの苦手な自分がこんなにも輝けるのだと……現実が、見えなくなっていた。


「ああ……っ」

 師匠は……キラは……出会った時からずっと気にかけてくれた友達は。こんなことにならないようにと、ずっとずっと、思った以上に注意してくれていた。

 運が悪いとは、言えない。

 キラは、それにさえ対応できる生きる術を教えてくれていた。


 あくまでもサポート。それを意識すれば戦況は優位を保てる。

 一歩引いた位置。セドリックの判断の邪魔にならないように。

 〝治癒〟が武器。万一に備えておけば、死ぬようなことはない。

 全部、守っていれば……。


「あああ……っ!」

 見たくないものを、見る。

 横たわるセドリックは、まるでその最期を見られるのを嫌がるように、そっぽを向いていた。腹には大きな穴ができ、絶えず血が流れている。


 無意識に手を伸ばし……ひた、と指先が濡れたところで、ドミニクは理解した。

 心臓が、止まっていく。

 あと、一、二回で……。


「いやだ……」

 考えるよりも先に。

 〝治癒の魔法〟を発動する。


「やだよ……!」

 恋人の体に触れる。

 嫌な体温だった。

 父と母を思い出す。


「しなないで……っ」

 傷を舐め合うような恋だった。

 だが、誰でも良かったわけではない。

 もちろん……初恋であろうとも、エリックで代わりが効くわけでもない。


 セドリックだけなのだ。地味で根暗でコミュ障なところを、全部受け止めてくれたのは。

 変わりたくても変われない、そんなもどかしい様子すらもいとおしいのだと、真正面からぶつけてくれたのは。

 その愛情にこそ、心を救われたのだ。

 それに負けないくらいの愛情をもって、一生にわたって恩返ししたかった。

 なのに、こんなところで途絶えるなど――。


「だめ……ダメ……駄目!」

 何をどうしたらいいか、頭が回らない。

 ただただ、がむしゃらに、〝治癒の魔法〟をかけ続ける。

 今できるのは、己の才能をいっぺんの疑いもなく信じ切ること。これまで積み上げてきた経験を出し切ること。

 それが――それこそが。

「私が死なせない……!」

 〝妖力〟の覚醒条件だった。


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