788.平和の味方
◯ ◯ ◯
振り返ってみれば、過去を悔いるような生き方しかしていなかった
〝鬼〟とまで恐れられたアベジャネーダ軍〝ゼメラルド〟時代。
〝授かりし者〟ネプトとの出会いと、記憶に残り続けるその死に様。
旧エマール領では、調査目的とはいえ一時的に〝イエロウ派〟に加担していた。
〝隠された村〟でのキラとの共闘も、何かもっといい方法があったのではと思ってしまう。
もう後悔しないようにと……過去の自分とは違うのだと……それを証明するためにも、スプーナーを改心させようと躍起になったところもある。
それも失敗したように――リケールの〝闇〟を垣間見て自分に失望したように――ローランは、五年と三ヶ月と四日前から変わっていないと自覚した。
「クソ……クソッ……!」
ローランは、昔から魔法が苦手だった。
訓練で多少使えるようにはなったものの、戦場に立つとてんで使い物にならず……剣一本、己の身一つで、戦い抜くことが常だった。
その日常が変わったあの日。
まだ九歳の少年を看取った日以来、〝平和〟を深く考えるようになった。
だが、どこまで行っても戦士だったローランには、答えを見つけることなど叶わなかった。
出来ることといえば、握っていた剣を手放すだけ。
そうすればきっと、少なくとも〝平和〟とやらの味方でいられる。どこかで必ず〝平和〟を知る〝隣人〟と出会って、その輪を広げていける。
そう、信じていた。
だが、今この瞬間、また解らなくなった。
「ローランさん!」
数十人を相手にするリーウと、明らかに格上を相手にするセドリックとドミニク……どちらの戦いに駆けつけるかという選択だった。
圧倒的に数的不利を強いられるリーウを助けて、そのあとで――そういう算段だった。
それが、結果的に最悪の事態を呼んだ。
「ローランさん、気をしっかり!」
「――わかっている!」
「では私のサポートを――助けます!」
戦士として、決して戦場で挫けてはならない。
〝元帥代理〟を任されるだけあって、リーウはそれを心得ていた。
魔法を使ってまるで滑るかのように前へ飛び出し、その勢いで腕を振う。
放たれたのは〝風の魔法〟。そよ風から強風、強風から突風へと加速度的に強くなり――渦巻く竜巻となって〝ローレライ海賊団〟二人に襲いかかる。
だが、おそらく持っても数秒。
リーウもそれをわかっていただろうが、一つとして迷うことなく、大量の血を流して倒れるセドリックの元へ向かう。海賊二人の方を見向きもしない。
「……!」
ローランは、己の未熟さに今にも心が折れそうだった。
一秒ごとに命の灯火が消えていくセドリックに、それを前に呆然とへたり込むドミニクに……そして、その状況でもなお最善を尽くさんと動くリーウに。
「お前は――」
守らねばならない友がいるというのに。
心に救いを求める友がいるというのに。
何もかも諦めないでいる友がいるのに。
「お前は……!」
かつて。
〝授かりし者〟ネプトを死なせてしまった。
〝海の神力〟が暴走し始めたあの瞬間に、半ば諦めてしまったのだ。
どんな魔法も負けない強靭な身体があると自覚しながら――あの時、少年ネプトを抱きしめてやることさえできなかった。
「お前は〝平和の味方〟だろう、ローラン・シャルルマーニュ……!」
〝平和〟が解らなかった。
戦いに明け暮れていたから。
その〝味方〟であろうとした。
正体がわかるその日まで、〝平和〟を守るのだと誓って。
だが違う。
前提が間違っていた。
〝平和〟とは〝守るべきもの〟ではない。
目には見えないものなのだから。形にはならないものなのだから。手に取れるようなものではないのだから。
皆が皆、必死になってもがいている。
〝隣人〟とともに、より良き明日が在るようにと……そう願って。
そのうえで成り立つのが〝平和〟なのならば。
〝隣人〟たちこそ、〝守るべきもの〟となる。
誰かが苦しい時、誰かが泣いている時、誰かが頑張っている時――そういう時にこそ、〝平和の味方〟として救けるべきなのである。
〝平和〟は〝隣人〟がいなければ存在しえない。
「――どけやケツアゴ!」
「――下がったホウがミのためッスよ!」
ギリギリで海賊たちの前に割り込む。
と、同時に思考する。
この場で何を救けるべきなのか。
それはもちろん、今に消える命を必死で繋ごうとするリーウ。
だが、ただ敵を食い止めるだけでは不可能。ヒトの――友の命の懸かったこの窮地で、彼女もまた普通ではいられない。
きっと、絶対に、心がきしんでいる。
だから。
「ふむん! 我輩は〝平和の味方〟――他者を脅かす無礼者に、貸す耳など持たない!」
いつもよりも五割り増しで、鬱屈とした空気を笑い飛ばす。
窮地に現れた余裕綽々のヒーローに、悪党たちは釘付けになる。
禿頭の海賊ヴェルクは〝水〟で補った左腕を、ニュッと鋭く尖らせ。ヒョロガリな海賊ヘクスターは〝水の鞭〟で大ぶりに薙ぎ払ってくる。
「ム――」
ローランは〝ゼメラルド〟時代の経験を活用し、瞬時に攻撃を見切った。
〝水の鞭〟はまずい――届く前になんとかしなければ――リーウもドミニクも範囲に入っている――だが幸い、ヘクスターの動きは遅め。
ならば。
ヴェルクに突っ込む、一択。




