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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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812/956

787.壁

   ◯   ◯   ◯

 

 同刻。

 〝キッキ区〟。


「セド!」

「――来るなドミニク!」

 セドリックは、自分でも驚くほどに冴えていた。

 ほんの一瞬だけ視線を周りに巡らせただけで、状況を把握できる。


 〝市民軍〟とルセーナたちはすでに住民の避難を終えている。

 残るところはリーウが相手にしている海賊たちだが、それももうあと数人。リーウの実力もさることながら、異常に頑強な身体を持つローランがフォローしたおかげだろう。

 あとは目の前にいる〝ローレライ海賊団〟の強者二人、ヴェルクとヘクスターのみ。


 調子は上がりきっている――二人を視界に入れ続けられる――その上で細かな動作も見切れる――冷静さを保てている。

 まだまだその足元にも及ばないが、キラと同じ動きが出来ている。

 自分の調子をそう分析した上で――セドリックは追い詰められていることに焦りを感じていた。


「イイな――歯応えあンじゃねえの!」

 禿頭筋肉のヴェルクは、見た目通りのパワーファイター。

 それだけにわかりやすく、それだけに戦いにくい。

 ナックルダスターを装備した両拳は、ただ振うだけで脅威。爆風のような威力を持ちながらも、スピードがある――あっという間に懐に潜り込んでくるのだ。

 その速さと大胆さは、キラと遜色がない。


 真に恐ろしいのは、おそらくヴェルクの真価はそこにないということ。

 剣と拳の打ち合いを楽しんでいる節があり……何より、今までにないくらいに尖ったセドリックの感覚が、ヴェルクに眠る〝気配〟の強さを感じ取っていた。


「ハァ……ハァ……! くそ!」

「どうしたどうした! もっと遊べるだろ、ンなあ!」

 頭は冴えてる。

 ヴェルクのスピードにも慣れた。

 ギリギリだが対応もできる。


 だが、ただただ、体力が持たない。

 〝考える〟ことにエネルギーが持っていかれる。

 しかも――。


「センパァイ……。いつまでアソんでんスかぁ」

 まだ、もう一人いる。

 ヒョロガリのヘクスターは、やる気なさそうに傍観しながらも、隙を見ては攻撃を放ってくる。


 妙な魔法だった。手に収まる杖から伸びるのは、水の鞭。

 ヘクスターが気だるげに杖を振るい、すると、〝鞭〟が大きく弧を描いて飛んでくる。

 ドミニクが〝グローブ〟で食い止めようにも、あっという間に切り裂かれる。


「手ェだすんじゃねえよ、ヘクスター! 避けられてんじゃねえかヘタクソ!」

「センパイがちょこまか動くからッスよ! 邪魔っ」

「ンだとっ?」


 見るからに余裕そうな二人に、腹が立つ暇もない。

 実力では圧倒的に劣っている。

 唯一の勝ち筋は、リーウとローランが合流すること。それまでは、耐えて耐えて、耐え抜かなければならない。


 そのためにも考えるべきは、二人を同時に相手しないこと。

 幸いなことに、ヴェルクもヘクスターも戦闘スタイルがわかりやすい。方や剣撃も恐れない接近戦、方や癖のある遠距離戦。

 注目すべきは、ヘクスターの〝水の鞭〟。

 〝鞭〟の先端だけではなく、大きくしなる縄部分も殺傷能力が高い。

 それはすなわち、〝水の鞭〟が届くもの全てが攻撃対象となり――ヘクスターとの間にヴェルクを入れれば、多少なりとも防波堤になる。


「ドミニク、俺の後ろから出んなよ……!」

「わかってる――三歩下がってッ」

 セドリックが指示通りに動く間に、ドミニクが〝グローブ〟で牽制を入れる。

 ぼむっ、ぼむっ、と幾つも打ち出されるのは燃える拳。〝王都武闘会〟でキラにも褒められた独創的な魔法が、ヴェルクの動きを制限する。


「――しゃらくせえ!」

 とはいえ、ほんの足止めに過ぎない。

 パワーだけの脳筋ならば翻弄できたが、ヴェルクはスピードも兼ね備えている。素早い動きでかわし、時には勢いのある拳のみで打ち壊してしまう。

 ヘクスターも、文句を垂れつつも見事な援護に回っている。〝水の鞭〟を蛇のようにしならせて、ヴェルクに迫る魔法を叩いていく。


 ただ――足止めは足止め。

 ヴェルクもヘクスターも、〝レッド・グローブ〟を処理している間は攻撃には転じない。


 セドリックは明確な隙を見て取り、前へ出た。

 〝グローブ〟の合間を縫って、ヴェルクに接近――切り払い。


 ただ、ヴァルクの反射神経は凄まじかった。

 迫る足音で危機を察知し、防御体制に入る。


「こ――のッ」

 振るった剣は、ナックルダスターで阻まれる。

 ヴェルクがニッと笑うのが目に入る。


 ヴェルクの気が緩んだその一瞬――不意に、キラの動きを思い起こした。どんな時でもキラは、誰もが恐怖する〝一歩〟を戸惑いなく踏み出す。

 セドリックも、それに倣った。

 わずかに弾かれた剣を強引にナックルダスターに押し付け、一歩を入れる。


「なに――グァッ」

 体勢的に有利なこともあって、セドリックはパワーでゴリ押した。

 それだけならすぐに距離を離されて終わりだが――今は、まだ〝レッド・グローブ〟が暴れ回っている。

 ヴェルクの咄嗟の判断には、その脅威まで計算には入っていなかった。左腕が火に包まれ、苦悶の声を上げる。


 そこへ、さらなる追撃。

 狙いは左腕。斬り落とせば、戦況は変わる。

 ヴェルクの体勢は傾いている――ヘクスターの方へ後退するはず――まだ動いていない――キラならどう処理する。


「ここ、だろ!」

 村を守るため、竜ノ騎士団に入るため、何千回と剣を振ってきた。

 足の踏み込み位置、太ももの力の入れ具合、上半身の筋肉の動かし方、腕の振り位置や剣の柄の握り方――その成果が、今、この一瞬に集約された。


 無駄なく、無理なく、距離を詰めた一閃。

 あっけないほど簡単にヴェルクの腕を斬り飛ばす。


「――アアアァァッ!」

 ヴェルクは怒号にも似た悲鳴をあげ、体を硬直させた。鮮血を撒き散らしながら、地面へ倒れていく。

 その全てが、スローモーションに見える。


 畳み掛ける好機。

 セドリックは確信したが――ざわりとしたものを感じた。

 〝気配〟が、ヴェルクから溢れ出ている。

 このまま勢いに任せてはいけない。


「ドミニク!」

 悪いというのならば。

 たった一秒にも満たない声かけを怠った方が悪い。

 耐えに耐えて、ようやく巡ってきたチャンス――ドミニクもそれを逃さまいと動く。声をかけられたのならば、なおさら。


「おっと――ミス、ハッケンす」

 そうはいっても隙にはなりえなかった。

 セドリックは〝気配〟に警戒して様子見で動きを止め、ドミニクは〝イエロー・グローブ〟を拳に宿すだけ。

 立ち位置だけ見れば、何も変わっていない。


 距離を置いて戦っていたヘクスターが、どこまでも冷静に分析をしていたというだけ。

 仲間に何と言われようと己のスタイルを守り、ズレを見逃さないよう気を張っていたのだ。

 待ち体勢と、攻撃体勢。

 戦いへの姿勢の変化に、ヘクスターは目をつけたのである。


 そして。

「――」

 ヴェルクと同時にヘクスターにも気を払っていたセドリックには、そのヒョロリとした腕から放たれる〝水の鞭〟の行方が瞬時に把握できた。

 ドミニクが前のめりになる瞬間へ、〝鞭〟を放つつもりだ。

 それが判ったから――否、そうでなくとも。セドリックはヴェルクに背中を向けた。


 幸運だったのは、調子が頂点にまで達していたということ。すべての感覚を手に取るように把握でき――それが〝身体強化の魔法〟に繋がった。

 不運だったのは――。


「ゥ……!」

 どうあっても、セドリック自身が避けられないこと。

 強化した身体能力のままドミニクを突き飛ばすわけにはいかない。

 彼女を助けるには速度を落とす必要があり……高速で迫る〝水の鞭〟に隙を晒すこととなる。


「セド……!」

 背中から、脇腹へ。衝撃と痛みと熱さが走る。

 肉がちぎれ、骨が砕ける音が轟く。

 意識が、遠のく。

 その上で。


「たぁくよォ――やってくれたなァ!」

 ヴェルクの怒声が響く。

「腕ェくっつけんの、どんだけ痛ェかわかんのか!」

 何が起こっているのか、把握できなかった。


 体が動かない。頭が働かない。痛みに喘ぐことすらできず……〝水の鞭〟に腹が引き裂かれるのも、他人事のように思える。

 ただただ、ドミニクを守らねばと、そう思い続けるだけ。

 そうしてセドリックは……。


   ◯   ◯   ◯


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