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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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80.海賊たち


  ○   ○   ○


 ――少し前。

 港町ガヴァンの西に位置する森で繰り広げられる光景に、海賊も帝国兵士も唖然として戦いの手を止めていた。


 町を丸呑みしてしまうくらい巨大な水の塊が陽の光を遮ったかと思うと、その球体から水でかたどられた蛇が飛び出し。何者かに襲いかかっているのだと分かったときには、衝撃波を撒き散らす雷が食い散らかしたのだ。

 その余波は町にも届き、晴天にもかかわらず、嵐のような暴風が吹き荒れていた。


「親方ァ! ここは一旦退くしか!」

 今にも崩れそうな木造の波止場から飛び退き、”親方”バザロフは舌打ちをした。

 ”帝国基地侵略作戦”は、思いの外、上手くことが運んでいた。

 ”水流の魔法”と”凍結の魔法”で海から帝国基地まで道を作り、氷の上を滑って船ごと侵略……。

 屋根の上に着地したのは想定外だったが、その分インパクトが強く、混乱と動揺につけ込むことができた。


 戦果は上々、結果も申し分ない。

 制圧が目的ではなかったが、それも一つの手――そうやって、バザロフが頭の中で作戦を切り替えた途端に、とんでもない戦いが西の森で始まったのだ。


「テメェら、撤退だ!」

 怒号に自信のあるバザロフの声は、しかし、その場の隅々には届きそうもなかった。

 帝国基地から続々と湧いてくる帝国兵士に対し、同胞たちが波止場を背にして戦っている。それまでは順調だったものの、西の森から届く余波が全てを台無しにした。

 味方との連携が取れず、敵も敵で分断され、各所で極端な多対一が勃発している。


 バザロフは再度舌打ちをして、手近にいる部下に檄を飛ばした。

「西へ向かうぞァ! 全員に伝えろ!」

「はいっ? けど親方、あれ、見えてるでしょう! やばいですって!」

「うだうだ言うんじゃねエ! そら、伝達!」

「――はいッ!」


 オーガにも似た愚鈍な体格を活かし、バザロフは目いっぱいに声を張り上げた。

 そうして帝国兵の気を引きつつ、担いでいた槌を振り回す。

 一人、二人とふっとばし、その威力を見せつける。

 そうしながら、ちらりと辺りをうかがう。


 目をつけたのは、ガレオン船で突っ込むために作った、氷の足場だった。海から突き出た氷の柱が、帝国基地の特徴的な円形の屋根を貫いている。

 基地に乗り上げたガレオン船は、不安定な状態で巨大な氷によりかかっている。

 ニヤリとしたバザロフは、意図をさとられないように吠え続けた。


 そうして、部下たちが徐々に西の森へ向かおうと動き出したとき――タイミングを見計らって、自慢の怪力で氷の柱を打ち砕いた。

「そら――全員走れァ!」

 ぴしり、と走ったヒビは、一瞬にして氷全体に伝わった。

 しばらくすると、奇妙な音を立てながらきしみ始め……瓦解する。

 ガラガラと壊れていく柱に、帝国基地に乗っていたガレオン船もぐらぐらとその大きな体を揺らす。


 帝国兵士がその様子にとっさに警笛を鳴らしたが、時既に遅し。

 誰かがなんとかしようと動いたときには、すでに船体はずり落ち始めていた。

「総員、退避!」

「しかし海賊どもが――」

「だめだ、落ちる!」

「基地も――」


 混乱に陥る帝国軍を尻目に、西の森へ向かう。

 町を抜け、雪に何十と重なる足跡を追いかけ、背後をちらりと振り向く。

 ザッ、ザッ、と、背中を追ってくる足音が一つ。フルフェイスの帝国兵士が、息を切らしながら片手を上げた。


「バ、バ……バザロフさん……。オレです、リヴォルです」

「分かってらァ。こんな坂程度でヒイコラいうチビ兵士なんざ、テメェしかいねェだろ」

「勘弁してください……自分、南の出身なんですよ……。なんでそんな足元気にせずに行けるんですか」

「南でも積もる日は積もるだろ。なんにしろ――こっから先、体力つけねェと置いてけぼり食らうぞ。テメェはタダでさえ小せェんだからよ」

「わかりましたよ……」


 息苦しそうにヘルメットを脱ぐリヴォルは、甲冑姿が似合わないほどに、線の細い美青年だった。

 雪景色の中、頬を紅潮させて、吐息を白くさせる……。まさに絵画の一枚として飾られてもおかしくないその様に、バザロフはふんと鼻から白い息を噴き出した。

 度々そのシルエットからオーガと勘違いされるバザロフは、リヴォルと頭一つ分どころか、二つ三つの身長差がある。その上でつばの広い海賊風のハットを被り、分厚いブーツを履いているために、更に威圧感が増していた。

 リヴォルと並ぶと、着るだけでも重そうなごついコートも相まって、重量感が際立っていた。


「しかし、まァ、上手くやってくれたもんだ。あの煽り、完璧だったぜ」

「”総員退避”でしょ? 言ってみたかったんですよね、一度」

「……仲間を裏切るのは、気分が悪いだろ。すまねェな」

「まあ、そこは……。気になるのはバザロフさんたちのほうですよ。なんで、こんなに急に……? ”使い魔手紙”がいきなりやってきた時は、びっくりしましたよ」

「テメェも知ってんだろ。ボスとマキシマの旦那……もう関係修復が不可能なくらい、意見が対立してんだ」

「はい。でも聞きたいのはそこではなく……」

「俺らの人間関係がどうなろうとも、やることはやらなきゃいけねェし、ぶれちゃなんねェ……それがボスの見解だ。事がうまく運ぶならと、この侵略計画を許した……ってことさァ」


「バザロフさんは……?」

「俺ァ、テメェと同じよ。マキシマの旦那に恩がある。だからこうして慣れもしねェ音頭を取ってるわけよ。ただ……ボスの理念が俺の始まりでもある。その間を縫ってくしかねェのさ」

「ごちゃごちゃですね……」

「あァ、めんどくせェこった」


 バザロフは深くため息を付き、再度後ろを振り返った。

 リヴォル以外に後を追う帝国兵士はいない。どうやら、ずれ落ちた海賊船の処理やら、傾きかけの帝国基地やら、市民の避難誘導で手一杯らしかった。


「それよか、テメェは姿を消しても大丈夫なのか」

「ええ。リフォルマさんに、『海賊をこっそり追跡してきます』と言っておいたので。オレは戦いは不得手ですけど、こういうコソコソした感じのはいけるんで」

「その美貌でな」

「はい?」


「気にするな。――で。今はもう収まったみてェだが、森で一体何が起きたんだ。でっけェ水の塊が空に浮かぶわ、晴天なのに雷が降るわ……天変地異ってやつか?」

「さあ……。ああ、でも。侵略作戦の前に、一人の少年が走っていったんですよ。『西の森に何かが……』って」

「ンだ、そりゃァ?」

「その少年、強くって……! オレ、興奮しちゃいましたよ! だって、サガノフを一撃でのしちゃったんですよ。アイツの強さ、バザロフさんも知ってるでしょ?」

「ほゥ……。なら、その少年ってのが、あの化け物みてェな戦いぶりを?」

「じゃないですかねえ。……この坂の上で、死体となって見つかるのだけは止めてほしいです」

「言うんじゃねェよ」


 妙なタイミングで妙に嫌な言い方をするリヴォルを小突き、バザロフは一足先に坂を登りきった。

 目の前に広がるのは、規則的にも不規則に立ち並ぶ木々と、降り積もり決してとけることのない雪景色だった。

 しかし、自然の生み出す神秘は、今や人の足で踏み乱されている。

 分かってはいたことだが、バザロフは残念に思う気持ちを抑えられず……リヴォルを連れて歩いている内に、木々の様子が普通ではないことに気がついた。


「戦いの余波ってやつですかね。町でもひどい風が吹き荒れたくらいですし、森が無事なはずもないですもんね」

「あァ、木がどこもかしこも折れてらァ。……けッ」

「バザロフさん、なんか不機嫌ですね」

「俺ァ、もともと鍛冶師よ。吠えることと槌を振り回すことだけが取り柄……。それが、仕事が立ちいかなくなってみろ。今までのもん全部が奇跡の重なりだと思うわけよ。鍛冶師なんてのは、自然を享受してなんぼのもんだからなァ」

「そうですか……そうですね。なんとなく、分かります」


 それまではしっかりと大地に根ざしていたであろう木々が、半ばから焦げて折れたり、根本が引きちぎれて倒れていたりしている。

 何十人もの足跡が、それらを避けたり跨いだりして続き……。

「うん……? どうした、テメェら」

「あ……。親方、リヴォル」

 海賊たちが、ひとところに集中して立ち往生していた。

 声をかけると、その集団の最後列にいる一人……サガノフが振り向いた。


「おゥ、サガノフ、テメェ派手にやられたらしいじゃねェか。担がれてここまでこれたんか?」

「う……。親方だってアイツと戦ってみてくださいよ。あんなの、うちどころか、世界中探したってかなう奴いませんよ」

「はんッ、俺ァ鍛冶師……戦いはゴメンさ」

「ほら、親方だって」

「うるせえッ! ンで、こんなところでまごついて、何やってんだ」

「いや、それが……地面が陥没しててですね」

「はァ?」


 バザロフは大柄な身体で海賊たちの合間を分け入り、最前列に立つ。

 ちゃっかりとついてきたリヴォルが隣に並び……バザロフと同じく、その光景に口をあんぐりと開けた。

「大爆発でも起こったのかってくらいに……! 自分、ここに赴任して、初めて地面の色を見ましたよ」

「水と雷……どう考えても、雷の方の仕業だなァ。で、リヴォル――あの中心に倒れてるのが、噂の……」

「ええ。ここでは見かけないくらい、立派な格好をしてましたからよく覚えてます。グレーのコートに、変な剣……。本当に死体となって……!」

「馬鹿、よく見ろ、息してらァ。しかし、まあ、どうしたもんかな」


 バザロフが腕組みをして、クレーターの中心を見下ろす。

 まっ黒焦げになった地面には、ずぶ濡れの少年が、一人だけ横たわっていた。


  ○   ○   ○

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