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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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784.シスVSヒューガ

 エマールの命は、文字通り、ローレライ海賊団〝総督〟ヒューガの手の中にあった。

 海賊船が城に突撃してから、エマールも必死に逃げたのだろう。どこか隠れるところはないかと飛び込んだ先は埃まみれの倉庫。

 箒やらハタキやら掃除用具をかき分け、棚を横倒しにしてまで侵略者を拒んだものの……相手は〝海の王者〟。

 その程度の足掻きで何とかなるはずもなく、首を正面から握られることとなったらしい。その瞬間、哀れにも気絶して、人質としての命乞いもできない。


 シスにとっては好都合な状況ではあった。

 エマールの身柄は確保しておきたいが、絶対ではない。

 エグバート王国に連れて帰ったところで得られるものは少ない。七年前の〝王都防衛戦〟につながる諸々の事件に関して手がかりを持っているだろうが、頭の弱いエマールから確信的な情報を得られるとは思えない。


 むしろ重要なのは〝日誌〟とやら。

 エグバート王家の秘密を知るに至ったその謎の代物こそ、是が非でも手に入れておきたいものだった。

 ほぼ間違いなく、ヒューガにとって〝日誌〟は価値のないもの。だが、だからといって、どうぞご自由にと探させてくれる訳がない。

 エマールを餌にして食いつかせれば、うまくことが運ぶかもしれない……と思っていた。


「おやおや……。これは困りましたね。ちなみに、具体的な要求をお聞きしても?」

「もうこの国は俺たちのモンだ。手を出すんじゃねえ。――コイツに何か聞きてェことがあンなら、俺の目の前で尋問するこった」

 だが〝海の王者〟ヒューガは、その粗暴な見た目とは裏腹に随分頭が回る男だった。

 瞬時に『エグバート王国にとってのエマールの価値』を読み取り、それを最大限に活かす手を打ってきた。

 下手をすれば〝日誌〟の存在にすら勘づかれてしまう。それこそ、気絶しているエマールがぽろりと口に出してしまえば、ほぼ詰み。

 ならば、どうするか。


「んー……。海賊国家の樹立を認めるわけにはいかないんですよ……。というより――ウチに喧嘩を売っておいてどの口が、って話であってですね」

「……! テメェ、ヴァンパイアか……!」

 シス自身、〝元帥〟アランとタメを張るような人間をどうにかできるとは思っていない。今、ヒューガを何とかできるのは、それこそ同等クラスのキラくらいだろう。

 ヒューガ自身も、その悪辣な顔つきや尊大な態度で、自分に敵うものはいないと自負している。


 だからこそ、奇襲が刺さる。

 〝表性格〟のシスが〝影縛り〟でヒューガを拘束し――。

「ヴァンパイアは〝気配〟を隠すのが上手いんですよ。――如何ニ貴様ガ竜人族だとしても、ソウソウ仕込みニ気付けない」

 〝裏性格〟のシスが〝不可視の魔法〟でエマールを手繰り寄せる。


 そうしながら、もう片方の手で室内の空間をつかみ、

「……ンなモンで――!」

「数秒ハでかい。ダロ?」

 ヒューガを外へ追いやる。壁から棚から箒から何から何まで、一緒くたに押し出した。

 まんまるなエマールを肩で担ぎ、すぐさま倉庫室を出る。


〈さて、何秒稼げたか〉

「次ヲ練っておけ。ああいう奴ハ――」

 そう言っている間にも、ヒューガが現れた。〝不可視の魔法〟にも負けない理不尽じみた突風で障害物を突き破り、背後を陣取る。


「ハッ、騎士団の連中はこういうのばっかかよ!」

「チッ――」

 白シスは真っ白に染まったマントを翻し、ステップを踏みつつ背後を振り返る。


 その一瞬の回転の間に、周りの状況を把握。

 今いるのは二階。長い廊下が続いている。左手側には扉が並び、右手側には中庭の見える窓が続く。


〈三秒後!〉

 〝表〟の声が脳内に響く前に、白シスは〝不可視の魔法〟で窓を破った。

 中庭目掛けてエマールを放り投げ、一歩下がってヒューガと距離を作る。

 その瞬間に、マントが真っ黒に染まる。


「〝影縛り〟――」

「――鬱陶しいなァ、それァ!」

 当たり前のように。ヒューガは〝錯覚系統〟を突き破った。右腕のみを竜化させ、その凶悪な爪を振り向けてくる。


 速く、鋭く、強烈な一撃。

 普通であれば肋骨ごと心臓を抉られていただろう。


 ただ――想像よりワンテンポ遅い。

 〝影縛り〟が一瞬の猶予を作ったのだ。


「ツレないですねえ――」

 その一瞬に。

 また別の〝錯覚系統〟を織り込む。


「もう少し堪能しても損じゃありませんよ?」

 途端に、ヒューガの全ての動きが遅くなる。


 脳みそと現実との間に時間的なズレを発生させる〝遅延魔法〟。

 ヒューガとしては普通に攻撃を繰り出しているつもりでも、現実にはのろくさ動いているだけ。


 ただ、そうは言っても竜人族。

 かかりが浅い。二、三秒で破られる。


 結局〝海の王者〟相手では、手を変え品を変え、数秒の時間稼ぎを繰り返すのが限界。

 戦って勝つなどほぼ不可能であり、今こうして凌いでいるのも奇跡に近い。

 だからこそ、この三秒が成否を分ける。


〈右に込めた〉

 相棒の言葉を信じ、右手の背後へ振り向ける。

 使うのは〝不可視の魔法〟。空気中の〝魔素〟に干渉してあらゆることを可能にするこの魔法で、並ぶ扉の一つを開け放つ。


 ほぼ、同時に。

「〝無陣転移〟」

 中庭へ飛ぶ。

 正しくは、今いる場所から左に十メートルの方向に。


 ふわりと浮遊感を覚え、難なく中庭に着地。

 端の低木のそばに倒れているエマールを発見し、すぐさま駆け寄る。


「――ヴァンパイア野郎、どこ行ったァ!」

 真上から怒号と破壊音が聞こえる。

 そこで再び〝錯覚系統〟。ベールをかけるように、他人の視線をごまかした。


「――ハァ……ハァ。さ、流石に〝五重詠唱〟は……。脳みそがはち切れるかと思いましたよ……」

〈正しくハ四重ダ。〝不可視の魔法〟はオレが肩代わりシタ〉

「はいはい……。これを〝元帥〟クラスはスルッとやってのけるそうですから、ほんと化け物集団ですよ。セレナ様はわかるんですよ? いうてもエルフですし。けどリリィ様とアランさんは……なんなんでしょう? アランさんに至っては出生に何の秘密もない一般人じゃないですか」

〈何ヲぼやいてる。サッサト済ませロ〉

「休憩の一つもさせてくださいよ」


 〝裏性格〟に向かって愚痴るが、実際のところ、今すぐに別の魔法を使うということは叶わない。〝五重詠唱〟の反動で脳が疲れ切っている。

 早いところエマールを叩き起こして〝日誌〟の在り処を吐かせたいが、そうもいかないというのが現状だった。


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