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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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776.ローディ

 〝プッチーニ区〟。〝演説広場〟にて。

 当時のあの一瞬を全て呼び起こすかのような光景が広がっていた。

 木々の代わりに人々が燃え、這い回る〝緑色〟に土ではなく石畳が溶かされる。

 そして、そんな光景にただ一人の少年が立ち向かおうとしている様まで――あの時と、酷似していた。


「――ッ!」

 その少年――黒髪の少年は、何か奇妙な人形と戦っていた。

 どういう状況かは定かではない。

 ただ一つはっきりとしているのは、あの地獄の炎に取り込まれようとしている人間がいるということだけ。


 それさえ解っていれば。

 あとは、助けるだけ。


「〝魔剣術――業炎〟」

 時に。

 スプーナーは、自分がどれだけ不器用な人間かを自覚している。


 トスコ婆に背中を押されて〝新しい道〟とやらを探してみたが……何ひとつピンとこない。

 もちろん、エリックとアテナと接する日々には刺激があるが、それとこれとは話しが違う。


 何も思いつかない。何にも心惹かれない。

 それもそのはず――十三の頃に志した〝原点〟が、今もずっと根付いているのだから。

 その〝原点〟を、息子がつたない口調とかわいい言葉で褒めちぎってくれたのだから。

 今更、手放すことなどできない。


「黒髪の少年――」

「っ……?」

「助太刀する!」


 唸る業火を宿す剣で、〝緑の炎〟と対峙する。

 勢いよく飛び出たはいいものの、やはり〝神力〟。

 そう簡単に退いてはくれない。


 力負けしそうだった。

 異様な熱気に屈しそうだった。

 息をするたび肺を焼かれる感覚に、今すぐにでもこの場を離れたかった。

 だが――〝緑の炎〟がそうさせてくれない。


「……!」

 息子ローディの顔が脳裏に浮かぶ。

 幼き日の純真無垢な眼差しと、最期の細くなっていく目つきとが。

 過去を愛おしく思えば思うほどに、過去が憎くて仕方がなくなっていく。


「下がって!」

 黒髪の少年の声に、スプーナーはろくに反応できなかった。ワンテンポ遅れて、その場から離れる。


「……?」

 一体何が起こったのか、スプーナーには理解できなかった。

 六十を過ぎたクソジジイとはいえ、騎士としての経験は十分にある。老眼ではあるが動体視力はそれなりにあり、もちろんボケてなどいない。

 というのに……〝緑の炎〟が見えなかった。

 火の粉はいくつか確認できるものの、まるで地獄などなかったかのようにさっぱり消えている。


「……助けに入ってこのザマとはな」

 何が起こったか到底理解できないが、黒髪の少年……キラが何かをしたのだろう。

 明らかに、エマール領で相対した時とは雰囲気が違う。


「キラ殿……であるな」

 少年は、少年のようにぽかんとしていた。

 先ほどまでの鬼のような迫力とは、ずいぶんギャップがある。愛嬌のある様子に、憎しみに歪んでいきそうな心がほぐれる。


「貴殿に謝りたいことがあった。〝悪魔〟と呼んだことや、知らぬ罪を被せたことを……。話さねばならないこともある。助けに入ったはずが助けられたことについても。だが今は――」

 現実と向き合う。

 スプーナーは、覚悟を持って広場の中央へ視線を向けた。


「シスター・マリノ――先ほどの〝炎〟はどういうことか、説明してもらおう」

 全くもって不可解だった。

 マリノはあの日、燃える雑木林から命からがら逃げ出した。

 その後に〝緑の炎〟を吹き出す〝悪魔〟に出会い……自らその炎に焼かれる様を目にしたのだ。

 それがなぜか、マリノが〝緑の炎〟を操っている。

 彼女の足元に揺蕩っているのが何よりの証拠。


「あら。スプーナーさん、歳をとりましたね……。そこの少年は〝悪魔〟とのお告げがありました――浄化せねばなりません」

「……彼は〝悪魔〟ではなく〝授かりし者〟だ。そういう言い方はよしたほうがいい」

 もしや、あの〝悪魔〟は死んだように見せかけただけなのか。

 もしや、シスター・マリノは〝悪魔〟に脅されているのか。

 様々な可能性が頭に浮かんだが。


「親子揃って……。愚かな」

 その瞬間に、脳みそが目まぐるしく駆け巡る。

 まるで幻覚でも見ているかのように。

 三十年前の悪夢が目の前に現れる。


「そうだ……そうだったのか……!」

 キラが〝緑の炎〟と〝人形〟に立ち向かう様は、あの悲劇と酷似していた。

 辛過ぎて心の奥底に押し込んでいた瞬間の記憶を呼び覚ますほどに。


 当時、スプーナーの瞳に映っていたのは、腹を貫かれるローディのみ。

 膝から崩れ落ちる息子の背中姿を、呆然として見届けるほかになかった。

 当然、憎しみは腹を貫いた敵……〝人形〟に向く。


 しかし思い返してみると、ローディは〝緑の炎〟にも〝人形〟にも気を払っていなかった。

 全く別の方をむき、その死角をつくかのように殺されたのである。

 息子が見ていた方向に何があったのか。

 スプーナーは、無意識のうちにソレを、〝緑の炎〟にまかれた木か何かと思っていた。


「ローディ坊やはヒトの道を踏み外し、〝悪魔〟を庇った――だから私が天に導いてあげたのです」

 そうしてようやく、スプーナーは最初から何もかも間違っていたことに気がついた。


   ◯   ◯   ◯


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