772.狂乱
〈これ……!〉
〈やっぱり! いっつもいっつも――なんで〝始祖〟が絡んでくんのよ!〉
勢い任せに飛び出ていきたいところを、キラはグッと堪えた。瞬時に〝弐ノ型〟を発動して、ありとあらゆる感覚を尖らせる。
〝緑の炎〟が飲み込んだのは、〝バレンシア・ファミリー〟。
拮抗していた魔法の撃ち合いをその身一つで破り、〝モンテベルナ・ファミリー〟側に踏み込もうとしていたゴーレムたちを、一瞬でどろりと溶かしてしまう。
無論それだけではなく、ゴーレムたちの進撃に合わせて放たれた雨霰のような魔法も、丸ごと消し去る。
パッ、と飛び散った緑色の火の粉が〝バレンシア・ファミリー〟の何人かに降りかかり――あっという間に緑色に染め上げる。
途端に、あちこちから悲鳴が響き渡った。
竦みあがるような断末魔に、〝モンテベルナ・ファミリー〟までもが戸惑っていた。
〈この〝神力〟――歪だ〉
〈……確かに。変な感じがする。純粋な〝神力〟じゃないのかな……? でも、なんかどこかで……〉
〈〝被験体十六号〟……。帝都でリリィたちと交戦してたやつ――あれに似てる〉
〈ああ……! 〝キラくんコピー〟! ――きも!〉
〈あのさ……。そうやって繋げるのやめてくれる?〉
〈ゴメンゴメン。でも――一体、誰がこんな〝力〟を? 〝モンテベルナ〟側なんだろうけど、それらしいのなんてどこにも……〉
〈あ。――いた〉
キラが見つけずとも、数秒で〝力〟の発生源が判明した。
戦場の隅の隅。〝モンテベルナ・ファミリー〟でもその傘下のチンピラでもない、妙齢のシスターがいた。
「恐れることはありません! 神のご加護は我らに!」
戦いとは縁遠いにも関わらず、目の前の戦場に臆した様子はない。むしろ、何人かのマフィアが慌てて引き留めねばならないほど、前のめりになっている。
両手で掲げているのは十字架。正しくは、十字架と共に手のひらに収まっている二体の小さな〝人形〟。
〈ものはいいようね……! 自分が知らなきゃ〝悪魔〟も〝神〟になる!〉
〈たぶん、ゲオたちと同じだ――〝神力〟を〝人形〟として与えられてる!〉
シスターが何を願って〝力〟を手にしたかはともかく、止めなければならない。
キラは〝気配面〟で〝防御面〟を呼び起こし、観察場所であるアパートの屋根から飛び降りた。
〈まずは炎を止めたい――何か方法ある?〉
〈師匠の覇術を真似ればいけるけど――〉
〈いける?〉
〈――やってみる。一分頂戴!〉
〈了解〉
〝躯強化〟で着地のダメージを軽減している間にも、状況を把握する。
目の前はもはや地獄。ゴーレムを飲み込んだ〝緑の炎〟は、そのまま広場を覆い尽くした。敵も味方もなく、存在するもの全てを焼き尽くす勢いである。
そんな中、シスターは笑っていた。
「アッハハハハハ! 悪人たちよ、感謝するのです! この聖なる炎に抱かれて逝けるのですから――誉ある死を迎えられるのですから!」
彼女にとって、〝モンテベルナ・ファミリー〟も〝バレンシア・ファミリー〟もさして変わらないのだろう。
〝マフィア狩り〟で無差別殺人をこなしたキラも、ヒトのことをとやかく言えたものではないが――。
「イカれてる……!」
あまりの狂人っぷりに反吐が出る。
しかし皮肉なことに、そのおかげで接近しやすくなっている。マフィアたちは抗争どころではなく散り散りとなり、シスターを守る者たちもいなくなった。
〝緑の炎〟に注意さえすれば、ほぼ一直線。
エルトの〝猫足〟を借りて駆け抜ければ、ものの数秒で制圧できる。
一瞬のうちに算段をつけ、脚に力を込め――しかしそこで〝気配面〟が危険を告げてきた。
「――!」
シスターが持っていた〝人形〟は、一体ではなかった。
その事実を思い出したのは、目の前に巨大な拳が迫ってきてからだった。
「これは――」
一瞬、帝国城での苦い記憶が蘇る。
〝コルベール号〟のゲオルグとサガノフの友達。ぽっちゃりとしたダヴィードが似たような〝力〟を使っていた。体の一部を泥や鉄に変化させる以外にも、手を巨大化させていた。
それと同じ。
いわば〝変化の人形〟。
目の前に躍り出た〝人形〟が、自らの右腕を巨大化させて殴りかかってきたのだ。
咄嗟に〝防御面〟が出るほど、まだ器用ではない――そこでキラは〝猫足〟の脚力で横へ跳んだ。
急激な方向転換に転びそうになるところを、なんとか足運びでカバー。
「ギリギリ……!」
巨大化した拳の風圧で体が持っていかれそうなところ、左手と右膝をついて耐える。
その間も俯くことはできない。
〝人形〟とシスターの両方を視界に収め続ける。
一方でシスターも、自分が狙われているのだと自覚していた。
〝緑の炎〟を振り向けようと、今に〝人形〟を掲げようとしている。
〝変化の人形〟も次なる行動に出る。
ほぼ同じタイミング――〝緑の炎〟は〝雷〟でなければ無理――同時に対処するには――。
ふ、と息を吐き、〝猫足〟で距離をとる。
まだ強大な〝雷〟をコントロールできるわけではない。ある程度方向性を決めて、暴れさせるだけ。
その範囲内に〝緑の炎〟と〝人形〟とを収める。
タイミングを測って、〝雷〟を汲み上げ――右手がパチリと唸ったところで。
「――はッ?」
〝人形〟が、目の前からフッと消えた。




