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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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770.乱れ

   ◯   ◯   ◯


 キラは大きなあくびをかましながら、〝キッキ区〟の集会に混じっていた。

〈まずい……。ねむすぎる〉

〈ねー……。さすがに……キツイねー……〉


 〝マフィア狩り〟を始めて一週間。

 キラは昼間に〝市民軍〟としてチラシ貼り、エルトは夜遅くに〝赤目の少年〟として辻斬りを行っていた。

 片方が起きている間は、片方が寝て……といった具合に昼夜交代で入れ替わっていたのだが、もちろん身体は一つ。

 これまで幾度となくタフな状況を戦い抜いてきたとはいえ、限界がある。

 肝心なところで役立たずにはなるまいと、休憩や仮眠はこまめにとってきたのだが……昨日、ギリギリで保っていたラインが壊されるような事件が起きた。


 歓楽街を牛耳る〝コアッツェ・ファミリー〟と全面的に衝突してしまったのだ。

 いつものようにマフィアの一人を辻斬りで葬ったところ、周辺を巡回していた治安官と鉢合わせ。慌てることなく冷静に逃げたはいいものの、屋根伝いに駆けている最中に足元が抜け落ち。娼館の最上階の部屋に転がり込んだのである。

 それだけならばまだしも。


「あらあら。おねむ? 肩、貸してあげるわよ」

「ん……。いや……そこまでじゃないから。ありがと、レルマ」

 その部屋で春を売っていたのは、〝アサシン〟であるレルマ。まさにその行為に入ろうとしていたところへ乱入したのである。

 ただし、そこは問題ではない。

 確かにそういう場所にレルマがいたのは驚きだったが、小規模マフィアの生まれだったと聞けば色々と察するものはある。


 すぐに飛んで逃げられなかったのは、キラもといエルトがクッションとして使った男の方。

 肌の色が見えないほど刺青だらけのその男は、〝コアッツェ・ファミリー〟ボスの長男だった。

 しかもレルマは、長男を誘惑したのち、誘拐されて不本意に働かされている女性たちを解放するつもりだったという。

 そういう経緯を聞いてしまうと、放っておくという選択肢はなく……。〝コアッツェ・ファミリー〟を解体することとなった。

 作戦を立て、脱出ルートを用意して、そのための下準備もして……一晩かけて、マフィアの縮小化に至った。


「おい……! アタシの前で変にいちゃつくな! レルマ、あんた、わかってるんだろうな? こいつはな……!」

「あらあ、ルセーナちゃん。可愛いお顔が台無しよ?」

「っるっさい! いい感じに寝てるところを叩き起こされた身にもなれッ」

「ええ、感謝してるわ。大好きよ」

「離れろ、抱きしめるなっ! 子供扱いすんじゃねー! うう……いい匂いしやがって!」

「ふふっ」


 見事女性たちの救出に一役買ったのはルセーナ。〝ドンキホーテ商会〟で働く彼女が馬車を用意してくれたおかげで、自然な形で逃すことができたのである。

 ただ、〝ナニーニ区〟にはいくつもの娼館がある。

 〝コアッツェ・ファミリー〟を相手にする以上、一つとして放っておくことはできず……娼館を一つずつ潰しては、ルセーナの馬車で逃すというのを繰り返す他に手立てはなかった。

 当然、エルトに任せっきりというような真似はできず、キラも暗殺の半数を請け負い……五時間ほどかけて、〝コアッツェ・ファミリー〟そのものを抹殺したのである。


「アタシが言いたいのはな。レルマ、あんたもうちょっと感謝しろよ? 成り行きとはいえ……」

「わかってる。だから労わろうとしてたのに、ルセーナちゃんがせがむから」

「一言も言ってねえだろ、そんなこと!」

 〝コアッツェ・ファミリー〟襲撃中はずっと暗い顔をしていたレルマだったが、それが嘘かのようにニコニコと笑うようになっている。

 空元気もあるだろうが、何より〝魅了〟の力も大きい。


〈〝魅了〟も使いようってことか……。難しい〉

〈今日もここで会う前はちょっと暗い雰囲気だったのにね。どうやったらコントロールできるんだろ? リョーマくんに聞けばわかるかな?〉

〈けど……。〝妖力〟のこと話してた感じ、竜人族に限っては成長の過程で自然に身につくんじゃないの。魔法にも神力にも当てはまらない力をそう解釈してる、って風にさ〉

〈んんー……。ま、なるようにしかならないか〉


 レルマがルセーナの小柄な身体をひょいと抱き上げ、ルセーナがまた文句を言う。

 そんな騒がしいやりとりに周りは目もくれていない。

 〝キッキ区〟の噴水大広場に集まった人々は、〝市民軍〟の演説に夢中になっていた。〝イエロウ派〟過激派に対して感情的になる〝市民軍〟に対し、皆が頷き、拍手をし、時に声を上げて共感している。


 その隅の方でひっそりと参加しているのは、キラが単に寝坊したため。三十分の仮眠をと思い目を閉じたところ、二時間が過ぎていたのだからびっくりである。

 到着した時にはすでに集会が始まっており、待ってくれていたレルマとルセーナに合流した形となる。

 〝アサシン〟ではないルセーナはともかく、レルマは昨晩の一件もあって人前に出る気はなかったらしい。


「んで? あの三人はまだダチ探してんのか?」

 ルセーナがレルマに抱えられたまま顔をむけてきた。まるで抱っこ嫌いな猫そのもの……抵抗しても無駄だから大人しくしているだけで、顔つきは大層不機嫌。

 キラは笑ってしまうのを堪えて、なんとかいつもの調子で応える。

「三人って言うか、セドリックとドミニクだね。リーウはお目付け役……集会時間に間に合わなかったら、二人を引っ張って合流するってさ」

「ふん……? ま、よかったじゃねーの。とりあえず見つかってよ」

「や、ホント。二人とも持ってるよ。正直、手がかりも何もない状況だったからさ」


 ルセーナは〝アルマダ騎士団〟の諜報員。

 〝アサシン〟たちはアベジャネーダの国民にも心いれしているが、ルセーナは母国ベルナンドと〝聖母教〟に忠誠を尽くしている。

 聞こえは悪いが、アベジャネーダの安全は二の次であり、〝領土奪還〟という目的を果たすことが最優先。旅の最中も度々そういう話は聞いていた。

 そのため、四人中三人が大遅刻な現状に腹を立てるかと思ったが……ルセーナは優しく微笑むだけだった。

 逆に、なぜかレルマのほうがつまらなさそうな顔をしている。


「事情を知らないから、あんまりこんなことは言いたくないけど……。ヒトにばっかり仕事押し付けて、自分たちは私情を優先って……。どういうことかしら?」

 どこか飄々としたところにあるレルマが、随分と感情的になっていた。〝魅了〟のせいか、それとも周りの空気にあてられたか……腕に抱えているルセーナをさらに強く抱きしめる。


「僕がそうしろって言ったんだよ。セドリックたちは元々そっちが目的だったし。僕の今の立場だって、そのためのものだから」

「ふぅん……。つまり……キラちゃんが優しいってことね?」

「ちゃ、ちゃんはやめて……」

「どおして?」


 本当にそう思っているのか、それともとぼけているのか。

 磨きに磨かれた演技に戸惑ってしまい……レルマが楽しそうにニマニマし始めたのをみて、キラはからかわれたのだと思い至った。

 気にしないでおこう。そう決めた矢先に、またもレルマが仕掛けてくる。

 ルセーナを下ろして、さりげなさを装って抱きついてくる。首に腕をかける様は、まるで恋人に甘えるかのよう。

 不覚にもどきりとし、悪ふざけが過ぎているのを指摘しようとした――その時。


「あ……?」

 キラは口を半開きにして、間抜けな言葉を出した。

〈キラくん、今……〉

 エルトのささやきに、キラは自分の勘違いではないのだと気を引き締めた。密着してくるレルマの腰をそっと押し返す。

「……どうしたの?」

「変な〝気配〟が、今、一瞬だけ……」


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