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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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769.変わるということ

「そういえば、エリックさんの件はどうなったんです?」

「ううむ……それがなあ。〝エリックこっそり捜索隊〟と称して、折りをみては我輩やリーウ嬢が共に出かけるのだが、これがなかなか」

「ローランさんもそこそこ土地勘もあるのでしょう? なのに……見つからない?」

「いや……何度か姿は見かけたのだ。〝トラエッタ区〟に確実にいるとは思うのだが……あそこの住人は〝隣人愛〟が強くてな。区外の人間にはなかなか心を開かんのだ。特にトスコ婆は昔っからの曲者で……あらゆる方法で煙に巻かれてるのだろうな。かくいう我輩も嵌められた」

「というと?」

「んむ、そう言ってしまうとだいぶ語弊があるが……。スプーナーを見かけた気がしたのだ。思わず後を追いかけたが、結局見当たらず……それどころか、二人に世話をかけてしまった。いい大人が面目ない……」


「スプーナー……。あの過激派筆頭のような〝イエロウ派〟騎士ですね。ローランさんが随分と気にかけていた……。……一大事では? ガルシーアで脱獄したってことじゃないですか」

「そういうことになるが……。あの横顔は、そう目くじら立てるものでもない気がするがなあ。恨みからでも、憎しみからでもなく……笑っていた」

「ウチとしては頭の痛い話ですよ。〝アルマダ騎士団〟に報告すべきかどうか……。はあ……」

「ふっふ、大変だな! ――さあ、到着したぞ、リーダー殿!」

 風に紛れてしまうようなボソボソとした声と一緒になって俯くシス。ローランはその背中をパンパンと叩いてやってから、〝イノシシの巣窟〟に到着したことを告げた。

 扉を開けて送り出してやり、隅の方へそそっと移動する。


「キラ殿は……。別の集会場か」

 もとよりローランは、目立つのがあまり好みではない。

 〝ゼメラルド〟時代は隊長という立場上ダンマリを決め込むわけにはいかず、〝隠された村〟で皆を鼓舞したときもそう。

 必要だったからそうしただけである。プレッシャーを跳ね除けるほどの成果を得たあの快感がクセになった、とも言い換えることができるが。

 そういうわけで、先ほどとは打って変わってしゃっきりとした顔で皆の前に立つシスを、遠巻きに見ていた。


「皆さんもよく理解しているでしょうが――今日が決行日です」

 市民軍メンバーは九十三人。それだけの数が一つの酒場に集結できるわけがなく、隣に続く二軒の酒場でも別々に集会を行ったり、各地に散って演説を行なっている。

 誰もがこの日を待ち望み……そして恐れてもいた。


 皆を言葉で鼓舞するシスから視線を外して、近くの男にチラと目をやる。右目に眼帯をした中年男性である。

 彼は数週間前に集団暴行にあった。

 〝イエロウ派〟過激派の目に余る演説活動に文句を言ったその日の夜、路地裏に引っ張り込まれて囲まれたらしい。左腕を折られ、右目が潰された。

 相応の恨みと、そしてその時の恐怖を抱えている。


 彼の隣にいる女性。若く美しい彼女には、傍目には傷ひとつない。

 だが、人攫いにあった過去がある。命からがら逃げ出したというが……〝モンテベルナ・ファミリー〟に暗い闇を押し付けられた。

 彼女もまた、深い憎しみとトラウマを持っている。

 他にも。ある中年男は今に飛び出していきそうなほどに固い決意をその目に秘め、ある老婆はしきりに杖で床を叩いている。

 むせ返りそうなほどに、負の感情が渦巻いていた。


「変えねばなりません。過激派たちはマフィアと手を組みさらに増長し、それを国は黙認しています。――覚悟を持って、変わらねばなりません」

 多かれ少なかれ、〝市民軍〟として活動するメンバーには〝イエロウ派〟への並々ならぬ敵対心がある。

 本人が、友人が、恋人が、親兄弟が、傷つけられている。

 それが酒場の愚痴で済んでいたのは、変わることを恐れていたからだろう。


 彼らは一般市民……平民。奴隷制度がなく、貴族がいる以上、永遠に被征服側。

 当然、戦士ではない。

 たった今皆に喝を入れた〝見せ筋〟のヴェロニやその友人らにしても、戦争のために筋肉作りをしていたわけではない。

 なんとかして、不条理な日常をやり過ごす――目立たず、角を立てず、争いを避ける。

 良くはならずとも、悪くなることを抑えられる。とりわけ、恐怖を植え付けられた者たちにとっては、身を隠すことこそが再び目をつけられない唯一無二の方法だった。

 それを覆すのに、どれほど勇気がいることか。


「皆が怯えています。この国に住む善良な市民全てが。あなたたち……僕ら〝市民軍〟も含めて。だからこそ、声をあげましょう――今も暗がりで隠れている方々も照らせるように。怯える者たち全員で立ち上がり、意志の強さを知らしめましょう!」

 成り行きでリーダーに就いたとはいえ、シス以上に適任がいるとは思えなかった。その声が皆に活力を与え、その言葉が皆を奮い立たせる。


「神は僕たちの味方です。〝イエロウ派〟過激派たちは沈黙しています――」

 〝イノシシの巣窟〟に集った者たちは、シスの一言一言に熱狂した。

 拳を振り上げ、声を飛ばし、隣り合う仲間と共に励まし合う。個々の感情が熱気となって混じり合い、それぞれが本来持つ弱音や恐怖心はどこかへ吹き飛んでいた。

 風は〝市民軍〟に吹いている。


   ◯   ◯   ◯


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