767.仕事
〈一応、〝アサシン〟とも情報共有したけど……。動くかは微妙だろうなあ〉
〈初代たちが〝アルマダ騎士団〟だったってだけで、今の世代は厳密には正規の騎士じゃないもんねえ。こういう事例って、特殊なノウハウか圧倒的な制圧力がなきゃ対処できないし〉
〈まあ、ともかく……。これでようやく下準備完了ってことだ〉
〝市民軍〟の抗議活動をサポートする中、突如として浮上したマフィア問題。
〝聖母教〟過激派の性質も兼ね備える〝バレンシア・ファミリー〟は、何をおしてでも抑えねばならない危険組織である。
リリィたち〝本部〟も交えて対抗策を練ったところ、当初キラが決意した通り、潰す以外に手立てはなかった。
問題はその手段。
〝市民軍〟による抗議活動まで約一週間。その間に〝バレンシア・ファミリー〟に潜入して解体……というのはあまりにもリスキー。
マフィアとやらは親兄弟のように絆が強く、この短期間で手下として割って入るにはかなり厳しい。
しかも〝バレンシア・ファミリー〟は、異教徒を滅ぼさんとする過激派〝聖母教〟信者集団でもある――その独特な仲間意識に取り入るのは至難の業。
ならば外部から取り崩して行くほかない。ただ、正面切って争っては市井に被害が出る。
そこで、議論の結果編み出されたのが〝マフィア狩り〟だった。
〈これでようやくできるね……。辻斬り……!〉
〈それ、ウキウキしながら言う単語じゃないと思う……〉
夜の帷が降りたリケール。〝ポルポラ区〟のスラム街の一角で、キラは息を潜めて待つ。
とは言っても、その体を操るのはエルト。
黒髪全てを隠すようにフードを深く被っている影響で、血のような真っ赤な瞳が怪しく輝く。
ルセーナから借りっぱなしのスカーフで鼻まですっぽり覆えば、この夜闇では人相の区別などつきはしない。せいぜい、〝赤目の少年〟が噂になるくらいである。
これで〝マフィア狩り〟に必須の隠密行動はクリア。
〈エルト。もう一度言うけど、リケールの裏路地って結構狭いから……〉
〈わぁかってるって。この仕事人に任せなさい!〉
〈だからそんなウキウキで……〉
〈ノリが悪いなあ。――ヒトを食い物にするクズを斬るんだよ。ためらいなんてないよ〉
〈……ま。心が傷まないのは確か〉
〈んね〉
〝マフィア狩り〟の対象は、マフィアを名乗る組織全てである。〝バレンシア・ファミリー〟でなくとも、その悪質性を確認できたならば、誰あろうと斬る。
〈お。一人きた〉
昨晩、夜が明けるまで〝マフィア狩り〟をしてみたのだが……その成果は一人。
レルマら〝アサシン〟から大まかなマフィアの縄張りは共有してもらったが、一人一人を斬るとなるとまた勝手が違う。
具体的にどのあたりにうろついているのか、グループで行動しているのか、そもそも本当にマフィアに所属しているのか……殺す前に考えることが多すぎた。
そのため、昼間における事前調査は必須だった。
マフィアは、必ず目に見えるところにそれぞれのシンボルをタトゥーにして入れている。そうとわかっていても、昼間はなかなか苦労していたのだが……。
ともかく――今、目の前に現れた男の首元には馬蹄のタトゥー。〝ニッツァ・ファミリー〟の一員である。
狭い路地を塞ぐようにして立つと、当然、男はいきりたつ。
「ア? 邪魔だ、どけ」
酒を喰らいつつガニ股で歩くその姿には、気品のかけらもない。おまけに、犬が縄張りを主張するように、痰を道端に吐き……。
集金か、巡回か。どちらにしろ下っ端のようではあった。
「聞いてんのか! ぶっ殺されてェのか、アアッ?」
エルトはもとより会話する気など一切ない。
男ががなり立てるその瞬間を狙って、前のめりになり――
「〝猫足〟」
駆ける。
反応する隙さえ与えない。
狭い路地裏であっても、構わず抜刀。
迷いなく、前へ向けて、居合い切りを撃ち放つ。
〈んん……。やる〉
ほぼ、刺突。
首元を過たず掻っ捌く。
男は、まるで溺れたかのようなくぐもった声を上げて、背中から倒れた。
「で、ここでナントカジョー」
〈斬奸状、ね。本当は殺す理由を書くものだから、ちょっと違うけど〉
エルトが懐から取り出したのは、三つ折りにした羊皮紙。それで〝センゴの刀〟の血糊を拭ってから、まだピクピクと痙攣している男の胸の上に置く。
書いてある内容は、『バレンシア・ファミリーに告ぐ。解散せよ』。
〈にしても、よく思いつくよねえ。こんな当てつけみたいな作戦〉
〈いや、だから僕も言ったじゃん。〝バレンシア・ファミリー〟を対象にして、ってさ。そしたらシスが横入りするもんだから……。顔も出さず〝リンク・イヤリング〟で途中参加のくせして……〉
〈まーまー。そのおかげで選定する必要なくなったんだし? 悪も減るしで一石二鳥〉
マフィアに対する無差別的な辻斬り。
その狙いは、〝バレンシア・ファミリー〟の孤立化。
同業で縄張り争いをしているとは言え、謂れのない殺人で多くのファミリーが部下を失うことになる。
その怒りはもちろん犯人である〝赤目の少年〟に向けられるだろうが、〝バレンシア・ファミリー〟も標的となる。
対する〝バレンシア・ファミリー〟は、犯人探しと並行して、他マフィアとの抗争も余儀なくされる。アベジャネーダの支配あるいは撲滅どころではなくなるだろう。
あわよくば、全く関係のないマフィア同士で潰しあってくれれば。キラもわざわざ手を汚さずとも済む。
とはいえ、それは理想の形。
〝バレンシア・ファミリー〟が中心となって、マフィア社会全体で結束力を高めることも十分に考えられる。
そうなった場合は中々厄介ではあるが……少なくとも、〝バレンシア・ファミリー〟の〝クロス一派〟としての側面はつぶすことができる。
〈――十人目。あれ、もうちょっと多いっけ?〉
〈ん〜……ザンカンジョーはあと八枚。十二だね〉
〈……代わる?〉
〈んーん。キラくん、いつもキツイとこで踏ん張ってたでしょ。今回は私の番——任せなさい。アランと組んでたこともあるんだから〉
〈ありがとう。――そろそろ初めの……〝ニッツァ・ファミリー〟の死体が見つかるといいけど。昨日のはなんだかんだで治安局に回収されたっぽいし〉
〈〝ポルポラ区〟、すぐそこだし。ちょっと探ってみようか〉
エルトは建物に視線をそわせてから、〝猫足〟を発動した。障害物を避けながら、トントントンッ、と一気に屋根の上まで駆け上がる。
そうして視界が開けたところで、初めて月が明るく輝いていることに気づいた。
〈イイ夜風〜。スッキリするねえ!〉
〈気分がいいことじゃあないからね〉
一息ついたところで、エルトは〝空梟〟で辺りを探った。
〈ん……。〝気配〟が集まってるとこがある〉
〈風に乗って怒鳴り声も聞こえるような……。しまった……チンピラの声の大きさは勘定に入ってなかったなあ〉
〈どうする? 追い打ちかける?〉
〈んー……今日はパス。近隣には申し訳ないけど……斬奸状あるから勘違いされるなんてことないでしょ〉
〈そ? じゃ、ちょっと休憩ね〉
そう言ってエルトは体の主導権を渡してきた。
キラは一応〝空梟〟を展開したまま周囲を警戒。フードもスカーフも外さないでおく。
〈にしても……。変なタイミングでエリックと遭遇するなんて……セドリックも持ってるなあ〉
〈あ〜、ね。しかも配達業なんてさ。意外も意外。セドリックくん、慌てて言葉足りてなかったけど……あの言い方って、多分雑貨店の裏でばったり鉢合わせた、ってことだよね〉
〈そうだと思う。僕も一緒にいたら逃さなかったんだけど〉
〈その言い方、犯人捕まえるみたいになってる。けど、エリックくんも危ない橋渡ってるっていうか……。マフィア関連のこと、知らないのかなあ?〉
〈僕らよりも長く居て、しかも〝トラエッタ区〟のお婆さんとも知り合いみたいだし、知らないわけがないでしょ。知ってる阿呆か、知らない馬鹿か……両方か。どれかだね〉
〈あ。そう言えばキラくん、エリックくんのこと嫌ってたっけ?〉
〈……別に。自分勝手なやつとは思ってるけど……セドリックとドミニクはそうじゃないって信じてるみたいだから〉
キラはフンと鼻を鳴らしつつ、〝センゴの刀〟を引き抜いた。明るい月明かりの元できらりと輝く刃には、ところどころ血がこびりついている。
爪でカリカリとこそぎ落としたくなったが、グッと我慢。マントの裾で何度も何度も丁寧に拭き取っていく。
〈まあ、ともかく……色々なことが解決の方に進みそうでよかった。こっちはまだ厄介な方へ転がってく可能性もあるけど〉
〈あとは〝イエロウ派〟の過激派がどう動くか、だよねえ。〝モンテベルナ〟がバックにいるし、何か手は打ってきそうだけど……。〝市民軍〟に喧嘩ふっかけられたら面倒。どーしよっか〉
〈――〝モンテベルナ〟にもう一度仕掛けよう。わざと見つかって、目的を言葉で伝えれば……〝市民軍〟と関係ないところにあるって証明になる〉
〈よし、じゃあそれで行こう〉
抗議活動まで、あと四日。
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【お知らせ】
二週間ほど投稿をお休みします。
再開は2025年1月8日(水)。
良いお年を!




