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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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764.少年少女

「〝隣人を愛せ〟……」

「そうだよ? 少なくとも〝トラエッタ区〟の皆は家族さ! なのにアンタときたら……。家族の顔を忘れるだなんて、そんな親不孝があるもんかい!」

「ハハ……。そういえば、トスコ婆さんはみんなの母でしたね。懐かしい……」

「それでいえば、新しい子が二人できてねぇ。訳ありの少年少女さ。アンタも会ってみな? 若さ溢れるフレッシュなエネルギーに触れな!」

「はあ、訳ありの……」


 家に入ってからも、スプーナーが食卓についてからも、トスコ婆の口は止まらない。

 というのに、テキパキと紅茶の準備を進めるものだから、体と口を別々の誰かが動かしているのかと錯覚してしまう。


「けど実際問題、アタシらとしてもどうしたもんかと頭を抱えていてねぇ」

「その少年少女について、ですか?」

「ああ、そうさ。少年はエリック、少女はアテナ。二人とも礼儀正しくって可愛いんだけど……アテナのほうが目が見えないらしくってねぇ。エリックが仕事で忙しい間だけでも預かってやりたいんだが……いっつも断られちまう。だから、どうしてもアンタん家みたいに踏み込めないでいるのさ」

「……私が相談される側ですか?」

「会ってみなと言ったろう? アンタが何に苦しんでるか、あたしらもようく知ってるけど、だぁれも解決方法がわからない。一緒にいてやれるだけ。……だからアンタは、アンタ自身で向き合わなきゃいけないのさ。そのためにも、どこからかほんの少しでも元気をもらっておかないと」


「トスコ婆さんのおかげで、これでも十二分に心が軽くなっていますよ」

「バァカおっしゃい! あたしらジジババのしわがれたエネルギーなんかよりも、あの少年少女のほうがよっぽど素晴らしいよ! 青春っていっちゃあ、大変な事情抱える彼らに失礼に当たるけど――そんでも、一瞬一瞬を無駄にしないその姿勢を、アンタも学びんさい!」

「一瞬を……。無駄にしない」

「そうさ。ここを出て行ったあの時のアンタは、きっと復讐を果たすつもりだったんだろう……誰にかは知らんがね。けど、今はそうじゃないんだろう? ただただ……忘れられない」

「……はい」

「なら、もう復讐なんかに時間を使うんじゃないよ。三十年を費やしてやっと一区切りつたんだ……もっと何か別の道を見つけなさい。そんためにも、なんでもいいからその一歩を踏み出せっちゅう話さ」

「一歩を……」


 確かに、迷っていたところではあった。

 復讐心がないわけではない。怒りと恨みは燻り続け、ふとした拍子に膨れ上がりそうではある。

 だが、だからと言って、何かしようという気にはならなかった。

 〝授かりし者〟たちは悪魔のような恐るべき〝力〟を持っているものの、彼らがローディを殺したわけではない。

 殺したのは、あの地獄のような緑色の〝炎〟。息子の腹を貫いたのは、その〝力〟の持ち主たる〝授かりし者〟である。

 冷静に考えれば簡単だった。だが、三十年もの間、妄執に取り憑かれ……その結果として、意図しようがしまいが、グリューンに教えてもらった。


 同じ轍を踏んではならない。

 妻のためにも、息子のためにも……。

 でなければ、レニャーノとローディに顔向けできなくなる。


「おや……。何か決めたのかい?」

 トスコ婆はそれまでの顰めっ面を引っ込めて、ニコニコとしながら紅茶を啜った。

「いえ、何も……。しかし指針は決まりました――私は恥のない生き方をしたい」

「おう……? 軍にでも戻るつもりかい?」

「いいえ。そのつもりは、もう……。せっかくですので、トスコ婆さんのいう少年少女に会ってみようかと」

「! そりゃあいい! なんだ、随分素直になったじゃないかっ」


「意固地になっていたつもりはありませんでしたが……。考えて行動しない限り自覚しないと気付かされましたから。二人に会うにはどうすればいいので?」

「まあまずはエリックの方からだろうねェ。ただ配達業で色々回ってるから……うぅん、どう紹介したもんか……」

「では……。その配達業とやらを、私にも紹介してくれませんか。それならば妙な勘ぐりも避けられるでしょう」

「ほっほ! 面白いこと考えるねぇ。じゃ、いっぱい飲んだら早速案内したげるよ。エリックはいろんなところを繋いでくれてるから……おんなじ感じでいいかい?」

「もちろん」

 

   ◯   ◯   ◯


 アベジャネーダ首都リケールに到着して、三日目。

「俺ら……ただバイトしてるだけじゃね?」

 不満というほどではないものの、モヤモヤとしたものをセドリックは抱えていた。

「仕方がない。私たちは〝見習い〟……。勝手なことはできない」

 〝ドンキホーテ商会〟の経営する〝アロンソ雑貨店〟は、主に〝教国〟ベルナンドから輸入してきた様々なモノを取り扱う店。食器や服や家具など、生鮮食品以外は大体揃っているのがウリである。


 そんな〝アロンソ雑貨店〟で、セドリックとドミニクは普通に働いていた。店先や店内を掃除したり、品出しをしたり、倉庫で品物の整理をしたり。

 店番を任されることはなく、まずは帳簿をつけられるように品物を覚えるようにと言いつけられたのだが……その扱いはまさに新入り従業員。

 もちろん、竜ノ騎士団から派遣されたことは知れ渡っているため、それほどキッチリとこなす必要はないものの、だからと言ってサボれるわけではない。この二日間、なんの動きもなく暇しているのだ。

 そういうわけでセドリックはドミニクと共に、店の裏にある倉庫で在庫のメモをとっていた。


「いっそのことエリック探しに行きたいけど……。キラの方が結構緊急事態なんだろ」

 リケールの裏社会のことは、リーウ伝手に知らされた。

 表に出て暴れるようなことはしないものの、複数のマフィアが水面下で競い合い、支配力を高めているという。

 場所代と称して商店から金を搾り取り、言うことを聞かねばあらゆる手を使って無理矢理にでも従わせる。

 その中でも影響力を強めているのが、〝バレンシア・ファミリー〟。

 他の傘下につくしかない小規模マフィアだったが、今や複数地域をナワバリとする大手ファミリーとなった。


 その正体は、〝聖母教〟以外を〝異教徒〟とする過激派。

 旧エマール領の〝武装蜂起〟の際、見事に引っ掻き回してくれた〝狂信者〟クロスの仲間たちである。

 マフィアとして裏で動かれても、クロス一派として表で暴れられても、非常に厄介な存在。〝元帥〟キラはそう判断して、リリィたち本部と協議し……〝バレンシア・ファミリー〟の撲滅に乗り出したのである。


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