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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第8章

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760.毎日

「つかぬことを聞くが……」

 〝知恵の神力〟は、記憶を絵物語のようにして振り返ることができる。

 不意に思い出したエリックとの出会いに浸っていたところへ、マーカスが声をかけてくる。


「アテナは随分……男まさりな口調だろう。何か理由があるのか?」

「へっ、良いふうに言わなくてもいいぞ、マーカス殿。私の口の悪さは折り紙つきよ」

「褒めてはないぞ……? しかし……自覚していたのか」

「当たり前よ。気力で負けてちゃあ話になんねえからな!」

「なるほど。ご両親は懐が深いと見た。どのような形であれ、元気であることは全てに通ずる。込み入った事情があるならばなおさら」


 本当のところは、〝不死身の英雄〟に登場する〝世にも不思議な白馬〟を真似ているだけである。

 正確には、過剰な演技を取り入れて読み聞かせてくれた父のモノマネから始まったわけだが……それがあまりにも子どもっぽく思えて、アテナは黙っておいた。


「しかし……。エリックはまだ恩返しだ何だと言っていたな。〝聖地〟に向かうための資金を貯めているのではないのか?」

「まずは筋を通す、だってよ」

 アテナはお皿の上でスプーンを滑らせて答えた。ラザニアの最後のひとかけらを掬い取り、ひょいと口へ放り込む。鋭敏な味覚が、マーカスの確かな料理の腕前を伝えてくれる。


「エリックもエリックだが、マーカス殿もマーカス殿だ。礼をしたいと言ってんだから、素直に受けとりゃあいいのによ」

「恩返しをしているのは俺の方なんだがな。エリックがしてくれるのは恩返し返し……。となれば、恩返し返し返しが必要となろう? 延々と止まらんではないか」

「……マーカス殿は思った以上にバカだな。しかし面妖な……。エリックのバカがいつマーカス殿に貸しを作ったって?」

「他人事のようにいうが、君もだぞ。アテナ」

 どうやら口の端が汚れていたのか、マーカスが布巾で拭ってくる。


「ムゥ……? エリックと私が、何をした?」

「俺は友達というものに縁がなかったからな。何せ〝エマール〟という立場に、短気で怒りっぽい性格……ヒトは寄ってこん。それなのに、君たちは俺を信じてくれた――それが、とても嬉しい」

「ふぅん……けどよ? 先に手を差し伸べたのはマーカス殿じゃん。ヴォルフ殿の話を受けて、料理を振る舞ってくれてさ。ステーキ旨かった……」

「あれは……そんなに褒められた話ではない。君が目の見えない……〝弱い人間〟と知って、恩を売ろうとした。俺の保護下に置けば、話し相手になってくれるのではないかと……」


「要は、ヒトに飢えてたんだな? わかるぞ……。覚えがある――なんせ、私にも友達なんていなかったからなっ」

「――フフッ。なら、理解してくれるな? 俺が君たち二人にどれだけ心が救われているか。ここ最近は、毎日が楽しい。……感謝しているんだ」

「じゃ、それをエリックに言ってやれ」

「そっくりそのまま返す。もっと正直になるといい」


 くつくつと笑いながらいうマーカス。

 その笑い方や、楽しそうな口調、口元に手を添えているかのような微かに皮膚を擦る音……それらを全てを掛け合わせると、まるで心のうちを見透かされたかのような気分になった。


「で……。〝聖地〟ってのはどんな場所だ? マーカス殿は知ってるんだろ?」

「む? 意外だな……。〝知恵の神力〟にはそういう知識は備わっていないのか?」

「それだったらもっと良かったんだけどよ。中途半端に不便なんだよ。知識は無限に吸収できるが、知らないことは知らない。なんだったら、覚えてることでも、そこに考えが至らないなら無理。私は名探偵にはなれないってこった」


「〝授かりし者〟といっても大変だな……。とはいっても、俺も王都の〝王立図書館〟でしか読んだことはないが。〝流浪の民〟たちが旅をする目的の一つとなるらしい」

「〝流浪の民〟……〝授かりし者〟の集団。〝殺し合いの定め〟があるからって、みんな一人一人旅してんだってな。〝聖地〟を……巡礼すんのか? 何のために?」

「わからない。そこまでは書かれていなかった。ただ、〝聖地〟には〝旧世界の遺物〟があるという……。〝神力〟に何かしら影響を与えるのだろう」

「まあ、じゃなきゃエリックが行く気にはならねえもんな。ってか、アイツはどこでそれを知ったんだ……?」

「リケールに着いた時に聞かれてな。『憶測ではあるが』と念を押して教えたんだ」


 エリックという少年は、そういうところがある。

 きっとそれが正しいんだと思ってしまえば、動かずにはいられない。

 途端に誰の目も気にしていられなくなり、ともすれば当事者たちも置き去りにしてしまう。悩んだり苦しんでいたりしても、最初から心は決まっている。

 誰もがその行動を、独りよがりだとか身勝手だとかお節介だとか自己中心的だとか独善的だとか、〝考えること〟を前提にして否定するだろう。

 だが、考えるよりも先に手を差し伸べてくれるヒトを、アテナは嫌いになれない。

 むしろ、そういうところがエリックの魅力であり……。


「ん」

 アテナは無意識に咳払いをして、話を元に戻した。

「一番近いっていう〝聖地〟。私らがそこに向かうのは……無謀か? マーカス殿は〝ガリア大陸遠征計画〟に反対してるんだよな?」

「俺の問題はそこではないが……。二人に関して言えば、正直厳しいものと断言せざるを得ない」

「ま……そうだとは思う。私は盲目、エリックはおバカ。リケールまでの避難中もいろいろトラブルあったしよぉ」

「そうでなくとも、単純に人手が足りん。御者に用心棒に見張りと、これら全てを二人でこなさねばならない。夜は特に気を抜けない……となれば、エリックはそれこそ二十四時間休むことは許されなくなる」

「……止めるべきか?」

「止まるならば。止められるならば」


 マーカスの簡潔な答え方に、アテナはため息をついた。

 エリックのそういうところが……という話と、実際にそれをして欲しいのかという話は、全くの別物。アテナとしては、このまま慎ましく生活していたかった。

 かといっても、〝知恵の神力〟がそれを許してくれるかと言えば、そうでもなく……。


「いくつか、選択肢はある」

「頭が回るなあ、マーカス殿は。頼りになるぜ」

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