756.皮
「こう言ったらアレだけど……。アルマダ騎士団としたらやりやすくなるんじゃないの? 内部分裂こそが、アベジャネーダの崩壊に繋がるんだから。わざわざ侵攻作戦を組まなくても……」
「そうね……。その通り。だけど私たちは、国を解体したくはあれど、そこに住む人々に何かあって欲しいわけじゃないの。〝イエロウ派〟は過激な思想で出来上がってるわけじゃない……元は〝聖母教〟、いわば兄弟なのよ。〝悪魔〟なんて言葉には目もくれず、ただただ『隣人を愛せ』という教えに従ってるヒトたちだって多くいる」
「ああ……。それで……」
〝聖母教〟にどこまでも準ずるルセーナとは真逆に、なぜレルマ含む〝アサシン〟は背信的な作戦を遂行しているのか、ずっと引っ掛かっていた。
〝アサシン〟も〝アルマダ騎士団〟も、教皇庁よりも近くでアベジャネーダという国を見てきたのだ。
国としてみれば、〝教国〟ベルナンドの敵性国家。
しかし住人たち一人一人を見れば、言われなき罪を被せられている〝隣人〟。
非常にやりづらい中での選択となる。アベジャネーダ出身者も多くいる〝アサシン〟たちにとっては、特に。
国を取るか、思想を取るか。
思想を守るか、ヒトを守るか。
ヒトを裁くか、国を裁くか。
正解などなく……しかし間違ってはならない。
「アルマダ騎士団は、何はともあれ〝隣人〟を守ることに注力することにしたの。〝イエロウ派〟過激派の暴力が〝隣人派〟に及ぶ前に……決着をつけようとしているのよ」
「その上に〝バレンシア・ファミリー〟か……。〝過激派〟と衝突してくれればいいけど……〝バレンシア・ファミリー〟にはそれを我慢できる頭と計画性がある。スパイを潜らせて誘導するにも、一週間じゃあなあ……」
「アルマダ騎士団が取れる方針は二つ。このまま見過ごすか、抗議活動の日時を早めるか……」
「やっぱ……。僕がなんとかしてこようか?」
「せっかく元帥が来てくれたんだから、それも視野に入れて動くべきね。ともかく、アタシは一度隠れ家に戻って報告するわ。アナタもくる?」
「そうだね……そうしようかな。ああ、でも……今十一時くらいか。多分リーウは〝ドンキホーテ商会〟に行ってるはず……で、合流できればリリィたちにも相談できるから……。いや、それならシスに頼んだほうが……」
「確か他のお仲間もお昼頃に商会に到着するのよね。なら……こうしましょう。一緒に酒場に戻って、アナタはリーダーの到着までその場で待機。私はひと足先に隠れ家に戻ってアルマダ騎士団とコンタクトを取るわ。で……」
「それならリーウとも連絡つくし、わざわざ合流しなくても隠れ家に向かえるか……」
「じゃ、決定ね」
レルマとともに〝イノシシの巣窟〟に戻ると、店主のオロトは想定より早く戻ってきたことに驚いていた。
だが、マフィアに邪魔されたのだと正直に告げるとあっさりと納得してくれた。
「〝バレンシア・ファミリー〟か……。最近ずいぶん調子良く組織を拡大してるって噂を聞くが、〝ラッジ区〟も飲み込まれちまうとはなぁ……」
「そういうわけだから、残ったチラシはアタシが別のとこに貼りにいくわ」
「まぁ、変装の得意な嬢ちゃんが適任だわな。新入りにはちと荷が重い」
どうやらレルマは、〝市民軍〟の中でも〝アサシン〟により近い立ち回りをしているらしい。多くを語らずとも、店主オロトは勝手に解釈してくれた。
してやったりというふうにこっそりとウィンクを送ってくるレルマに、キラもこっそりと微笑む。
そうして颯爽とその場を後にする彼女に、新入りらしく礼をいい、どっと疲れた風を装ってカウンター席についた。
「しかしまあ、初日からツキの悪いこった。何か飲むかい?」
「じゃあ……。出る前にもらったぶどうジュースを……」
「へへ、気に入ったかい。良かった良かった」
人の良い笑みが溢れるオロト。そんな彼を色々な意味で騙していると思うと胸が痛んだが、任務である以上その感情に揺さぶられるわけにはいかなかった。
「あの……。オロトさんは〝バレンシア・ファミリー〟に詳しいんですか?」
「いやあ、俺はそこまで情報通じゃねえよ。そこらに転がってる話はとりあえず耳に入れておくくらいで……。やっぱ気になるかい?」
「ええ、まあ。〝市民軍〟を取り込もうとしてたんで……。俺たちに任せろ、って」
「本当かい? こりゃあ、思った以上に深刻だな……。過激派を引き寄せるつもりが、あんな野蛮人もひっついてくるとは……。チラシ貼りの人数を絞ったのは正解だったな」
「抗議活動に介入してくると思いますか?」
「微妙なとこだな……。マフィア連中はとにかく表舞台には立ちたがらない。日の当たる人間を陰に連れ込み、暴力と脅迫で従わせるのが奴らのやり方だ。裏でひっそりと勢力を拡大するのさ。そういう意味じゃあ、抗議活動自体には興味がないだろうが……」
「ああ、そういう考え方も……。なら、ひょっとしたら……。抗議活動に参加した人たちが目をつけられる?」
「かも、しれない。〝市民軍〟が政権を勝ち取ったとなりゃあ、なおさら……。まいったな……」
〝市民軍〟は〝軍〟を自称するものの、単なる活動団体でしかない。戦う力はなく、当然、自前の軍隊も持っていない。
上手くいけばアベジャネーダの軍隊をそのまま支配下におけるだろうが……そうでない未来が来てしまった場合。
つまり、〝市民軍〟が革命に失敗した時、抗議に参加したものたちは〝バレンシア・ファミリー〟をはじめとしたマフィアに食い物にされる。国からも何かしらの制裁が加えられるだろう。
〈か、考えれば考えるほど……。未来が狭い〉
〈成功する以外に道はないね……。聞いた限りのマフィアの性質を考えれば、抗議活動に乱入してくるようなことはない……けど〉
〈大人しく見てる……ってのはないような気がする。〝バレンシア・ファミリー〟って、いっちゃえばマフィアの皮を被ったクロス一派なわけだしさ。〝イエロウ派〟を殲滅するために何をしでかすか……〉
頭痛の種とはよくいったもので、キラは本当に頭が痛くなってきた気がした。
ぶどうジュースが目の前に滑り込んできたが、ただただぼうっと見つめるだけで、注文がやってきたという認識はできていなかった。




