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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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77.天才レオナルド

「とりま、現状の把握だ。お前さんの修行中、ちょいちょい街に降りて情報収集をしていたが、王都陥落以降の動きはない。一日二日のタイムラグがあったとしてももう王都が落ちて三日経つ……王国すべてを支配するつもりなら、王家の処刑やらがあったとしてもいい頃合いだ」

「ってことは……?」

「帝国は、そりゃあまあ昔っからややこしい国でな。まとまりに欠けるのさ。戦争をふっかけようというやつもいりゃ、そんなこと止めとこうというやつもいる。結局の所、帝国が帝国であるためには戦争の継続しかないと判断したんだろうが……そんな状態で方針なんてまとまりっこない。今回は、それが功を奏したって形だろう」

「じゃあ、つまりは……王都はまだ安全?」

「そう長くは持たないだろうがな。だからこそ、急がなきゃならん」


「で、どうするの?」

「要は、帝国軍を王都から引き剥がせば良いわけだ。が……その前に忠告だ」

 レオナルドは指を振って並んでいた数々の料理を浮かし、テーブルに羊皮紙を広げた。くるりと丸まるのを指で抑えつつ、彼女はぐいとテーブルに身を乗り出した。

 袋をかぶっているせいでその表情は見えなかったが、じっと見つめてくるその仕草だけで、息を呑むほどの迫力があった。


「帝国軍ってのは、”軍部”連中の指揮下にある。ってことは、どういうことか分かるか?」

「”軍部”と敵対することになる、ってことでしょ。でも、それがどうしたの?」

「奴らはねちっこい。この先、どう転んでもお前さんは”軍部”に狙われることになる。だから、用心しておけ」

「あ……。もしかして、前に言ってた”相手にしちゃまずいヤツ”?」

「……忘れろって言ったろ。もう口にするんじゃないぞ」

「ご、ごめん……」


「――”軍部”そのものがお前さんを狙うって話だ。一番有りえるのは誘拐やら拉致やらだ。直接殺しにかかるような、そんなもったいないことはしない」

「もったいない……?」

「ともかく、気をつけておけ」

「うん。でも……何があっても、負けるつもりはないし引くつもりもない」

 キラがそう言うと、レオナルドは肩の力を抜いた。

 切り替えるようにため息を付き、広げた羊皮紙を指し示すように、指の先でとんとんと叩いた。


「じゃあ、こっからが本題だ。これ、なにか分かるか?」

「……地図? 見たところ、街っぽいけど」

「ああ。しかも、帝都の、だ。結局読み書きを教えられてやれなかったから、文字は読めないだろうがな」

 羊皮紙には、周囲の地形とともに帝都が描かれていた。断崖絶壁を背にしているらしく、地図の上半分は海を示すかのようにニョロニョロとした横線が書き込まれている。


「さっき、王都から帝国軍を引き剥がす、っていってたけど、もしかして……」

「勘がいいな。そのとおり――帝都を奇襲するのさ」

「けど、帝都を襲撃って……どうやって? そんなに簡単に――」

「だから、奇襲だっての。なにも真正面から堂々とのりこめって言ってるんじゃない。少しでも帝都に異常が起きて、少しでも混乱を起こすことができれば……帝国は、軍を引かざるを得なくなる」

「なんで、そんなに自信満々に……」


「さっきも言ったが、帝国はいろいろな思惑が渦巻く場所だ。戦争をふっかけたいやつがチョコッと発言権を持ち、有無を言わさない軍力を持っているだけで……。その軍力が王都に向かっている今、帝都は少しだけ平等になりつつある」

「……?」

「つまり、だ。”軍部”が戦争を仕掛けることができたのは、ブラックという大きな戦力があったからだ。だから、誰も文句は言えなかった」

「殺されちゃうから……?」

「極端に言えば、な。まあ、あいつが”軍部”の横暴に加担することはないだろうが、命令に背くつもりもないだろう」


「そういえば……聞きそびれてたけど、ブラックはなんで帝国に? その……忘れろって言ってた”ヤバイやつ”がいるなら、レオナルドだったら止められたんじゃ?」

「忘れろって――まあいい、いずれ知る。だが、口外するんじゃないぞ?」

「分かってるよ」

「――一言で言えば、時期が悪かった。オレも、あいつが成長できるならと、帝国へ行くことを許したが……同時期に、”そいつ”が”軍部”に勧誘されたのさ」

「じゃあ、引き戻せば……」

「ところが、これもやっぱり悪いタイミングで、あいつの仇敵が帝国に現れた。そっからは、連絡がパタリと途絶えてな。オレもオレで動けないし……ま、ざっくりとそんなとこだ。――ランディのやつを殺した相手の話、これ以上聞きたいか?」

「……いや」


 キラは遅れて首を振った。

 レオナルドが釘を差した意味が、身にしみたのだ。

 少しだけでも、ブラックに親身になる気持ちが湧いていた。同時に、そんなことがあってはならない、とますます憎しみが増幅し……。

 ごった返す感情で、さらに気持ちが悪くなっていた。


「話を戻すが、今、帝国にはブラックがいない。”五傑”のロキも」

「”五傑”……?」

 キラは気分の悪さを振り払うかのように料理に手を付け、もぐもぐと口を動かしながら聞いた。

「まあ、話は最後まで聞いてくれ。進まねえから」

「うん」


「今、帝国を守る”五傑”は四人。流石に、自分の住むとこの防衛をおろそかにしてまで侵略戦争を仕掛けるほど、”軍部”も馬鹿じゃない。それに、いわゆる”反軍部派”連中を牽制しておきたいだろうしな」

「”反軍部派”……。じゃあ……”五傑”が、仮に全員出払っていたら?」

「暴動が起きるだろうな。そうまでいかなくとも、”反軍部派”が”軍部”を潰すために、何らかの行動を起こすはずだ。市民を焚きつける、だとかな」

「それが、”五傑”がいるから抑えられている……」


「ああ。だから、つまるところ『帝都に奇襲を仕掛ける』ってのは、『帝都を混乱に陥れる』ってことだ。そのための方法は二つ」

「四人の”五傑”を全員倒す、とか?」

「ふっふ。やっぱ強いやつの発想だな。――もう一つが、『市民に取り入る』方法だ」

「取り入るってことは……。今、”反軍部派”は”五傑”が残ってるせいで何もできないから……? 彼らが動けるように、僕が動く?」

「そう。お前さんが、帝都内で『今がチャンスだ』と呼びかけるんだ。お前さんの実力がありゃあ、”五傑”の一人二人は確実に沈む」


「……けど、それって帝都の人たちを巻き込むってことだよね」

「まあな。だが、戦争がどう転ぼうとも、このまま帝国が歩みを変えられなきゃ、どのみち待っているのは破滅だ。遅いか早いか、自発的か他人だよりか。それだけの違いさ」

「それだけって……」

「お前さんが深く考えることじゃないってことだ。ともかく、自分の望む結果にだけ集中しろ」


 納得はできなかったが、飲み込むしかなかった。

 一刻も早く、王都から帝国軍を撤退させなければ……でなければ、リリィたちの身が危ない。

 レオナルドの立てた推測――エマが王都をわざと陥落させたのならば、リリィもセレナも絶対にその作戦に関わっている。

 彼女たちほどの力を持つならば、ブラックを相手にしても、一歩たりとも引くことはないだろう。母との思いが詰まった王都を、なんとしてでも取り戻すはずだ。


 だからこそ、その助けになってやらねばならない。

 二人は、恩人なのだ。

 独り立ち尽くしそうなところを、ランディとユースに手を引いてもらった。

 そうして一歩踏み出したその先の景色を、リリィとセレナが明るく示してくれた。

 グリューンという少年もだ。意識しているしていないに関わらず、彼も自分を投げ捨てでも助けようとしてくれていた。

 もはや迷うことはできない。皆と会うためには……。

「わかった。やろう」

「良い返事だ。――じゃあ、作戦会議を始めるぞ」




 帝都での行動開始の時間は、真夜中となる。

 これは、王都を取り戻さんと行動を起こすリリィたちに合わせたタイミングである。

 レオナルドによれば、王都奪還において肝となるのは”不死身の英雄”ランディ。しかしかの老人はブラックの手により命を奪われ、そのためすでに”三人のキサイ”エマの作戦は想定外の事態に見舞われている。

 さらに、”五傑”ロキの存在がさらなる混乱を招くだろうと推測。竜ノ騎士団の十二人の師団長は、各々が受け持つ支部の安全を確保するために、王都奪還の作戦に手を貸すことはできない。


 これらを諸々加味して、最低でも三日後には帝都を混乱させなければならないという結論に至った。王都で待ち構えるであろうブラックやロキの注意を、リリィたちが行動を起こす前に引きつけておかねばならない。

 そういうわけで、ブラックの到着が早まるように、時差を考慮して真夜中を作戦決行の時間としたのだ。


「レオナルド。あの、本当に――」

「おいおい。そういう水臭いのはよせ。オレもこんな絶世の美女だが、クソジジイなんだ……。泣いちまう」

「……最後まで袋かぶったままでよく言うよ」

「ふっふ! しかしまあ、オレに本当に礼をしたいなら、ブラックに勝ってくれ」

「うん。じゃあ、そうするよ」

「お前さんの二つ返事は心地が良いな。――そら、出発だ。忘れ物はないな?」


 キラは”転移の魔法陣”に追い立てられながら、自分の服装を確認した。

 コートにセーターにズボンに靴。もらったものできちんと揃え、左腰には”センゴの刀”と一緒に”お守り”もぶら下がっている。

 それらに加えて、キラは革のバックパックを肩にかけていた。レオナルドから押し付けられた水筒やら干し肉やら乾パンやらで、ずしりと重い。


「地図は帝都のやつ以外にも何枚か入ってる。まあ、文字がわからなくてもなんとかなるだろ。ここから出た先で何をするか、分かってるな?」

「帝国軍の駐屯地に向かって、”書物”を渡す……だったよね。どんな本かはわからないけど……それで本当に信じてくれるかな?」

「もちろん。なにせ、奴ら自身が長年望んだものだ。――正しくは、それに至る道標と言ったところだが」

「……?」


 含みの在る言い方に引っかかりつつも、キラは魔法陣に乗って振り返った。

 レオナルドは、やはり麻袋をかぶったままで、魅力的な体つきもコートで隠してしまっている。

 らしいといえばらしい姿に苦笑しつつ、今度こそ遮られない内に礼を言った。


「レオナルド、色々ありがとう」

「……おう」

「あのさ。ランディさんが最期に言ってたこと、思い出したんだ。『”不死身の英雄”を名乗ってほしい』って。……どう思う?」

「どう思うも何も……。そりゃ人に聞くことじゃないだろ」

「だよね……」


「ただ」

「え……?」

「意外と、お前さんにふさわしいんじゃないかと思う。ここに来た直後の姿を見たから、なおさらな」

「そっか……。ありがと」

「……そりゃオレのセリフだ」

「え?」

「だあっ、そら、早く行っちまえ!」

 すると、足元の魔法陣がほのかに輝き始めた。


「そうだ。あんまりオレの美女っぷりを言いふらしてくれるなよ。オレが天才だってことは、オレが知ってるだけでいいからな」

 ぐにゃりと目の前に立つレオナルドの姿が歪み始め――最後に見たのは、彼女が麻袋を取り去った表情だった。

「――頑張ろう」


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