750.不穏
裏路地から大通りへ出ると、早速過激派による演説を目にすることができた。
二つの大通りに挟まれた噴水広場のど真ん中。そこで、三人の男が木箱の上に乗り、その思想を押し付けるようにして声を張り上げている。
「〝授かりし者〟は〝悪魔〟である! 故に滅ぼさねばならない!」
「我らが〝神〟にあだなす不届きものに、正義の鉄槌を!」
「〝神〟はすべて見ておられる! なればこそ、正しく行動せねばならぬのだ!」
キラとしては意外なことに、言葉の端々からも過激なものを感じる演説に相当数が集まっていた。
中には〝市民軍〟に与する者もいるだろうが、大多数が三人の男の呼びかけに応えるように歓声をあげている。
「シス……。こんな大衆の面前で喧嘩ふっかけたの?」
「い、いえ、まさか。こんな人目を集めるようなところではありませんでしたよ」
「ふん……? ってか、何でローランと一緒だったの?」
「彼が望んだんですよ。旧エマール領で色々と考えることがあったようで」
人混みに紛れてコソコソと移動しているうちにも、三人の演説者たちの声が耳に入り込んでくる。
「〝空の玉座〟に王が戻られた!」
「実に喜ばしいことだ! 勇敢なことに、王は自ら〝悪〟を討つのだと遠征に向かわれる!」
「だというのにッ! ここ数日、不穏な噂を耳にする! 我らが王に、意を唱える者たちがいるのだ!」
名指しされたかのように一瞬ドキリとして、キラは思わず立ち止まりそうになった。そこを、エルトが自然な流れで体を動かしてくる。
〈ほらほら、立ち止まってないで、シスくんについてかないと。迷子になるよ〉
〈や〜……。ほんっとに、ギリッギリじゃん。もうほぼ確信してんじゃん〉
〈あの言い方だと、証拠はまだ握ってないみたいだね。あくまでも噂がベースで、それを誇張して否定的な空気を流そうとしてる〉
〈声だけ大きいってわけか……。けど、マズイなあ。事実として合ってるだけに、怯える人は出てくるんじゃない?〉
〈だから、こっからが本番なんでしょ〉
〈っていっても、いったい何をすれば……。こっちは声高に宣言できないのにさ〉
〈何かしら考えはあるんじゃない? 抗議活動をしていく上じゃあ、避けて通れない問題でもあるから〉
〈……。また新たなトラブルの種になったりして〉
〈それは……。キラくんとシスくんが揃ってるから、あんまり口にしない方がいいかも。現実になっちゃう〉
縁起でもないことを言うエルトに抗議したかったが、それこそが不運を引き寄せそうで……。キラは黙ってシスについていくことにした。
二本の大通りを横切り、街路樹の立ち並ぶ通りに入る。まだ午前八時前と早い時間帯ではあったものの、なかなかの混み具合だった。
いろんなところから店員とのやりとりや値切りの声や談笑を聞きつつ、パン屋を目印に左へ折れ曲がる。そこが、酒場のみが軒を連ねる例の通りである。
一歩足を踏み入れるだけでも、ふわりとアルコールの香りが鼻をくすぐる。
「こんな朝っぱらから酒場って……。目立たない?」
「平気ですよ。毎日時間はずらしてますし、ルートだって変えてるんですから。それに、午前中にお酒を飲んでいい場所って、意外と需要があるんですよ。ほぼ深夜から仕込みをしなければならない飲食関係の方々からは特に」
確かに、シスの言うとおりだった。
商店街に比べて人通りは少ないものの、左右に立ち並ぶ酒場から話し声が漏れている。大声で話し合ったり笑い合ったり……。
陽気な雰囲気を浴びながら、通りの真ん中ほどで立ち止まる。
ビールジョッキ型の看板が目立つその酒場、〝イノシシの巣窟〟が今回の目的地だった。カランカラン、とベルに出迎えられながら、中へ入る。
「……いらっしゃい」
何やら物騒な店名ではあったものの、内装は至って普通。
入り口の正面には幅広なカウンター席があり、そのほかには十ほどのテーブル席。壁の至る所にイノシシの剥製があったが、特徴といえばそれくらいだった。
客はほぼいない。カウンターに一人と、入り口付近のテーブル席を陣取っている三人。
とりわけ、入店して早々ガンをつけてくる三人は、チンピラと見紛うほどの粗野な見た目をしていた。
〈おお……? 戦力はないみたいなこと言ってたけど……。喧嘩っ早そうなのがいるじゃん。なんなら、体つきだけでいえば僕より鍛えてる〉
〈喧嘩と殺し合いは訳が違うからね〜。それか、見せ筋だったり?〉
〈また妙な言い回しを……。見せ筋?〉
〈見せかけの筋肉。略して見せ筋〉
〈筋肉は威嚇用じゃないんだから……。分けてほしい。ホント〉
キラはエルトと〝声〟でやりとりをしつつも、四人の客をざっと観察した。
どう考えても、純粋に飲みに来た人間ではない。四人とも、ジョッキを手にしつつも、一向に口に運んでいない。
どうやら、カウンター席の隅っこに座っているのが〝アサシン〟らしかった。入り口付近の三人組とは違って顔を見せることはないが、何やら魔法で様子見をしている。
〝アサシン〟の様子を気にしつつも、シスに流れをゆだねる。
「席は二つ。空いてますよね?」
「……ええ。では、お連れさんは……」
「ご新規ですよ。ビール一杯、お願いします」
「……かしこまりました。どうぞ、カウンター席に」
それが〝市民軍〟加入の合図だったのか、店長の態度が見るからに和らぐ。警戒心を解き、ジョッキをタオルで念入りに拭いて、酒樽に刺した蛇口からビールを注ぐ。
「キラさん。ここからちょっとしたテストがあるんで、頑張って堪えてくださいね」
カウンター席に足をむけるシスに不穏なことを言われて、キラはハタと立ち止まった。
入り口付近の三人組のうちの一人が、ガタンッ、と椅子を飛ばして立ち上がったのである。坊主頭で四角い顔つきをした中年男である。
「ォイ、テメェ!」
滑舌の悪いがなり声とともに胸ぐらを掴まれ、キラは困惑した。
「お、おお……? ちょ、シス……?」
「どっち向いてんだ、あぁッ? 俺の目ェ見ろ!」
「あ、え……? 〝市民軍〟……ですよね? だって、今の会話は明らかに……」
「――今後! 一切! その言葉を口にすんじゃねぇよ……!」
「にょ。しょりぇはたしかぁに……。あにょ、ほほ、つままにゃいで」
「なら根性見せろ」
「こ、こんじょー?」
「誰にも曲げられねぇ堅い意志があるってとこ、見せつけてみろや!」
ぐ、と引き寄せられたかと思うと、ドンッ、と思いっきり蹴飛ばされる。
〝見せ筋〟だろうが、筋肉は筋肉……キラの体は、紙切れか何かのように後ろに吹っ飛んだ。
そのままではテーブル席に突っ込んでしまいそうなところを、キラは寸前で回避した。
飛ばされた勢いを利用して宙返り――背中をそらし、床を蹴って宙に飛び出し、回転する半ばでテーブルに手をついて、全身のバネを使って飛び越える。
「あぶな……」
〈相変わらずの反射神経……。堪えろって言われたのに〉




