747.方針
「名誉挽回の機会をいただいたと、ポジティブに捉えますよ。ええ。当てはあるんで」
「シスも大変だ……。元帥に目をつけられちゃあね」
「他人事のように……。王国最高権力を持つ二人に睨まれる身にもなってください」
「睨んじゃいないよ。僕もリリィもね」
キラは今更ながらにリーウがいれてくれた紅茶に口をつける。
メイド本人も、秘書業務に集中するあまり存在そのものを忘れていたらしく、ハッとしてカップに手を伸ばす。
「で……。〝ガリア大陸遠征計画〟……だっけ? それがもう直ぐ始まるから、〝アサシン〟は……っていうか〝アルマダ騎士団〟は急いでるわけだ。……なんで?」
「単純な話です。軍の主だった面々がリケールを留守にするからですよ。〝アルマダ騎士団〟にしてみれば、エマールの〝宿願〟がどうとか〝奥の手〟がなんだとか、そういったことはどうでもいい話ですからね」
「ああ……。領土を取り返すのが目的なら、留守を狙った方が確実か。城を抑えるにしろ、リケールを囲むにしろ、主戦力がいない方が当然やりやすいし。……ってことは、表立って仕掛ける気かな?」
「いえ、おそらくは〝市民軍〟を利用すると思いますよ」
「あー……? 〝市民軍〟を……? じゃあ……革命って体裁を取り繕ったままってことで……?」
〝聖母教〟と、〝カール哨戒基地〟および〝アサシン〟。平和的解決と戦争的解決。
領土奪還という同じ目的を持ちながらも、全く異なる手段を取ろうとする二つの組織に、キラは頭が混乱しそうになった。
〈いやに確信を持って言いますわね?〉
「早い話、〝アサシン〟にも二つの派閥があるんですよ。〝戦争派〟と〝平和派〟……もちろん、亀裂が入るほど過激な違いではありませんが。ただ、戦争を視野に入れているか否かは、はっきりと分かれています」
〈では、〝市民軍〟には〝戦争派〟の〝アサシン〟がいると言うことですね?〉
「ええ、そうです。これは僕の推測なんですが、〝市民軍〟の……〝戦争派〟の〝アサシン〟たちを介して軍を展開するのではないかと」
〈確かに効率的な戦略ではありますが……。不安は残りますわね。そもそもこの三百年間、表立って戦争を仕掛けなかったのは〝聖母教〟の思想ゆえでしたのに……。いくら大きな機会が巡ってきたとはいえ、気がかりですわね〉
「〝アルマダ騎士団〟が攻める戦いに長けているとは思えませんからね……。どう転ぶかは僕たちの働き次第、といったところでしょう」
想像以上にややこしくなってきた事態に、キラは頭が破裂しそうだった。
前屈みになっていた体から力が抜けて、ソファの背もたれにもたれかかる。
「あ〜……。もう……やだァー……」
何にも考えていないバカみたいなセリフを、リーウが面白がって一言一句違わずリリィに伝える。
〈ふふ。心配せずとも、キラならば何とかできますわよ〉
「う〜……。じゃあ、結局のとこ、何すればいいわけ……?」
〈合同会議では、先方からは何も要請はありませんでした。ということは、わたくしたちにも内密に動くという意思表示にほかありません。キラは当初の予定通りに動き、何かがあれば号令をかける……簡単にまとめればこういうことです〉
「何か起きたら、その時はその時……頑張るしかないかあ」
まだ色々と話すべきことがあったかもしれないが、キラはそこで力尽きてしまった。
そこからは、旅はどうだっただの、エステルがこういうヒトだっただのと、単なる雑談となっていった。
翌日。午前七時。
本来ならばまだ寝ている時間だったものの、シスに叩き起こされることになった。
どうやら〝アサシン〟というのは遅く寝て早く起きる生き物らしく、男子部屋〝一号室〟で寝ているのはキラだけだった。
着替えもそこそこに寝ぼけ眼で廊下に出れば、町娘姿のリーウがいつもの通りしゃっきりした姿で待ち構えていた。
これが本当の〝見習いアサシン〟ならば懲罰ものだが、新人とはいえ立派な〝元帥〟。しっかりとした挨拶をされることはあっても、咎め立てされるようなことはない。
とはいえ、ラグーナからしてみれば甘い境遇らしく、きっちりときつい一言をもらった。
「――〝見習い〟は〝見習い〟。規律を乱してはならん。よいな」
「はい……。……眠い」
隠れ家三階〝長老室〟。あまりに早い時間帯のため、キラは朝食を取る気にもならず、一人でラグーナの呼び出しに対応していた。
「シスくんの案内に従い、〝市民軍〟に入ってもらうつもりだが……。その前に一つ。〝アルマダ騎士団〟の方針について聞き及んでおるかな?」
キラはあくびを我慢するので必死で、ラグーナの話をほぼ聞き逃していた。
〈ほら、キラくん、シャキっとする! 昨日話してたことだよ〉
エルトの〝声〟が脳内にガンガンと鳴り響き、キラは観念して頭を回転させた。
「ん……。まあ……。直接誰かに聞いたってわけじゃないですけど。遠征計画に際して進軍をかけるんじゃ……って話は、昨日しました」
「ふうむ……さすがは竜ノ騎士団。すでに見抜かれておるとは」
「あー……。たぶん、明かすつもりはなかったんですよね。戦争を支援してくれ、って要請ではなかったんで」
「うむ。流石に侵攻作戦の直前には伝えるつもりではあったが、協力の要請はとくに考えておらなんだ」




