741.疑問
〈じゃあ……。最初は、それこそ〝聖母教〟のままだったのかな〉
〈かもね〜。だけど……じゃあなんでベルナンドの領地を奪ったのって、疑問が出てくるんだよね〜〉
〈んー……。どういうこと?〉
〈だってさ? 領地を奪うだけ奪って、あとは守りに入るって……意味わかんなくない? 普通、『もっと土地よこせ!』って戦争仕掛けるでしょ〉
〈ああ、そういえば……。でもそれって、西側に〝聖地〟があるから簡単には広げられない……みたいな話がなかった?〉
〈それも理由の一つなんだろうけど、私が言いたいのはそうじゃなくって……。領地奪って国を作るようなヒトたちが、そのまま領土拡大せずにいられる? ってこと〉
〈ああ〜……。確かに、ちょっと不自然かも。野心というか野望というか、そういうひときわ強い原動力があるはずだもんね〉
〈そうそう。だからさ。ベルナンドを敵にしたいわけじゃなくって、ベルナンドを敵に回してでも達成したい何かがあったんじゃないかな。だから、目の敵にするような政策は取らなかった、みたいな〉
〈それが革命に繋がりかけてるって、なかなかの自業自得っぷり……。けど、アベジャネーダの目的か……。そういえば、〝エマール領武装蜂起〟の時に、リリィが何か言ってた気がする〉
〈旧エマール領に潜入調査してたシスくんからの報告だね。確か『約千年前の〝宿願〟を果たす時』だとかなんとか。前後関係はともかく――エマールがアベジャネーダの王って事考えると、かなり重要な事実だよ〉
〈エマールの〝宿願〟が、〝贋の国〟アベジャネーダの行動目的。……千年前から何を願ってるって?〉
〈それも探りにシスくんが動いたんだろうね。一番はシーザー・J・エマールの確保だけど〉
〈あれ。じゃあなんでローランがいるの? 騎士団に入ったわけでもないでしょ〉
〈……さあ? 出身地だったりしてね〉
隠れ家への地下通路は、約三時間ほどの道のりだった。
想像してはいたものの、圧迫感と暗闇がひたすらに続くのはなかなかキツく、道中何度も休憩した。
新人〝アサシン〟たちにとっては一種の修行であるらしく、一時間以内に各隠れ家に到着できれば、晴れて一人前として認められるという。
地下通路にいくつも設けられている緊急避難所も、何ヶ所か案内してくれた。アベジャネーダで戦争や侵略行為が行われた際、〝アサシン〟たちが民を誘導するのだという。
その上で、もしも取り返しのつかない事態であった場合、〝カール哨戒基地〟と程近い場所に脱出するルートもあるらしい。
〝元帥〟として一応知っておかねばならないことであり、あとで写しをもらうことになったが……誘導は〝アサシン〟に頼ることになりそうだった。
目印の見分けもつかないほどの暗闇の中では、瞬く間に方向感覚を失ってしまう。
事実、定期的に訓練している〝アサシン〟たちでさえも、何回か間違えてしまうという。
「時に元帥殿は、何がお得意で?」
「ん……。得意……?」
「ああ、言葉足らずですみません。実際に戦いが起こったとして、どのような立ち回りを得意とするのかお聞きしたくて。潜伏が基本とはいえ、事前に役割を組んでおかねば、緊急事態に対処できませんから」
「戦い方って意味なら、この〝センゴの刀〟が軸ではあります。格闘術もいけますけど」
「魔法は……?」
「〝授かりし者〟なんで……。ここって時以外は使わないと思います」
「はあ……。しかしそれで〝元帥〟にまで認められるとは……」
前を歩くバレアスがどんな顔つきをしているのか、容易に想像がつく。
だからこそリーウも口を挟まずにはいられなかったのだろう。相変わらずキラの右手をぎゅっと握ったまま、努めて冷静にいう。
「キラ様は〝覇術〟という竜人族の秘術を身につけておられます。複雑な経緯での会得らしく、ご自分からは滅多に話されませんが……道中、至って安全な旅を続けられたのは、そのお力があってこそ」
「いえ、疑ってはおりませんが……。勘違いされたのならば、申し訳ありませんでした。世界最強の竜ノ騎士団、そのトップに君臨する〝元帥〟がほぼ剣だけとは思いもよらず……」
「近接戦において、キラ様の右に出る者はいません――この世のどこにも。なにせ〝人類最強〟と謳われるアラン様に対し、一歩も引かないどころか、倒す勢いでしたから。試合は様々な事情で中断しましたが」
キラは、頭の中のエルトと一緒に、首を傾げてしまった。
〝王都武闘会〟にて、アランに劣ったということはないものの、押し切ったという感覚もない。確かに、初撃はうまく捌いた自覚はあるが……。
口出しをしようとしたところ、リーウの掌が口を覆う。むぐ、という間抜けな空気音すらも出ないほどに塞がれてしまった。
「キラ様の正直なところは美徳ではありますが……。格の違いを思い知らせる今は、かえって欠点となってしまいます」
「別に舐められてる感じはしないから……。むぐ」
「なりません。黙っててください」
「……それ言うの気に入ってんでしょ」
「キラ様にならば冗談めいて言えますから」
「めいて……。でもいくらなんでも嘘は……」
「そうですか? あの試合、私には互角以上に思えましたが。最後以外はキラ様が押していましたし」
「あー……」
実際のところ、エルトの力を借りて何とか凌いだのだが、そんな特殊すぎる事情を他人が理解できるわけがない。
勘違いとは言えないが、自分とは関係のないところが評価されたようでモヤモヤとしてしまい……。そんなことはともかく、リーウの思惑はうまくいったようだった。
コソコソと話していても気づかないくらいに、バレアスは衝撃を受けている。
〈ルセーナもそうだったけど……。ベルナンド人って真に受けやすい?〉
〈さ、さあ、どうだろ。信じやすいタチってのはあるんじゃない?〉
〈ま、神サマなんて信じてるくらいだからね。そういう意味じゃあ、アベジャネーダ人と変わんないのかな〉
〈……それ、私以外には絶対に言わないでね? 超絶反感買うから〉
〈……。今、ちょっと僕も思った〉
〈気をつけてよ? 〝神〟を信じる心って、ずっと昔から在り続けて、ずっと昔から強いんだから〉
ベルナンドもアベジャネーダも宗教国家で、否が応でも〝神〟という存在を意識させられるからか……。ずっと、心の奥底がギチギチと嫌な音を立てている。
キラはこっそりと鼻から息を抜いた。




