738.根っこ
「キラ様がいなければ、帝都は滅びていたでしょう。とくに、〝ペルーンパニック〟……この世のものとは思えない、まさに地獄のような出来事でした。死人が、蘇るのです」
淡々と話を進めるリーウに、キラも口出しを諦めた。
というのも、ルセーナの態度が明らかに変わったのだ。最初は不機嫌だったのが、今ではおとぎ話を聞く子どもかのように前のめりに聞き入っている。
セドリックとドミニクに関しても、リーウが〝天神教〟に関してひけらかそうとしているのを察知して、苦笑いしていたが……帝都での出来事を聞いて、二人して振り返っている。
おかげで馬の操作を間違えて、ガラリと馬車が横に揺れる。
「単なる死人ではありません。誰かの友達、誰かの恋人、誰かの親兄弟……パニックは必至。それこそが〝死の神力〟を操る者……ペルーンの狙いでした」
「なんなんだ、そのひっでえ話……! 死者への冒涜じゃねえか!」
「そのとき、私は帝国城で怯えていました。安全を求めて城へ駆け込んだ方々を勇気づけてはいましたが、絶望に浸っていました。現状を打開するという手立てなど考えられず、どうにか今起こっているこの不幸が過ぎ去ってくれないかと……神に祈るばかりでした」
「そりゃあ……そうだろ。誰だってそうなる」
「そうです。その通りです。勇気ある方は誰かを助けようとしましたし、気概のある方は皆を励ましもしました。戦う音もそこらじゅうから聞こえましたが……『守れ』『陣形を崩すな』という言葉ばかり」
「で……。どうなったんだ?」
「誰も彼もが時間が過ぎ去るのを待つ中、キラ様だけが、一人事態の解決に奔走していました。ドラゴンと戦い、亡き師匠と対峙し、強敵が立ち塞がっても……なお。一人で、ずっと、戦い通しだったのです」
「おお……!」
リーウの語り口にすっかり魅せられたルセーナが、目を輝かせて見つめてくる。
キラは咄嗟に視線を外した。ただ、先程の『鵜呑み』失言もあながち間違いないと言う気もしてきて……少し奇妙な気持ちになった。
「まあ……。実際には、ネゲロとルコヴィチもいたし。僕だけって話でもない気が……」
「黙ってくれませんか?」
「えー……」
すげない返事にシュンとしていると、セドリックがくすくすと笑うのが聞こえた。むっとして睨むと目が合い、ハッとして恋人共に御者に集中する。
「それで? それで?」
ルセーナの要求は止まらず、リーウがまだ話を続ける。
「キラ様が見事ペルーンを討伐……と言いたいところですが。キラ様もすでに満身創痍でした。常人であれば動けなくなるほどの重傷だらけ。事実……キラ様は、一度、死にました。全てが終わった後のことでしたが」
ええ! と驚いたのはルセーナだけではない。御者席の凸凹カップルも同時に振り向き、そのせいでまた馬車が揺れる。
「あの時のことを正確に思い出せる人間はいないでしょう。私もその一人です。しかし……キラ様が〝神〟にしか成し得ないような奇跡を引き起こしたのは、紛れもない事実。文字通りに命を賭して、〝ペルーンパニック〟を退けたのです」
随分と駆け足な幕引きだったが、ルセーナにとっては些細なことのようだった。
子どものように口をぽかんと開けて、きらりと目を輝かせると、パチパチパチッと勢いよく拍手を響かせた。
しかし、少ししてから我を取り戻し、恥ずかしそうに咳払いをしてから、元の顔つき特徴に戻って言った。
「で。それが、どう関係すんだよ。……そりゃあ、すげえとは思うし、尊敬もできるけどさ」
「キラ様は両極端な方なのです。読み書きが苦手で、勉強がお嫌いで、おまけにお金の計算もできません。誰かが常にそばにいなければ、明日にでも路頭に迷うようなお方です」
「おぉ……。はっきし言うのな」
「しかしその一方で……。折れることを知りません。傷ついたり、苦しむことはあれど……それに屈することがありません。常人では、あり得ないほどに」
「はあ……。なぁるほどな。付き合い短いアタシでも理解できる気がする。なんか……言葉の端々からタガが外れてる感が漏れ出てるんだよな」
「今や帝国では〝神〟と同格。〝天神教〟の主として崇められています」
「はっ……? そんなことになってんのか」
「ですので。先程のいささか配慮のかけた発言も無理からぬものと存じます。〝神〟に頼るということを知らないのですから。誰もが悩み苦しみ、塞ぎ込んでしまうことを……キラ様は、同じように苦しみながらも、前へ前へと進めてしまうお方なのです」
「理解できねえもんは仕方ねえよな……。だって、アタシもアンタを理解できそうにねーもん。だから――それを互いに知っておかねえと、って、まだそういう段階みたいだな」
勝ち気でガサツで感情的なところがあるルセーナだが、れっきとした〝聖母教〟信仰者であり……その微笑み方は聖母をも思わせる。
キラもトラウマを思い起こすことなく、ニッと笑いかけてくるルセーナに、自然と笑い返すことができていた。
「――で、さっきの話の続きに戻るんだがよ。ベルナンドとしちゃあ、帝国への侵攻失敗につけいりたいわけよ」
「あー……。それで、作戦が一気に進んだんだ?」
「つっても、派手な反政府活動はできない。そもそもアベジャネーダってのは宗教を主体として出来上がった国。アンタがどう思おうが、宗教的思考が国の土台であり、国民の芯なわけだ」
「う……。つつくね」
「触れねーほうが野暮だろ。――そんで、神様を信じて日々を生きる人間に、政府はダメだとか説いても効果は薄い」
「じゃあ……。どうするの?」
「地道な草の根運動だ。〝市民軍〟に至る下地を作るのさ。これまでも潜入班が活動はしてたが、今ほどのチャンスはない。というより、もう〝市民軍〟として活動してるんじゃねーかな」
「そしたら話は早いね。あとは……エマールを捕まえるだけ?」
「目標はそれ。領土を放棄させるなり、国王の座から降ろすなりして、国としてのアベジャネーダを終わらせること。土地の支配はベルナンドとしちゃ望むところじゃねえから、そこら辺は理解しといてくれよ。そりゃ最後の最後、行き詰まった時の手だ」
「わかってるよ。平和的平和」
「変な言い回しだな。だいたい意味はわかるけど。――そういうわけで、〝市民軍〟を結成してもなお草の根運動は続く。アンタらが強いのは重々承知してっけど、全部封印してもらう。だから――」
「潜伏活動が基本……っていうか、それしかやっちゃいけない」
「そういうこと。ボロ出さねえように心掛けろよ」




