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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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757/963

733.3-12「真似」

 〝エマール領武装蜂起〟にて、〝エマール領〟を離れてアベジャネーダへ向かわねばならないというのは精神的にもキツイものがあった。

 住み慣れた街を離れるということは、住居たる〝エマール城〟を捨てるということであり……それはすなわち、誰にも内緒で自室に築き上げた〝聖母の間〟を放棄するということに他ならなかった。


 表向きは〝イエロウ派〟として行動していたものの、その心は〝聖母教〟にあった。

 途方もなく馬鹿で阿呆と自覚していたからこそ、自分の意思を目に見える形として残しておきたかった。

 悩んだ末に思い至ったのが、秘密の小部屋を作ること。

 〝エマール領〟リモン内にいくつかある秘密の聖堂を参考に、あるいはいくつか拝借して、小さな祭壇を築き上げたのである。


 だがそれも今はない。

 ということで、アベジャネーダ王国〝パサモンテ城〟であてがわれた自室でも、〝聖母の間〟を整えた。

 だが当然、〝聖母教〟の様式に見合った祭壇やら十字架やら垂れ幕やらはないため、ありあわせで造るしかなかった。

 〝聖母像〟の代わりに母の日記を置いているのも、このためである。


 それでも、マーカスは満足していた。

 なぜならば……見様見真似で整えた〝エマール城〟時代のものとは雲泥の差の出来栄えだったからである。

 それもこれも。


「あ。マーカスさん! 聞いてくださいよ、アテナが……!」

「聡いマーカス殿がテメェの口車に乗るわけねぇだろ。バカエリック」

 〝武装蜂起〟が起きた時。ひょんなことから巡り合わせた少年少女――〝隠された村〟出身の少年エリックと、〝知恵の神力〟を有する少女アテナ。

 二人に出会えたから。

「ふっふ、全く……。また喧嘩か。仲がいい」

 マーカスも、笑顔を忘れられないでいられた。


   ◯   ◯   ◯



 ベルナンド〝首都〟アルメイダ出発から、早三日目。

 エルトのおかげで一晩ぐっすり休んだことで、リーウ達三人に遅れて、キラもようやく完全復活を果たしていた。


〈んで? どうやって炎出したの?〉

〈ん〜、ふふっ。知りたい? 知りたい?〉


 現在、砂埃の立ち上る荒野をひたすらに進行中。

 ここまでずっと御者を務めてくれた案内人のルセーナに代わり、キラが手綱を握ることとなった。

 広範囲感知を可能とする〝元帥〟は大人しくしておいた方がいいんじゃないかと、主にセドリックとドミニクに心配されたが、キラとしてはむしろ視界が開けていた方がやりやすさがあった。

 手持ち無沙汰になった四人は、〝カール哨戒基地〟到着の前に、任務の最終確認を行なっていた。リーウが〝リンク・イヤリング〟でリリィと繋ぎ、現状の共有も行なっている。


〈そりゃあね。〝ペルーン・パニック〟のときみたいに生き返ったわけじゃないのに……。僕がいなけりゃ魔法を使えるって、そういう都合のいい話じゃないでしょ?〉

〈まあね〜。……どしても知りたい?〉

〈そのノリ……〉

 吹き付ける風が荒野の赤い土を運び、目を細める。マントのフードを目深に被り、ルセーナが用意してくれたスカーフで口元を覆う。


〈っていうか、エルトが鬱陶しいくらいに自慢してくるからじゃん。『新技大成功!』ってさ〉

〈余韻に浸らせてほしいんだよ。解釈広げた新しい試みが成功したんだからさ〉

 後ろからは、リーウたちの真剣な話し声が聞こえてくる。比べるべくもない会話の緩さに、キラは少し申し訳なさを感じつつも、エルトに続きを促した。


〈で? 解釈を広げたって?〉

〈そのまんまの意味。〝覇術〟にできることってもっとないのかな、って考えたのよ。それこそ、魔法みたいに使えたら最強じゃん、的に」

〈はあ……。それで、炎?〉

〈そ。エルト流魔導術〝火焔・飛燕刃〟! どう、かっこいいでしょ?〉

〈飛ぶ斬撃ね……。僕もやりたい〉

〈師範マネにはまだ厳しいかな。私だってまだ感覚頼りなとこあるし〉

〈ソレ、まだ生きてたの……。ってか、僕だって遠距離での攻撃手段増やしたいんだけど〉

〈まだ上手く言語化できないんだよね〜。しゅっ、とか、シャッ、って言っちゃうけど、それでも説明聞きたい?〉

〈ぬう……。絶対教えてよ〉

〈もち〉


 〝カール哨戒基地〟まであと半日。土埃の吹き荒れるこの荒野が近づいた証となるらしく、だからこそルセーナも気軽に御者席を譲ってくれたのだ。

「まっすぐ……まっすぐ……。っていっても、こう視界が悪くっちゃ……」

 顔に張り付くような土埃に、馬たちも苛立ちが募っている。時折頭を振っては、嫌がるように立ち止まる。頻度も多く、ひどい時は合図しなければ動かないほどだったが、キラも同じ気持ちだったため無理強いはできなかった。


「完璧人間も、馬車は苦手か?」

 話し合いもある程度区切りがついたのか、ルセーナが声をかけてきた。

 御者席に飛び移るようなことはしなかったが、背中にのしかかってきそうなほどに近さに、キラはあらゆる意味でどきどきとする。


「完璧人間……?」

「だってさ? 顔は整ってるし、性格も穏やかで、実力は折り紙付き。乗り物酔いはご愛嬌ってもんだろ」

「はあ……。だから何だって感じもするけど……。別に御者するのは苦手じゃないよ?」

「ってこたあ、馬に優しすぎんだな。こう毎度毎度止まってちゃ話になんねえだろ」

「ああ、そういうこと」

「あんたが周囲見張ってんだからさ。視界が悪かろうが、何があっても平気だってこと伝えてやんなきゃ。根気強く――これ重要。人間との対話じゃねえんだからよ」


 するとさっそく、二頭の馬のうち一頭が歩く足を緩め出した。それに引っ張られるようにして、もう一頭も勝手な減速を始める。

 キラもそれを見逃さず、手綱で合図を繰り返した。急かしはしないスピードで、しかし何度も何度も、粘り強く。

 馬たちも何か汲み取ったのか、ゆっくりとはしつつも、立ち止まることなく進み続けた。


〈ユニィで慣れてたけど……。馬って、そういえば臆病だったね。てっきり、視界が悪くてイライラしてるから進みが遅いと思った〉

〈ユニィだったら、確実に『ああ、うざってぇ!』とか言って走り出すよね〜。正直、言われるまで気づかなかった〉

〈話せないの……不便〉

〈それが普通だよ〉


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