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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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732.3-11「真逆」

 記憶にある生前の母は、ひどく〝イエロウ派〟の思想に傾倒していた。骨の髄まで信者であり、父との結婚も人生最大の幸運としていたくらいに。

 ゆえに、しっかりと〝授かりし者〟を〝悪魔〟と蔑んでいた。我らが〝神〟に仇なす不届き者として。

 父も母も似た考え方。

 となれば、二人の長子であるマーカスも、その思想に染まっていく。〝授かりし者〟は〝悪魔〟であり、あってはならない存在であると。


 だが……弟は、少し違った。

 父よりも、母の考え方の方が良いのだというのだ。

 当時のマーカスには理解ができなかった。父も母も言っていることは同じで、指し示す意味合いも変わることがない。

 説明をしろと言っても、『母ちゃんの方がいい!』の一点張り。挙句には『兄ちゃんも嫌いだ!』と叫ぶ始末で……殴り合いの喧嘩が絶えなかった。

 今思い返せば、それも可愛らしい兄弟喧嘩ではあったが……一つだけ、決定的な溝を作った喧嘩がある。


 母が亡くなった時。

 一晩中泣いていた弟は、父シーザーの元へ嘆願をしに行った。

 母の意思を継いでほしいと。〝神〟に仇なす〝悪魔〟のみ恨むべきなのだと。

 結局は憔悴しきっていた父から理解は得られず、逆に折檻を喰らう羽目になった。

 使用人たちも戸惑うくらい酷いものだったが、弟は懲りることはなく……最終的には地下牢に幽閉されることになった。

 このとき、マーカスもマーカスで悲しみに暮れており……父に訳のわからない嘆願を行った弟をなじった。

 いつになく静かで、いつになく反論がなかったのが印象的で――その日に、弟は家出した。


 父は、放っておけと言った。

 マーカスも最初は気にしないでおこうと思ったが、やはり血を分けた兄弟。気づけば弟がどこで何をしているかを考えるようになっていた。

 何度か〝貴族街〟に繰り出して行方を探ってみたものの、一つとして手がかりは見つからなかった。

 ただ、どこかで死体となって見つかったという話も聞かなかったため、とりあえずは生きているのだろうと思うようにした。

 そうやって安否を気にかけている際、ふと、何がそこまで弟を突き動かしたのかが気になった。


 思い出すのは、母の思想に傾倒していたということ。

 当時のマーカスにとっては、それだけしか手掛かりが見えていなかった。

 隙を見つけては考えて。父の目を盗んでは母の日記を読み耽って……しかしその大半が意味を読み取れず、悔しさでうんうんと唸り。

 そうした日々を送って二年が経ったある日。

 そういえば母は〝悪魔〟を話題に出したことはなかったのではと思い至った。

 父は〝授かりし者〟たちの存在にすら拒否感を示していたというのに、それに同調するようなことはなかった。

 母にとっての〝悪魔〟とは『〝神〟に仇なす不届き者』であり、〝授かりし者〟と必ずしもイコールで結ばれてはいなかったのだ。


 ようやく真相に近づいたことで、マーカスは初めて頭の至らなさを知った。

 『〝授かりし者〟が〝悪魔〟だから』忌避しなければならない存在と信じてやまなかったが……そうではなく、『どこかの〝授かりし者〟の〝悪意〟』こそ警戒せねばならないのだ。

 〝授かりし者〟たちが〝悪魔〟だらけならば、それこそ世の中無事では済まない。

 母の生前からその本質に辿り着いていた弟に、マーカスは猛烈に会いたくなった。会って、話をして、色々と聞きたくなった。

 だが……今すぐでは、きっと喧嘩別れをした時のように、弟の頭の良さに追いつけない。何か理解の出来ないことを突きつけられ、気の短さが悪さをして衝突するかもしれない。


 だからマーカスは、とにかく勉強した。父の言う〝イエロウ派〟の教えに傾倒した反省を生かして、できるだけ独学で。

 ただ、父シーザーから受け継いだ頭の悪さは相当に厄介なもので、まずは何を学べばいいかさえ分からなかった。


 ゆえに、最初に料理を学んだ。

 父の目を盗んで厨房に入り浸れるというのもあったが、誰かと頭を使って対話をしつつ、料理について〝学ぶ〟という行為を真っ当にこなしたかった。

 家庭教師でも同じことはできるが、〝イエロウ派〟の思想に再度染まるようなことは避けたかった。

 半年をかけて料理の腕と〝学ぶ〟ことを磨いている間に、何を知らねばならないのか――知りたいのかがハッキリとした。


 そうして、まずは〝イエロウ派〟について知ることにした。

 だが〝イエロウ派〟に偏ったエマール領では、真っ当な知識を得られることはない。当時はまだ表立って王家と対立していなかったと言うこともあり、度々王都の〝王立図書館〟を訪れることにした。


 〝イエロウ派〟はもともと〝聖母教〟の分派だったこと。

 〝教国〟ベルナンドの領土を一部奪い、アベジャネーダを建国したこと。

 その関係で、三百年もの間、交渉という名の睨み合いが続いていること。

 全て、教わったことではあった。

 だが〝イエロウ派〟の観点からは知り得ないことだらけ。

 〝イエロウ派〟の良心とも言うべき『隣人を愛せ』という教えそのものが、〝聖母教〟のものだったり。

 エマール家にとっての祖国であるアベジャネーダが、汚いやり口で建国されたことだったり。

 ベルナンドがアベジャネーダを迫害している事実などなく、ただ真っ当に領土返還を求めていたり。

 もはや何を信じればいいのか分からないくらいに、物の見方が変わってしまった。


 その時くらいからである。〝イエロウ派〟の大元である〝聖母教〟に興味が湧いたのは。

 戦いに依らない思想を知るうちに、気づけばその教えを胸に据えるようになり、〝聖母教〟の青いマントを羽織るまでになった。

 そこで母の日記をもう一度読み返してみると、その意味を全て理解できた。

 〝悪意〟を憎むこと。

 隣人を愛すること。

 一つの視点にとらわれないこと。

 その全てが子供たちに伝わるように接すること。

 そうしたことがつらつらと紡がれていた。


 母の死は辛くて痛くて悲しかったが……それとは比にならないくらい、日記を読み終えてから、マーカスはボロボロと涙をこぼしていた。

 こうして、亡き母への真なる弔いの一歩として、弟に会いに行ったのである。

 どこに行けば再会できるのか、さして迷うこともなかった。なぜならば、名を〝シェイク〟と変えて、〝労働街〟の変革に乗り出していたのだ。


「――母よ。あなたが父のどこに愛を見出したのか……。俺に理解できる日が来るのか……。ただ、俺は、貴女が願った〝世の中で最も正しい道〟を歩みたいのです。どうぞ見守っていてください。――弟にも負けませんから」


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