731.3-10「岐路」
「手短に話せ」
「は。第一会議室にて、かねてより進行していた〝ガリア大陸遠征計画〟について作戦会議が開かれるとのことです」
「……わかった」
くい、と顎をしゃくると、騎士は慌てて敬礼してその場をさった。角を曲がったのを見届けてから、ハァ、とため息をつく。
「父上には……。もう俺の言葉は届かないのか……」
〝エマールの宿願〟。
その言葉の並びは、小さい頃から耳にタコができるほどに聞いてきた。それこそ、物心ついた時にはこの〝宿願〟を叶えるのが自分の役割なのだと、信じてやまないほどに。
「〝日誌〟……」
この世のものとは思えない、〝声を出す書籍〟。
十中八九〝旧世界の遺物〟たるそれが、約千年前より続く〝エマール家〟に使命を与え続けている。まるで呪いのように……。〝日誌〟から溢れ出る執念が、じわじわと侵食している。
その証拠というように、徐々に、徐々に、〝宿願〟に近づいている。
約八百年前。先祖がエグバート王国に〝公爵家〟として取り入ることに成功した。
約三百年前。〝教国〟ベルナンドの一部を占領して〝アベジャネーダ王国〟を樹立した。
約百年前。〝日誌〟において長年不明瞭だった部分から、〝ランダム海域〟という単語を解読。これを目的地とすることにした。
約三ヶ月ほど前。父シーザー・J・エマールが、目的地を〝ランダム海域〟からガリア大陸〝太陽神の聖地〟に変更した。
「流れを止めることはかなわない……」
幼い頃ならば、逆らうようなことはしなかった。
だが今は。叶うことならば、馬鹿げた遠征に中止させたい。
だからこそ、父が〝ガリア大陸〟に矛先を向けた時、真っ先に反対意見をぶつけた。〝ランダム海域〟が〝宿願の地〟ではなかったのかと。
事実、〝日誌〟は確かにそう示していたはずだった。
文字と声とが示す内容は、ところどころが不明確ではあるものの、約百年前に判明したままに残っている。
〝今はランダム海域と呼ばれる場所にて、神は眠りについた〟と。
だからこそ、エグバート王国の軍事力を欲したのだ。
だというのに……。
理由を聞けば、〝ミクラー教〟と〝流浪の民〟の密会の目撃情報がヒントとなったという。夢の中で『〝聖地〟を警戒せよ』と告げられ、そこで〝流浪の民〟と結びつけたのだと。
〝流浪の民〟は、〝イエロウ派〟にとっては〝悪魔〟の巣窟。それを考えれば、血筋の使命にどっぷりと使った父シーザーが方針を転換するのも理解できる。
だが……。
まるで誰かに手を引かれて〝宿願〟へ向かっているようで、マーカスは不吉な予感を拭えなかった。
「もう一度訴えかけてみるほかないか……。それでもダメならば、俺は……」
岐路に立たされていると、実感せざるを得ない。
父に付き従うか、あるいは……。
一方を選ぶのならば、もう一方は切り捨てねばならない。マーカスは重い気持ちで会議室へと向かった。
「――これより、〝ガリア大陸遠征計画〟について進行していきたいと思います」
出席メンバーは固定化されつつある。
〝国王〟シーザー・J・エマールに、その後継者たるマーカス。
〝急進党〟パトリキ、〝保守党〟アンティオ、〝平民党〟ヒスパ。王家不在の間、三すくみの関係を保ちつつ、国家運営をしていた党のトップたちである。
エマール軍〝参謀将校〟ボノルヴァ、その秘書兼書記エルミ。
以上の七名でどデカい円卓を囲むのが通例となっていたが……今日はもう二人、参加している。〝忌才〟ベルゼに、〝操りの神力〟を持つロキである。
「では――」
「少しよろしいかな」
話を進めようとする書記エルミを、〝急進党〟トップのパトリキが遮る。
「何やらこの場にそぐわぬものたちがいるようですな。世界的犯罪者に……〝悪魔〟。この場にはいないが褐色の方も含めて……。これは一体どういうことなのか。説明を願いたい」
パトリキの剣呑な言葉遣いを咎める者は、この場に誰一人としていない。
〝授かりし者〟とは〝悪魔〟。それがアベジャネーダの常識であり、〝イエロウ派〟の哲学。
エグバート王国エマール領で生まれ育ったマーカスも、そう在るように教育を受け……実際、〝悪魔〟とは滅ぶべきものと思っていた。
「答える前に一つ」
手を組んで面白そうに顔を歪ませている〝忌才〟ベルゼも、剣呑な雰囲気には見向きもせずにインコと戯れ合う〝授かりし者〟ロキも、マーカスは好きになれない。
だがそれ以上に、〝マーカス・エマール〟という人間をこの場に立てねばならなかった。
そのためにも、先手を打つ。
「ここには有能な人間しか存在し得ない。なにしろ国の行末を見据える場だ……そうでなければならない。そうだな?」
「は……」
初老のパトリキはくぐもった声で返事をした。何を言われるのか悟ったのだろう。
同時に、〝参謀将校〟ボノルヴァもそろりと視線を外す。
「帝国へ進軍をかけ、結果、帝都の影を見ることもなく全滅。もう一度、どういうわけか聞いてやろう。前よりもよほどいい言い訳があるのだろう?」
「これは……その……。帝都で反乱の兆しがあるのだと、密偵から情報が入り……。またとない機会と踏んだのです……」
「父上はお優しい……失敗に鞭は打たない。だが俺は違う――聞くが、帝国を支配したとしてどうなる? 〝冬の牢獄〟を手中に収めて、どうするつもりだった? 流刑に最適とでも思ったか?」
パトリキは応えない。答えられない。
アベジャネーダ軍〝ゼメラルド〟部隊出身のパトリキは、王の剣となるべくして生まれたような人間である。常に先陣を切るその姿は、軍人時代では英雄視すらされていた。
だがその前のめりな姿勢は、立場が変わると諸刃の剣となる。
当たれば良い。英雄のままでいられる。
だが外れれば……。
いわゆる老害に成り下がる。
「〝参謀将校〟ボルノヴァ。荷が重いようだな。俺が代わりに背負ってやろうか?」
「自分は……」
「ふん、まぁいい。――アンティオ、ヒスパ、貴様らも同罪だ。何のための〝三銃士〟……いや〝三竦み〟だ。文句を垂れる前に恥を知れ」
シンと静まり返る会議室では、もはや誰も意見など口にできない。
ただ、ベルゼとロキは相変わらず飄々としている。
ギラリと睨みつけたところでその態度が変わることなど当然なく……マーカスはため息をつきたいのをグッと堪えてから、話を進めた。
「〝ガリア大陸遠征計画〟の目的は、我らが〝神〟の解放である。そのためにも、善悪に関わらず、ベルゼとロキの力は今後必須となる。ゆえに――」




