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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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730.3-9「理屈」

 五人分の〝気配〟が近づいてくるのは、南西……左後ろの方から。

 今いるのは山間地帯。山々を縫うようにして街道が敷かれ、見通しもそれほど悪くない場所。キャンプ場に選んだのも、雑木林や小高い丘からは離れた平坦な草原部分である。

 リーウたちに寝ずの番を任せても大丈夫なくらいに安全な場所を、ルセーナは選んでくれた。


 だが、いかんせん、注意すべき場所が多い。

 離れているとは言え、北東方面、北西方面、南西方面のそれぞれに山がある。

 山の麓まで一キロメートルはあるが、魔法を駆使しつつ時間をかけて近づかれれば、経験の低いリーウたちではあっという間に奇襲をかけられてしまう。


 最も警戒すべきは、南西方面。

 山の淵を沿うようにして川が流れており、草原部分と比べても一段階低い。この地形を利用すれば、一気に五百メートル付近まで距離を詰めることができる。

 その観点があったからこそ、エルトもひと足先に気づき――素早く対処ができる。


「こういう時、〝元帥羽織〟は便利だよね〜」

 鞄から羽織をそっと抜き出して袖を通す。羽織特有のあまりある裾が気になるものの、闇に隠れる真っ黒な生地が安心感を与えてくれる。

 〝覇術〟は使わず、衣擦れや足音に気を遣いながら、〝空梟〟と己の目を頼りに〝気配〟に近づく。


 目の前から、静かな川のせせらぎが聞こえてくる。右から左へ流れるような音。

 五人の賊は固まって動いていた。

 位置的には、まだ川の近く――土手を上がっていない。

 そこでエルトは、大きく弧を描くようにして、右側面に回り込んだ。河岸に降りる土手に到着したところで、一旦静止する。


「さて……? お仲間は……いるとしたら川向かいの山ね」

 距離は二百メートルほど離れている。魔法で探知できるギリギリの遠さ。

「〝雷〟は派手だし特徴的だからNG……。恐怖を与えて、盗賊団に手を引かせるには……四人は始末して、一人残す。近距離戦は二秒以上かかっちゃう……」


 元帥時代ならばここまで考え込むことはないが、今はキラの体を間借りしている状態。魔法はもちろん使えず、となると、手数を把握するのにも時間がかかる。

 無駄ともいえるこの時間が、エルトは嫌ではなかった。

 何ができるか、何をしようか。考えていくうちに頭が冴えていくこの感覚は、何にも変え難いほどに心地が良い。


「そうだ。アレ、試してみよう」

 悪い癖である。

 思いついたら、もう止まらない。

 失敗に終わることなど、考えてはいられないのだ。


「じゃ、まずは接近」

 〝気配〟の位置を覚えてから、〝空梟〟を切る。

 流れるように足へ〝血因〟を集中させ、筋肉を強化。キラの考案した〝隼〟は早すぎる上に、地面を蹴る力が果てしなく強い。

 隠密行動をするには――。


「〝一ノ型〟――〝猫足〟」

 トン、トン、トン、と。猫の如く、身のこなし軽く駆ける。


 五人の盗賊たちも警戒は怠っていないだろうが、まさか五百メートル離れた地点から感知されるとは思っていないだろう。そんなことができるのは、それこそ元帥クラス。

 暗闇に響く足音と、羽織がはためく音とが五人の賊たちに届くのを考慮して――一気に速度を上げた。


 百メートル、七十、五十――。

「何か――」


 気づかれて、コンマ一秒。

 声は出させない。


「〝雷鳴ガウバウ〟」

 両手を突き出し、十本の指で牙を形どり、〝白雷〟を放出。

 獣の形をしたそれが、口を開くやパッとはじけて、〝見えない雷〟となる。そうして五人をまとめて飲み込み、痺れさせた。


「さあ、行くよ」

 〝センゴの刀〟を抜き放ち、深く〝呼吸〟をする。


 イメージするのは。

「飛ぶ斬撃」

 プラス。

「〝火焔〟」

 アランの〝古代魔法〟から着想を得た新技――。

「〝飛燕刃〟!」


 ボッ、と炎が伝う〝センゴの刀〟。

 大きく振りかぶった軌跡そのままに、炎が渦巻きながら飛んでいく。

 直線上にいる四人を順に斬りつけ、その上で業火が巻き付いた。


 狙い通り。

 エルトはニッと口の端を吊り上げて、しかしそれで止まることはなかった。


 四人の〝気配〟は消えた。残るは、尻餅をついた一人のみ。

 徹底的に、恐怖を与える。


「無事には帰さない」

 動けず、声も出せないうちに。その左腕を切り飛ばす。

 悲鳴も上げれずにゴロリと河岸に転がる男は、完全に心が折れていた。涙と鼻水とよだれをダラダラと垂らしながら、痛みに悶えている。


「盗賊団だかなんだか知らないけど……。警告はしたから。あとはご自由に」

 チン、と刀を納めて、その場を立ち去る。

 なにやら男がくぐもった声を出していたが、エルトは聞こえないふりをした。


「レオナルドも難しいこと言うよ……。殺しに正義を求めちゃいけないってさあ――じゃあ、どんな気分で悪循環を断ち切れってのよ」

 いつもは適当ながらもちゃんと考えて返してくれるキラの〝声〟はなく……。


「悪を根絶やしにしたらそれでおしまい、ならそれで良いんだろうけど。悪者にも悪者なりの理屈があるもんだから……。あ〜あ……大変」

 くふぁ、とあくびをしながら、キャンプ場に戻った。


   ◯   ◯   ◯


 マーカス・エマール。

 エグバート王国〝公爵家〟長男あらため、王位継承者。

 〝イエロウ派〟にあって青いマントを翻す彼のその姿は、新しい家ともなった〝パサモンテ城〟でも話題になっていた。


「マーカス王子は……なぜあのマントを?」

「エグバート家への未練だったりして?」

「しっ! 聞こえるッ」

 陰口……とまではいかないが、人目が集まることに対して、マーカスはため息をつきたいのをグッと堪えた。が、角を曲がった廊下で吐息がこぼれてしまう。


「人目を集めるのはどうも好かん……」

 ここ最近は、特に。

 息が詰まりそうで仕方がない。


「今は我が〝女神〟にも頼れん……。嫌われてしまってはなあ……」

 とはいえ……。

 立場を考えると、下手は打てない。

 いつも通り。〝エマール領〟で生活していた通りに、振る舞う。


「殿下!」

「……耳障りな。声を荒げずとも聞こえている。俺は老人か?」

「あ……。いえ、その、背後からのお声がけでしたので……。どうぞお許しを……」


 考え事に没頭していたところへの急な呼び止め。苛立ちを隠せず振り返ると、一人の〝イエロウ派〟騎士が顔を真っ青にして震えていた。

 血筋ゆえの短絡的なところが出てしまったと反省しつつも、謝るようなことはしない。

 それが、かつての〝エマール城〟での振る舞いであり、今いる〝パサモンテ城〟での日常である。


 褒められたことではないが、体裁を取り繕わねばならない現状において、この短気な性格がいい隠れ蓑になっている。

 思い返せば、〝エマール領〟闘技場での乱闘騒ぎの際は、我ながら自分の性格に感謝すらしたものだった。

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