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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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729.3-8「全速前進」

 ほぼ完全にキラの身体を乗っ取った状態は、エルトもかなり久しぶりだった。

 〝王都武闘会〟でユニィと戦った際にはやむを得ず力を貸したものの、エルトとしてはあれはノーカウント。一時的な〝スイッチ〟に過ぎない。

 今回は、キラの体を借りる形で生き返ったのである。まるでわけが違う。


〈まあ……。ちょっとやばかったかも〉

 息を吸うと肺が膨らむ感覚、目がしょぼしょぼとする感じ、そして何より、頭の中でビリビリと響くキラの声。

 一つ一つの感覚で生を実感せずにはいられず、それがくすぐったくてエルトはくすくすと笑ってしまった。


〈……なに? 何で笑ってるの〉

〈ふふ、別に。気にしないで〉

 エルトは目の前でちらちらと燃える焚き火をじっと見つめた。

 瞬きもしないで夢中になっていると、目が乾いてくる。慌ててシパシパとまたたいて、焚き火から視線を逸らした。

 正面にはルセーナとリーウの、その右隣にはセドリックとドミニクの簡易テントがある。三角に角ばったテントからは、すうすうと寝息がうっすらと聞こえてきた。


〈昨日は四人で寝ずの番してたからね〜。よく眠れてるんじゃないかな〉

〈僕も心配で眠れないなんて罠だよ……。何事もなく終わったからいいけど〉

〈けど……。昨日の盗賊、ちょっと怪しいんだよねえ。まだまだ警戒は解けない〉

〈確かに……。十人って数もそうだし、馬も五頭用意してた。二人一組で追いかける形を想定してて……〉

〈でも待ち伏せはなかったんだよねー……。〝空梟〟にも引っ掛からなかったし。奇襲が失敗したから、急遽計画を変更した?〉

〈話とか聞ければよかったんだけど……。盗賊なんてバカたちの前でみすみす正体を晒すわけにもいかないしなあ〉

〈難しいところだけど、あのまま放置が正解ね〉


〈それで。エルトは盗賊団の可能性が高いって思う?〉

〈ビミョー、寄りの、可能性大〉

〈また変な言い方する。まあ僕も、可能性は高いって思うよ。全員派手な刺青してたし、ガラの悪い指輪とかブレスレットとかも似通ってたし。ってこと考えると……〉

〈五分五分じゃない? 狙われる可能性。いっても十人まとめてのしちゃったんだしさ〉

〈……僕の引きの悪さを考慮すると?〉

〈……百〉

 二人してため息をついたところで、頭の中であくびが響く。この二日間、まともに寝ていないこともあって、キラを先に寝かせる。


「んー……。この感じ、久しぶり」

 本当に生き返ったかのよう。キラの〝声〟もなければ、ユニィも今はいない。リーウたちも寝静まっている。

 他に誰の意思も介在しない空間で、エルトはただ一人三角座りで焚き火を見つめていた。


「リリィ、大丈夫かな……。セレナとユニィがいれば安心とは言え……」

 考えないようにしても、不意に脳裏をよぎるのが娘のリリィについて。

 リリィは覚えていないだろうが、セレナとまだ出会っていない頃……ほんの二歳の時、〝紅の炎〟を引き継いだ彼女は、不意に漏れ出した炎で火傷をしていた。その度に胸が張り裂けるような鳴き声が轟き、夫のシリウスと共に駆けつけたものである。

 その度によぎるのが、〝血因〟による脳への侵食。

 いつの日か、こういうことがあって大変だったのだと笑って話せたら、と願い……まだ何も明かせないでいる。


 七年前。〝赤髪の英雄〟ネゲロに殺してもらったあの瞬間までは、それこそ、どう〝呪い〟について話したものか毎日のように悩んでいた。

 あの頃は、まだ油断していた。師匠のランディや〝最強生物〟なユニィの手を煩わせないほど、侵食の症状は落ち着いていた。〝呪い〟に耐性についたのだと、全員が勘違いしていたのだ。

 そうして、いつか、いつか、と先延ばしにしていたら死んでしまった。

 だからこそ。

 今はもう、暗く考えるようなことはしなくなった。


 何の因果か、こうして死から舞い戻ったのだ。

 リリィは〝呪い〟に負けるどころか、〝元帥〟にまで上り詰めていた。その隣には、しっかりともう一人の娘も並んでいる。

 そしてエルトはキラに憑依して、〝最強生物〟もそばにいる。リョーマという心強い知己も得た。

 これだけ恵まれた環境にいて、項垂れて暗くなってる場合ではない。

 ゆえに、ここ最近頭を悩ませているのは……。


「どーやったらリリィに会えるかな……。こう……わっ、て泣かせたい」

 なにやらキラには考えがあるようだが、エルトには見当もつかない。

 バカだ何だと言われるキラだが、頭の回転はめっぽう速い。

 魔法理論やら読み書きやら覚えねばならないことやら、知識を詰め込むのが苦手なだけで……。そうでなければ、戦闘時、神がかり的な判断はできないだろう。

 そんな彼が、胸の内に秘めず、『考えがある』と言葉にしたのだ。

 期待せずにはいられず、それに負けないくらいのサプライズを思いつきたかった。


「――さて」

 エルトは衣擦れ一つも起こさぬよう立ち上がった。

 当たり前ではあるが、寝ずの番に入ってからずっと〝空梟〟を張り続けている。

 ここ何日もキラが展開し続けてくれたおかげで、エルトも多少なりともその範囲を広げることができた。


 半径約五百メートル。

 それだけの範囲で〝気配〟を感知できれば、夜襲などあってないようなもの。

 キラと話していたあたりから、奇妙な動きをする〝気配〟が五つほどあった。

 ヒトではなく鳥や蛇などの可能性もあったが……一直線に近づいてくる様子はわかりやすい。


「奇襲を退けたその安心感につけいる作戦……かな。手強い相手かどうか、旨みのある相手かどうか、初手で確かめて……私たちは目をつけられた。ふん……処分しておいた方が良かったかな。でもそうなると……ますます面倒になる気が……」

 今一度、〝空梟〟で周辺を確認する。

 怪しい〝気配〟は、今のところ他にはない。

 ふと、このままリーウたちに任せてしまうというても思い浮かんだが……。


「んー……。私がやったほうがいっか」

 ぐ、ぐ、と伸びをして体をほぐしつつ、頭の中で条件を整える。

 正体はバレてはならない。すなわち、見つかってはならない。

 応援を呼ばれてはならない。すなわち、確実に始末しなければならない。

 盗賊団に手を引いてもらわねばならない。すなわち、トラウマレベルの脅しが必要。


「キラくんもだんだん進化していくし……っていうか、たぶん、記憶がある時の実力が戻りつつあるし。私も置いていかれないようにしないと」



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