726.3-5「戦い」
「――ただ知っておいて欲しいのは、アタシらは〝聖母教〟で成り立つ騎士団だってこと」
「どういうこと?」
「騎士であろうと、あくまで〝聖母教〟の信徒にすぎないワケ。そりゃあ〝贋の国〟内部の動向を知るためにも諜報員を送ってはいるけど、破壊工作をさせることはないの。なぜって、それは〝聖母教〟の教えに反するから」
「〝聖母教〟は戦争のための軍隊を容認しない……」
「そう、それ。だから、よっぽどのことがない限り、騎士団から仕掛けるような案は全部却下されんの。そこんとこ要注意な」
「なるほど……。んー……難しい」
「まァ……綺麗事だとはみんな思ってるよ。アンタはそれでも甘いって思うんだろうけど」
その真っ赤な髪の毛の如く勝気な性格だろうと、ルセーナは〝聖母教〟信仰者だった。じっと顔を見つめてくるその様には、包み込むかのような柔らかさがある。
キラは全てを見透かしたかのような視線を数秒受け止めて、そろっと顔を逸らした。
「けどね。自分が信じたものを自分で貶すようなことしちゃあ、わけわかんなくなんのよ。じゃあ、これから何を信じて生きてけばいいの、ってね」
「別に……。それについて何か思うことはないよ」
「そ? ならよかった。――ともかく、〝アルマダ騎士団〟が動けるタイミングは、誰かが助けを求めている時のみ」
「分かってはいたけど、〝アルマダ騎士団〟には頼れないか」
「上も本気ではあんのよ。諜報員も前例にないくらいに送り込んで、部外者であるアンタにも来てもらった。騎士団本隊は動かせないけど、そうやって裏で糸引けるように画策してる。その状況を打破するのが、アタシらの仕事ってワケ」
「って言っても……。革命を成就させたところで、アベジャネーダがアベジャネーダであることには変わりはないんじゃない?」
「だから、アタシらが重要になんの。革命の根っこに、アタシらがいれば……今すぐにではなくとも、〝贋の国〟を変えてける。戦争なんてしなくていいし、〝贋の国〟の民がホントのとこどう考えているのかだって分かってけるし。それに沿った変革だって狙える。いいことづくし」
「ああ……。そういうことか。戦争に依らない平和的解決」
「そ。――お? 外、もう終わったんじゃない?」
ルセーナがそろそろと荷台の後方へと近づき、聞き耳を立てる。セドリックたちが周囲の安全確保に言及しているのを耳にして、ぱっと幌を解き放った。
〈戦争的平和と、平和的平和……。僕は前者か〉
〈なんの話?〉
〈少し頭を柔らかくして考えていかないとな、って話〉
◯ ◯ ◯
エグバート王国。〝陸の港〟リヴァーポートより西へ向かって五百キロメートル地点。
海は、ひどく荒れていた。
空には分厚く暗い雲がかかり、昼間というのに辺り一体が薄暗闇に包まれている。
風が吹き荒れ、大粒の雨粒が飛び交い、波が飛ぶ。唸るような海模様に、もはや安全な場所はない。
たった今、膨れ上がった波に船が押しのけられたように――熟練の航海士がいようと、腕利きの操舵手がいようと、関係なくなっていた。
「総督! アガタ号がっ!」
「あぁっ? 前に出るなっつったろうが! テメェらも退け!」
「しかし――退路が!」
「チッ」
ヒューガはざっと戦況を見渡した。
うねる水面に揺さぶられる〝ローレライ大船団〟。
傘下の海賊船二十隻が一堂に会し、幹部五人も揃っているというのに、翻弄されるばかり。
いつの間にか一ヶ所にぎゅうぎゅうに集められ、下手に大砲も打てなければ、魔法で蹴散らすこともできずにいる。
今、また一隻沈んだ。横倒しになる船から、悲鳴と怒号が轟く。
「よそ見か、〝海の王者〟」
相手はたったの五隻。
だがその五隻は、竜ノ騎士団の海上部隊〝ドラコ船団〟。
〝海の魔術師〟と呼ばれるルーサー・エルトリアが率いるこの船隊は、海の厄介者。
波を読み、風を操り、多彩な戦術で追い詰めて、一隻ずつ確実に沈めていく……海賊にとって、最も出会いたくない敵である。
そんな船団に、竜ノ騎士団〝元帥〟アランが帯同していたのだから悪夢の他にない。
「――ヒト如きが生意気な」
ただ……。
こういう事態に陥るということは予見できたことであり……ヒューガとしても望むところではあった。
ずっと、考えていたことがある。
〝ローレライ海賊団〟がナワバリとするのは、エグバート王国、リューリク帝国、ヤマトノ大国の三カ国が囲う〝青海〟。
王国と帝国の〝二百年戦争〟が終結するまでは、この海域で好き勝手できた。
〝ドラコ船団〟さえ避けていれば、商船を襲ったり他の海賊と抗争したりと、楽しい思い出しかない。
だが戦争が終わり、海のルールが変わった。
王国と帝国の同盟により、海の支配権を思うように握れなくなったのだ。
二カ国間を結ぶ航路が確立され、〝冒険者ギルド〟の〝霊獣〟チームがウロつくようになった。
帝国の〝海守隊〟もあなどれず、さらには〝ミテリア・カンパニー〟も度々関わるようになった。
一度突けば、蜂の巣の様相を呈することは明白。とりわけ、世界トップの軍事力を誇るエグバート王国が動くようなことは避けたい。
〝青海〟は窮屈になった。
どこか別の海域へナワバリを移すべきであろう。
ただ――もともと、ヒューガにはその考えは一つとしてなかった。
「――! なンだ、この〝気配〟……!」
「ヌンッ!」
「ハッ――〝人類最強〟は伊達じゃねェってか!」
ヒューガにとって、〝ローレライ大船団〟は便利な隠れ蓑だった。
今、何よりも優先すべきは、あの日〝始祖〟に味合わされた屈辱をそっくりそのまま返すこと。逃げるより他に手を打てなかったあの日をひっくり返すこと。
そのためにも、時間が必要だった。
力を蓄える時間と、策を編む時間と、準備をする時間とが。
海賊稼業は幹部に任せて、ヤマトノ大国へ帰るのも手だった。鎖国だ掟だと窮屈ではあるが、強くなる手段が山のようにある。
そんなところへ、ブラックが現れたのである。
「まさか〝覇術〟を魔法で再現するたぁな!」
「ち――やはりそう簡単にはいかんか」
「オイオイ、もっと楽しませてくれよ、なァ!」
〝始祖〟をブチのめすには、作戦が肝となる。もっと言えば、それを支える駒がある程度必要となる。
〝殺し合いの定め〟がある以上、危険な橋を渡るには違いないが……〝闇の神力〟を持つブラックの存在は大きかった。
〝覇術〟を覚えていない状態であっても、一人でエグバート王国を翻弄できるほどの力量である。
そんなブラックを引き込まない手はなく、今後の計画も大きく変更することとなった。
すなわち、〝青海〟の放棄である。




