722.3-1「とばり」
三日ほどかけて〝国境の街〟カンセルに到着。数分も歩けば国境がある関係で、ここで入国の手続きをすませた。
とはいっても、竜ノ騎士団に所属の上、聖母教〝司教〟エステル・カスティーリャも共にいるということで、あってないようなものだった。
そうして晴れて〝教国〟ベルナンドに足を踏み入れたのだが、とくに感動を覚えるようなものはなかった。
なだらかな草原に、ところどころに見える雑木林、遠くに見える山々など、穏やかな光景は王国と何ら変わることはない。
ただ、〝アルマダ騎士団〟の面々は、王国内では談笑すらしていたのが嘘のように、ピリピリとした緊張感を持つようになった。
騎士団長のプラドによれば、一見平和そうな街道に見えても、どこに盗賊やら山賊やらが潜んでいるかわからないという。
街道は見晴らしのいい場所を貫くようにして敷かれているものの、それでも被害が後を立たない。
事実、〝アルマダ騎士団〟の精鋭が行軍しているというのに、首都アルメイダに到着するまでに襲われたのは、一度や二度ではなかった。
そのほとんどが、夜中での襲撃。
日中は見晴らしがよく、たとえ〝錯覚系統〟を使われても逃げ道の確保ができるほどに余裕ができるものの、夜は違う。
視界の悪さに便乗して、あの手この手で仕掛けてくるのである。
エステル・カスティーリャの護衛のための大所帯、というのも目をつけられる大きな要因となっていた。
そういうわけで、傍目では何も起こらなさそうな平原は、夜の帳が下りると一転して危険地帯になるのだった。
〈ん〜。外国をこうして旅するのってほぼ初めてだけど……要注意点が結構あるねえ〉
〈基本〝一ノ型〟発動しっぱなしだから、ホント疲れる。王国だとボンヤリした感じで遠くまで感知してたけど、こっちじゃあ的確に場所捕らえなきゃだしさ〉
〈だから言ってるじゃん。私、変わろうかって〉
〈目が赤くなるとみんなにバレるじゃん。大会の時は〝雷業〟のショックもあって何とか誤魔化せてたけど……〉
〈けどさあ。キラくんがバテたら意味ないじゃん?〉
〈それは……まあ、そうなんだけど。寝ずの番はアルマダ騎士団に任せっきりだから、今んとこ出番ないよ〉
〈じゃ、アルメイダを出発したらね〉
ベルナンドに入国してから、一週間。
国境付近と景色がガラリと変わり、茶色い土壁の目立つ山岳地帯に入っていた。
山々を迂回したり、登ったり、あるいは洞窟に入ったり……。なかなかに大変な道ではあったが、それがアルメイダに近づいている証拠でもあるという。
副騎士団長レティーロによれば、想像以上のハイペースで行軍できているらしい。
それというのも、何度かの夜襲を受けたのち、眠りを妨げられて苛々してきたキラが手を打ったのである。
夜に襲われるということは、昼間のうちに目をつけられているということ。行軍にしては少ないものの、それでも百人越えの団体は大所帯。
それを考えると、それなりに距離を置いても行動を観察できる。
おそらく、万が一にも見つからないギリギリの距離で監視をしているはず……そうあたりをつけて、エルト流の〝空梟〟を使って、〝気配〟の感知に集中したのである。
広範囲、かつ、精密さも要求されるということで、最初はなかなかうまくいかなかった。徐々に慣れていき、エルトの助言もあって、あっけないほど簡単に見つけられるようになった。
潜伏地点がわかれば、アルマダ騎士団の出番。
斥候に向かわせ、敵を確認できたところで、弓と魔法を雨霰にして打ち込む。
そうやってあらかじめ夜襲を防いでいるうちに、いつの間にやら道中を見張る不届きものもパタリといなくなったのである。
「いや〜、元帥さまさまですよ! こんなに楽な気分で行軍できるだなんて! 〝転移〟直後の様子からして、本当に大丈夫なのかと怪しんだもんですが……まったく、あっぱれなもんです! 王国民が羨ましいっ」
顔を合わせた時からそうではあったが、副騎士団長レティーロは裏表のない性格だった。
それがたとえ悪く聞こえようとも、躊躇せずにずけずけと言ってくる。彼の陽気な態度もあいまって、いっそ爽快だった。
エルトもこういった手合いは嫌いではないらしく、時折便乗して揶揄ってくる。
「レティーロ、浅ましさが露見しているぞ。すまないな、キラ殿。こんなうるさいのと一緒で」
仮にも宗教騎士団のトップ・ツーであるレティーロではあるが……プラドのいう通りに、見た目からしてチャラかった。
長めのブロンドの一部を、まるでラインをつけるかのように青く染めている。左耳にその長い髪を引っ掛けるのがクセのようだが、耳たぶにはいかついイヤリング。
規則を守ってきっちりとフルフェイスでいる騎士団長プラドとは、真逆も真逆な存在感だった。
「あ〜……ははっ。まあ、こういうのは慣れてるんで」
「そういってくれるとありがたい」
プラドも、今はフェイスを取り外して、新鮮な空気を味わっている。
土と汗が似合うような、頑強な漢だった。逆立つような短髪に、キリリと尖る眉、高い鼻に角ばった顎と、黙っているだけで盗賊も泣きそうな見た目をしている。
今も、口調は穏やかながらも、顔つきは恐ろしいままだった。
「しかし……〝覇術〟か。〝授かりし者〟だけが許される秘術……。世界は広いな」
「まあ、相応のリスクはあるんですけどね。そもそも、伝手がないと修得も難しいんで」
「秘術なだけはある……。しかも、〝元帥〟をもってしても未完成。現状でも魔法を凌ぐ万能さを見せているというのに……末恐ろしい」
「けど万能さで言えば、やっぱ魔法じゃ? 幅が広いでしょう?」
「キラ殿……。貴殿と我々とでは、そもそも基準が大きく異なるのではなかろうか」




