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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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73.奇想天外

 リリィが目撃した王都の異変。

 ナタリーとミリーによれば、その発端は一週間も前に遡るという。

 ちょうど、リリィがキラとともにエマール領近くに落ちたとき、王都各地で国王ラザラスが演説をして回ったというのだ。

 その内容は、帝国との戦争について。王都が戦場になることはもちろんのこと、一時的に帝国に支配されることも予め伝えられたらしい。


「まさか……知らなかったのは、わたくしたちだけ……?」

 リリィの唖然としたつぶやきは、ナタリーの素っ頓狂な声によってかき消された。

「そりゃあもう、みんな大騒ぎ! だけど、国王様、なんて言ったと思う?」

「……なんと?」

 心を落ち着かせるため、ミリーのいれたミルクティーに口をつけ、

「『帝国の皇帝はマブダチのマブダチだから大丈夫!』って」

 噴き出した。ぶはっ、と。


 なんとか顔を背けたものの、床へ飛沫が飛び散る。

 召使いのミリーが慌てて雑巾を持ってせっせと拭き取り、ナタリーが豪快に笑う。

「失礼しました……。けほ」

「あっはっは! 立場が逆だったら、あたしゃもっとぶちこぼしてたよ! あの”遅咲きの国王”が、まさかあんなぶっ飛んだこと言うだなんて、だあれも思わないさ」

「ええ。本当に奇想天外な方ですわね。……ミリー、ありがとうございます」


 素早く後片付けをすませた少女にお礼を言うと、彼女は感激で目を潤ませた。

 つっかえながらも、今度はちゃんとかまずに「どういたしまして」と頭を下げ、いそいそと座っていた席に戻る。

 再び三人で丸テーブルを囲んだところで、リリィは話を進めた。


「だからといって、皆が納得したわけではないでしょう? 七年前のこともありますし……」

「まあ、そりゃあねえ……。みんな怯えてたさ。それに、少なからず憎んでもいる」

「でしたら……。帝国兵が、まるで一般市民のように商店街を訪れていたのは、どういうわけでしょうか?」

「それも、やっぱり国王様のお言葉さ。あの演説で知って、考えて……そういった人たちがこの商店街に残り、足を運んでるってだけ」


「……演説というからには、ラザラス様は何かを説いたわけですわよね。一体、何を聞いたというのです?」

「お願いをされたのさ、国王様に。『帝国兵士はきっと腹をすかしているから、食事でもてなしてやってくれ』って。ただそれだけ……だけど言わんとすることは、阿呆なアタシだって分かるさ」


 不意に、リリィはグリューンと名乗る帝国の少年スパイを思い出した。

 彼と出会い、ロットの村についたときのこと。少年は、年頃というには不可解なほどに、食に対して貪欲だった。

 オークの群れやらキラの心臓発作やら色々とあって見過ごしていたが、たくさんあったはずのパンやサラダがほぼ食べつくされていたのだ。

 その時は、なんとも思わなかった。

 だからこそ、今になって思うところができてしまった。同時に、どうしても膨れ上がってしまうものも。


「……王都の現状は、だいたい把握できましたわ。ありがとうございます」

「言っておくけど、アンタのお母さんを蔑ろにしたいわけじゃないからね? あたしも、この商店街に集まるみんなも」

「ええ、もちろん。承知していますわよ」

「ならいいけど……浮かない顔をしてたもんだからさ。ま、おばちゃんの余計なおせっかいってことで。――で、これから一体どうするつもりだい。というより、どこから帰ってきたってんだい?」


 リリィは再び紅茶を注いでくれたミリーに礼を言いつつ、頭を働かせた。

 なるべく、むくむくと湧き上がってきた嫌な感情に目を背けながら。

「作戦の詳細は流石にお教えできませんが……。少しの間、匿ってはいただけませんか。情報収集をするにも、拠点が必要ですし……なにより、この格好は目立ってしまうので」

「え……。鎧、かっこいいですよ」


 リリィはミリーの無邪気な感想にぽかんとし……真剣に言う少女の愛らしさに衝撃を受け、それまで頭の中を占めていた閉鎖的な感情が吹き飛んでいく。

 あるいは、忘れたふりをしたかっただけなのかもしれないが。

 とにもかくにも、湿りがちだった気分が晴れやかになったのは確かだった。首を傾げている少女をぐりぐりと撫で、ニコリとして言う。

「かっこいいものは目立ってしまうのです。お友達にも教えてはなりませんよ――全部終わった後なら、どれだけ自慢しても構いませんから」


 ミリーは嬉しそうに従順に頷き……リリィはふと視線を外した。

 なにやら外が騒がしくなっていた。ナタリーも気になったようで、ふっくらとした身体をヨッコラと動かし、窓辺による。

 若干の躊躇の後、慎重に窓を開き、通りの喧騒を引き入れる。


「――公開処刑だって!」


 聞き捨てならない言葉にリリィは腰を浮かし、静かにナタリーのそばに寄った。

「おい……おい! どういうことだよ、なんで! 誰から聞いたッ」

「公示人が触れ回ってんだ。じきにこっちにも来る!」

「ラザラス陛下が……!」

 みなまで聞かずとも、人々の混乱の声で何が起ころうとしているのか分かった。

 帝国兵士に詰め寄る声もあるが、その返答は弱々しく聞き取れはしない。

 つまるところ、帝国が意図したものでも予定したものではない。そうなれば、次に思い浮かぶ言葉は限られ……。

 リリィはすべてを理解する前に、動き出していた。


「ナタリーさん、ミリー。事態が急変したようです――忙しないですが、わたくしはこれで」

 ふたりとも、息を呑んでうなずくばかりだった。

 リリィとしても、内心では焦りが募り、かまっている余裕もない。

 だが、貴族として、騎士として……その矜持が、彼女らを放っておいてはならないのだと身体を突き動かした。

「それほど心配せずとも大丈夫。何があっても、王国が揺るぐことはありませんもの。不埒者がこの国を簡単に奪えると思っているのならば、大した想像力のなさですわ」


 親子のように、ナタリーもミリーも同時に頷いた。

 が、心の底から安心させるほど、言葉が彼女たちの中に染みていないのは分かっていた。

 ただの慰めなど、求めていないのだ。本当に欲しているのは、ただただ、目に見えてわかる事態の改善のみ。

 それを身にしみて知っているからこそ、リリィは何も付け加えることなく背中を向けた。


 屋根裏部屋へと戻り、梯子を伝って天窓をくぐり、屋根へ。眼下から姿を見られないように姿勢を低め、喧騒に耳を傾けつつも、リンク・イヤリングに指を当てる。

「――セレナ、聞こえる?」

「戦闘中です――少々お待ちを」

 直後、息苦しそうなうめき声が聞こえたかと思うと、再び声が聞こえた。


「リリィ様、ご無事ですか」

「あなたこそ」

「件の”闇”を使う”授かりし者”と交戦しましたが……ユニィのおかげで脱出できました」

「ブラック……! 本当に無事なのね?」

「はい。しかし、何やら本領発揮できないようでして。苦戦は強いられましたが、リリィ様のおっしゃっていたような厄介さはありませんでした」


「あれかしら……。エマール領のリモンでユニィが蹴りを入れたのよ。その時の怪我がまだ響いていたり……?」

「蹴り、ですか。なかなか、ユニィも規格外な馬です。――それで、リリィ様。連絡をくださったということは、なにか緊急事態でも?」

「ええ。エマが想定した”最悪の事態”が進行中のようよ」

「ラザラス様の公開処刑……。想像以上に展開が早いですね。エマールがその決定を下した、と考えてもよろしいので?」

「街の様子を見る限り、帝国の兵士もうろたえているわ。末端の人間には計画が伝わっていないということも考えられるけど……公示人が触れ回ってるとなれば別よ」

「なるほど、帝国がわざわざ王国の公示人を使う理由もありませんからね。処刑時刻などはわかりますか」


「いえ、今から情報収集するところ。――その必要もないみたい。肝心の公示人が来たわ。見たことがある人よ」

 リリィが耳を澄ましているのを感じ取ったのか、公示人が通りの中央で朗々と布告を読み上げる中、セレナは一切声を出さなかった。


「――早いわね」

「というと?」

「一時間後、王城正門にて処刑を行うそうよ。”王家の嘘”をエマール当主が暴くそうだから、一見の価値ありと言っていたけど……」

「嘘、ですか。……なんだか、”サプライズ”という言葉が浮かんできましたが」

「エマールに脅されていたという話だし……。ラザラス様の思惑通り、ということかしら……?」


「しかし、どちらにしろ見過ごすことはできません。私もユニィとともにそちらへ向かいます」

「向かいますって……けど――」

「帝国兵士には、どうやら温度差があるようです。ユニィが破滅的な破壊力を持って攻撃する場所に限って、血気盛んな兵士がいるのです。そういう場合は当たらずとも必ず魔法を撃ってくるのですが……被害が少ない場所は、一つたりとも反撃がありませんでした」

「帝国の内部分裂……! 『穏やかでいたい人』と『そうでない人』――今の話を聞く限り、こう区分できるわね」


「はい。それに、あの”授かりし者”……どうにも、リリィ様がつぶやかれたように、ユニィに蹴られたから動きが鈍いというわけでもなさそうなのです」

「では、なにか別のトラブルが起きていたと?」

「おそらくは。顔にいくつかガーゼを貼っていましたし。気がかりなのは――」

 するとセレナの声がそこで途切れた。リンク・イヤリングでの”声の転移”が通じなくなったわけではなく、言いかけた言葉を飲み込んだといった具合だった。

「気がかりなのは?」

「いえ。ただ――そうです。少なくともあの”授かりし者”にとっては、ユニィは天敵のようでして。そちらは? 王都の様子はどうでしょうか?」


 矢継ぎ早に問いかけるセレナに、リリィも応えた。

「変わった事態が起きてるわ。たぶん商店街周辺だけのことだろうけど、帝国兵とはむしろ手を取り合っているような状況。……ラザラス様が『食事でもてなしてやってくれ』と頼んだそうよ」

「演説で色々と騒ぎがあったらしいですが、そういうことでしたか……。しかし、そうとなれば、帝国の内部分裂もいよいよ現実味を帯びてきますね」


「戦意のない兵士が多数に、トラブルに見舞われたブラック……。あとは”操りの神力”ともいうべき力を有する”授かりし者”のロキをなんとかできれば……」

「戦力差は埋められるほどに近い、ですね。しかし、真っ向から戦えば街に被害が及びます。いかがしましょうか」

「とにかく、早いところ合流しましょう。ラザラス様を失ってしまえば元も子もない――きっとあの方は、これからも王国とローラ様を良き方向へ導いてくれるでしょうから」

「承知しました」


「くれぐれも、ユニィを暴れさせないように連れてきてちょうだいね」

「……具体的には?」

「今の会話の内容をそのまま話せば、理解してくれるわよ。……きっと」

「信じますよ」


 そう言ってぷつりとセレナとの通信は途絶え……顔を上げて周囲を見渡した。

 王都には、王城やエルトリア邸以外には、目立つような建物が少ない。学校やら教会やらが目に見えてわかるほどに、建物の高さはほとんど統一されている。

 そのために、王都を囲う防壁を視力の許す限り見渡すことができ……等間隔に破壊された様を目にして、リリィは口を開いた。

「信じられても」

 どうしようもないことは世の中にいくらでもあるのだと、自分を納得させるようにつぶやいた。


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