713.2-5「関係性」
任務の説明ののち、キラたちは共に旅の準備に取り掛かった。
ベルナンド側が用意してくれるとはいえ、それは主に食糧や水の話。
着替えや野宿の用意は自分持ちであり、キラに至っては救急セットは揃えておかねばならなかった。
色々と商店街を回っているうちにすっかりと日も暮れ……。
〝元帥〟となったキラは、エルトリア家に帰ってからも、リリィやセレナやリーウと共に情報共有のルール化など細部に至るまで詰めることとなった。
任務はすでに明日に迫っていると言うことで、午後十時ごろにはベッドに入り……しかし、キラとしてはそれで終わるわけにはいかなかった。
〈寝たい……〉
――テメェが話したいっつったんだろうが
〈まあ、まあ。もうちょっと頑張ろうよ〉
夢の中。ただただ真っ白な空間に、キラの意識が浮上した。
いつものようにエルトがふわふわとした球体となって飛び回り、ユニィの声が頭上から鳴り響く。
〈まあ……。ほんとはユニィにも任務について来てほしい気分なんだけど……。リリィの現状を考える限り、そうもいかないよね……って話〉
――予断は許さねぇ状況ではあるな。この俺様ですら、小娘の状況を察知できなかった……危ういバランスの上で、あの特異な〝紅の炎〟が成り立ってやがる
〈リョーマも、〝発火〟を見てからようやく気づいた、みたいなこと言ってたし……。肝心なのはここからどうするか、なんだけどさ……〉
こういう時には真っ先にアイデアを出しそうなエルトだが、やはりというか、今回は聞き手に徹するようだった。
ふわふわと当たりを漂うような気力はないらしく、キラの腕の中にすっぽりと収まってしまう。
――テメェの話じゃあ、〝発火〟が鍵を握るってな
〈だと思うんだよ……。咳とかくしゃみみたいに、あの〝発火〟も〝血因〟の暴走を防ぐ役目を果たしてるんじゃないかな、って……〉
――普通はその逆じゃねえかと思うんだが?
〈んー……。だけどさ。逆……つまりあの〝発火〟が悪いものだった場合。今にも破裂寸前で、〝紅の炎〟として漏れ出してるって考えたら……害がなさすぎるんだよ。触っても熱くないし。吹き出物みたいに皮膚が変色してるってこともない〉
――ふん。なるほどな。なら、あのままでもいいんじゃねぇのか? 風邪なら治んだろうよ
〈まあ、根本的な解決でないにしろ、放置って手もあるとは思ったんだよ……。だけど、僕の〝魅了〟が邪魔してる〉
――それも聞いた。〝発火〟を妨げてるってな
〈うん……。〝魅了〟が〝発火〟の蓋をしてると思う……麻酔でもかけるみたいに。それはそれでリリィに苦しみとかはないんだろうけど、状況は確実に悪くなっていく。麻酔ををしても、傷を治すようなことはしてないんだから〉
――奇妙に回ってんなぁ……。〝発火〟があるからあの小娘は無事で、〝魅了〟があるからそうと判明して……で、〝魅了〟は〝発火〟の邪魔をする。放置しときゃあ、いずれ〝血因〟に喰い殺される
キラは腕の中の球体エルトを見た。彼女は目に見えて萎縮し、しょぼんと縮みきっている。自分の発言ですら何かが起きるのではないかと、怯えきっている。
〈改めて聞くけどさ。ユニィはリリィの治療方法に心当たりはないの?〉
これまでにも何回か聞いていることではあった。気の短いところのあるユニィは、いつもならば怒鳴り散らすだろうが、意外と空気の読めるところが本領を発揮する。
――毎度のように頭が〝発火〟すんのを見る限り、頭に〝血因〟が溜まってんのは明白だろう。だが、それをどう取り除いていいものか……わからねぇ
その素直な物言いが、自分の不甲斐なさへの謝罪のようにすら思える。
〈……。変な言い方するね?〉
――あん?
〈どう取り除いていいものか、って……。その方法はいくつかある、みたいな言い方に聞こえた〉
――……。理論的には、ある
〈じゃあ……〉
――理論的には、つったろ。それができたら……克服できるもんなら、〝厄災の魔獣〝なんてものは存在しねぇんだ。わかるだろ?
〈なら、〝厄災の魔獣〟って……。ドラゴンが〝堕ちる〟っていうのは……〉
――命がかかってる。自分じゃなく、仲間や友人の。なら、どんな結果になろうと試すは試すだろ。俺も、テメェもそうする……エルトもそうだったはずだ
エルトは小さくなった球状の体を、ぐ、ぐ、と押し付けてきた。
〈そうだよ……。私はその方法をどうやっても再現できなかったけど。だからネゲロくんに頼んだの〉
〈エルトには、なんで……。ランディさんが王都を去ったのは、七年前よりももっと前のことでしょ?〉
〈ちゃんと言ったことはなかったっけ? 簡単な話、手遅れだったからだよ。リリィと似てるけど、一つ違うのは、私には〝発火〟がなかったってこと。だから、今度は……あの子を守りたい〉
〈わかってる。だけど……〝発火〟がなかった……? 〝紅の炎〟は?〉
〈それはもちろん、あったよ。私の母親もね〉
〈――エルトって、一人っ子?〉
〈ん? 兄がいるよ。〝ドラコ船団〟で指揮をとってるから、滅多に帰ってこないけど〉
〈じゃあ、お兄さんも〝紅の炎〟を?〉
〈どうだったかな……。魔法の腕はからっきしで……。だから気にしたことはなかったかも〉
〈――。血縁……遺伝……血。兄、妹……〉
〈どうしたの?〉
〈エルトの母親に兄弟は?〉
〈ええ……? 四人……五人兄弟だったかな? ちなみに、私の両親は隠居しててね。王都の暮らしは疲れるからって、辺境で……暮らして……?〉
〈――ああ、そうだ、そうなんだよ、エルト。〝覇術〟と魔法は、普通は同居しないんだ。だって……!〉
〈あ……!〉
ピコンッ、と球体エルトが眩く輝きだす。それまでしょぼくれていたのが嘘のように、興奮で膨張する。
〈エルトがなんで死んだのか。リリィがなんで無事なのか。それがわかった気がする。だからなんだって言われたら、そこまででしかないんだけど……〉
〈ちょっと、新しい視界が開けた気がするよね。ね?〉
〈うん。きっと、そこに解決方法があるはず……。リョーマの反応を考えると、竜人族でにも〝発火〟の現象はないみたいだから〉
〈〜〜! なんか、行ける気がする! ありがと!〉
ぼわっと膨らんだり、かと思えば急激に縮んだり、ビカビカ明滅し始めたり。テンションの赴くままにさまざまに変化するエルトに、キラは耐えきれずに吹き出した。
――ま、良くも悪くも現状維持ってこったな。俺はもう寝る
〈え〜! ユニィも知恵貸してよ!〉
――俺ァ、元から頭使うのが嫌いなんだ。そういうことはそっちでやってろ
〈でも……〉
――うるせぇ! テメェら明日早ェんだろうが! 寝ろ!
頭の芯に響くほどに叫び散らかしてから、すん、とユニィの気配が消えた。
〈相変わらずで安心するというか、疲れるというか……〉
〈ね〜。――そういえばさ。リョーマくん、大丈夫かな? 昨日、手紙来てたけど……〉
〈なんか問題起きたってね。鎖国してる国で、リョーマって少数派の〝開国派〟って話だから……。勝手に帝国に行ったのが問題視されたりとか?〉
〈どうだろ……。けど、トラブルの当事者になってたら、『症状の調査については継続して行なっていく』って書けるとは思えないから……〉
〈竜人族同士の喧嘩って……。今の僕らじゃあ、どうにもできなさそう……〉
〈ね。まずは速度強化目指さないと。それから、〝雷〟の本格的な〝覇術〟運用〉
〈一昨日の〝一日トレーニング〟でとりあえず感覚は掴めたけど……。あれを実戦で咄嗟に使えるか、ってとこだ……。暴発しそう〉
〈ふふ……。最初、派手にすっ転んだもんね〉
〈想像以上に最悪だよ? 痛いし恥ずかしいし悔しいし〉
〈じゃあさ。ちょっとイメージトレーニングしようよ。あと、〝雷業〟と……キラくんがそこから派生して考案した技〉
〈少しだけね。明日……っていうか、もう数時間後には任務が始まるんだから〉
そうは言ったものの……。技の開発と安定化に熱中してしまい、ユニィにどやされるまで続いていた。




