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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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736/958

712.2-4「敬意」

「五人の旅か……。具体的にどんな旅路になるんだろ?」

「そこもお伝えせねばならないと思いまして。リーウさん、これを」

 リリィが手招きして背高なメイドに手渡したのは、地図だった。

 リーウが書斎机に広げたそれを覗き込む。


「いただいたベルナンド地図と照らし合わせて、ざっと書き写したものではありますが……」

 リリィたちも、四人で一枚の地図を参考にしている。

「まず出発地点は王都。ここから〝転移の魔法〟を使い――」

 素早く地図上での王都を見つけ出したリーウが、長い指でピトッと指し示す。

「王国最南端の〝第十師団支部〟カンセルに移動。ここから〝国境の街〟ハウスルを経由して、〝教国〟ベルナンドに入国してもらいます」

 リーウの指がリリィの話通りに動いていく。カンセルからハウスル、ハウスルから国境、そして南西に。


「〝白亜の街〟ガルシーアには寄らず、最短で首都アルメイダに向かうものと聞いていますわ。何事もなくて七日から十日程度、ということです」

 〝教国〟ベルナンドは、横長な長方形のような形をしていた。その広さはエグバート王国の五分の一にすぎない。


〈地図で見ると、ほんと王国って規格外だよね〉

〈ね。〝転移の魔法〟があるからこそって、他の国を知るたびに実感するよ。そういう意味じゃあ、帝国はほんと特殊〉

〈まあ、あんだけ寒かったら……。普通は寄り付かないよ〉

 エルトと他愛もない会話をしていると、リリィの話が進んでいく。


「首都アルメイダに到着後、案内人のルセーナ氏と合流してもらいます。ベルナンド側が用意してくださる馬車に乗り込み、アルメイダを出発……西へ向かって、〝贋の国〟付近に築かれた哨戒基地に」

 地図上のベルナンドの西側には、真っ赤に塗りつぶされた一帯があった。約三百年前に占領されて以来、アベジャネーダ国として発展してきた一帯である。

 国土としては、ベルナンドの十分の一ほど。もはや、国というよりは都市国家に近い規模である。


「〝元帥〟であるキラには、この基地でアルマダ騎士団の幹部と最終確認を行なってもらいます。〝贋の国〟の地理もそうですが、有事の際の取り決めなど、細かな動きの確認をしてもらうようになるかと」

「う〜……。できるかな……」

「心配ありませんわよ。現地で同席できないとはいえ、わたくしとクロエさんも〝リンク・イヤリング〟を通して会議に参加しますもの。ですので……どちらかといえば、リーウさんの負担が大きいですわね」

 隣で、ヒグ、と変な声が聞こえる。ちらりと伺うとリーウは済ました顔をしていたが、目に見えて緊張している。

 少しすると目が合い……どうしていいか分からず、二人してヘラリと苦笑した。


「大まかな流れとしては以上となります。何か聞きたいことは?」

 そこで、最後まで遮らずに話を聞いていたセドリックが、おずおずと口を出した。

「あの……。アルメイダから基地までの旅ってのは、どういう感じになるんすかね? 王国での旅とはまた訳が違うっすよね」

「わたくしも国外での旅の経験が浅いので、なんとも助言がし難いのですが……。様々な話や記録を見た限り、危険が伴う旅路となるでしょう」

「危険、すか?」

「一番に気をつけるべきは、盗賊や山賊ですわね。王国では、〝転移の魔法〟による流通で、商人が街から街へ渡り歩くことはほぼなく、それが巡り巡って治安維持につながっています。しかし、ベルナンドではそうではありません」

「げ……。厄介っすね。だって、俺ら四人……案内人も含めたら五人で基地に向かうのって、偽装工作みたいなもんでしょ? キラが〝元帥〟だって知れ渡らないようにするための」

「ええ。今回の任務での第一関門といえますわね。道中はもちろん、夜も安心してはなりません。必ず寝ずの番を立てて、少しでも異変があれば皆を叩き起こすこと。――皆で、平等に、責任を分かち合うこと」


 キラはジロリとしたリリィの視線に真っ先に気づいた。

 毎夜は無理とは言え、戦力的にも能力的にも誰が寝ずの番をすればいいのかは明白……そうやって口を出そうとしたところで、釘を刺されたのである。


「キラくん……。申し訳ありませんが、今のは擁護のしようもありません」

「く、クロエまで……。いや、でもさ……」

「第一関門、とリリィさんがおっしゃったはずですよ。任務をこなさねばならない当人が、そこで消耗してどうするのです。何もかもを背負っていては、肝心なところで力を発揮できませんよ」

「ぅぅ……。せいろん〜……」

 竜ノ騎士団〝元帥〟、王国騎士軍〝総隊長補佐〟。両軍のトップに詰められては、反論できるはずもなかった。


「おいおい、キラ。ちっとは俺らのことも頼ってくれよ」

「そう。大会でも成長は見せた。任せて」

 友達兼弟子にそう言われては、もうトドメである。もちろん、リーウも味方はしない。

 降参を告げる代わりに、キラは椅子に背中を預けた。ゆったりとした風を装って紅茶を飲み、会話から外れる。


「適切な人選ですもの。わたくしも心配はしておりませんわ」

「ああ、それ。適任って、クロエさんもさっき言ってくれたっすけど。どういう意味っすか?」

「旧エマール領で……。見聞きしたもの全てが――圧制に耐え抜いた日々が、今回の旅で活かせます。それを適切や適任という言葉で一括りにしていいものではありませんが……お二人の過去が、今を楽にしてくれます」

「……!」

「友人の件を聞かずとも、今回の任務、迷わずお二人に任せていたでしょう。キラについていけるのは、竜ノ騎士団の中でも、セドリックさんとドミニクさんしかいないものと確信していますので」

 目を見開いて押し黙る二人に、今度はクロエが言う。


「〝黄昏事件〟における活躍は、私も報告書をまとめる際に把握していました。アルベルト、ジョッシュ、ルーズ……竜ノ騎士団の〝上級騎士〟たちが、揃ってこう結んでいます――『立派な騎士だった』と」

「あ……」

「実力の伴う強者が、騎士らしく振る舞えるのは当然です。しかし、実力的な弱さを自覚している人間が、騎士らしく在ろうと行動を起こすのは兎角難しい。あなたたち二人は、キラくんにも勝る精神性を持っているのです。――私も、リリィさんと同意見です。此度の任務、お二人に声をかける以外にはあり得ませんでした」


 リリィとしては、半端な償いだっただろう。そして、クロエとしても。

 エグバート王国〝公爵〟の人間として、同じ地位にあったエマールの暴挙は到底許せるものではない。

 その圧制を被った人々に対し、わだかまりにも似た懺悔の気持ちがあるに違いない。


 しかし、彼女たちが謝罪をするのは、また話が違ってくる。

 当時の状況として、エマール家は確かに公爵家だった。その地位と権利をまだ保持しており、それを許していたのはエグバート王家。

 王家が頭を下げるのが筋であり、もうすでにラザラス・エゼルバルド・エグバートによる視察でなされた。


 その上でリリィとクロエが公爵家だからと謝意を示しては、罪を正面から受け止めたエグバート王家に恥をかかせることになる。今更横から出てきて『ごめんなさい』『すみませんでした』では、それこそ筋が通らない。

 ただ、だからといって、二人の感情がそれでおさまるかといえば、そうではなく……だからこそこの場で、〝元帥〟あるいは〝総隊長補佐〟として、旧エマール領の代表のような二人に敬意を表したのだ。


 そうでなくとも、きっと……。

「んー……。やっぱ、僕も負けてらんないね」

「……キラ、何か言ったか?」

「ふっふ……。いいや?」


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