711.2-3「適材適所」
「先ほども何度か言及している通り、護衛任務は表向きにすぎません。エステル・カスティーリャ殿をアルメイダまで送り届けたのち、〝贋の国〟に対する潜入任務が始まります」
「潜入……っすか」
二人ともいまいちその意味合いにピンと来ていなかった。難しい顔をする彼らに対して、リリィが説明をする。
「〝贋の国〟アベジャネーダは、旧エマール領と似た境遇と考えてもいいですわ。旧エマール領が王国から勝手に領地化した土地ならば、アベジャネーダは〝教国〟ベルナンドで勝手に領土化した国。それを元の通りに正そうというのが、〝聖母教〟の依頼となります」
「なるほど……? ってことは、反乱を起こそう、みたいなことっすか?」
「はい。ただし、旧エマール領と違うのは、アベジャネーダの方々には、セドリックさんたちのように明確に反乱の意思はないということ」
「お……? ってことは……?」
「水面下で燻る革命の意思を焚き付けて、国をひっくり返し……〝贋の国〟を崩壊させる。簡単にいえば、こういうことになります」
「わー……。キラがあの〝武装蜂起〟を手伝ってくれたみたいに立ち回る、ってことっすよね。できっかな……」
「お二人も知っているシスがすでに現地に乗り込み、〝市民革命軍〟の形成に尽力しています。加えて、ベルナンド側からも何名かスパイ要員が派遣されているとのこと。お二人には、その状況下でのキラのサポートをお願いしたいのです」
「サポート……。具体的には?」
「この秘密作戦において、とある状況下を除き、一つ徹底してもらいたいことがあります。すなわち、『エグバート王国および竜ノ騎士団が関与していること』を表沙汰にしないことです」
「あー……。つまりは……」
言葉に詰まるセドリックの代わりに、ドミニクが会話に混じる。
「『ベルナンドが領土を奪還する』という体裁を最後まで保つ。……ってこと、ですか」
「ええ、その通りですわ。そのためには、〝市民軍〟として行動しなければなりません。ただし、反乱を志していた方達ではないので、例えばセドリックさんのように剣の修行をしていたという方は稀でしょう」
「つまり、私もセドリックもリーウさんも、そして〝元帥〟のキラも……表立って戦ってはいけない?」
「はい。むろん、シスも戦わないよう立ち回ります。〝治癒の魔法〟はある程度ならばごまかしが効くでしょうが……周りに合わせることを忘れてはなりません」
「難しい……。本当に」
「とりわけ、〝元帥〟であるキラには〝成功〟を求められます。それも、出来うる限りの最良の結果を。わたくしたちもリーウさんの〝リンク・イヤリング〟を通してアドバイスはできますが、基本的には現地での働きにかかっています。〝見習い〟であるお二人には、まさに手足のように動いてもらいたいのです」
「〝元帥〟の命令は絶対……」
「はい。友人同士というので難しいところもあるでしょうが、指揮系統を一本化せねば今回の任務は達成不可能。よろしくお願いします」
リリィはセドリックとドミニクに念を押すように言っているが、キラにも相応にプレッシャーがかかる。
「お、お腹痛くなってきた……」
情けない声を漏らしつつ机に額をつけると、右隣のリーウからも同様にか細い声が聞こえてきた。
「私もです……。きゅ、ときました……。要は、連絡を取るタイミングも、そのやりとりの正確さも、高い水準を保たねば……いいえ、一つとしてミスは許されないということですから。あぁ……」
二人してうずくまっていると、すかさずクロエがフォローしてくれる。
「もともと、今回の依頼は騎士団に所属する前のキラくんに宛てられたものです。その意味合いも、万が一の場合のための保険にしかなかったはず。〝贋の国〟を内側から崩すにしろ、戦争で外側から叩くにしろ、その主力は〝教国〟側にあるでしょう。つまり……ラザラス様のせいで話が大きくなっただけで、それほど身構える必要もないかと」
「そういえばそうだった……。ちょっと気が楽になったかも」
キラは体を起こして、リーウが淹れてくれた紅茶に口をつける。
「よくよく考えればさ。ラザラスさん、だいぶベルナンド側に負担かけさせたよね。僕っていう個人を引っ張ってくるつもりが、巡り巡って竜ノ騎士団にまでなっちゃうって……。もちろんエグバート王国も無関係じゃなくなって……でもベルナンド側としたら自分たちで解決したっていう体裁がなきゃ、メンツもクソもない。割とがんじがらめ」
「ラザラス様が〝遅咲きの国王〟と謳われる所以ですね。考え方によれば、キラくんが〝教国〟に使い潰されて捨てられてもおかしくはないわけですから……。〝聖母教〟の総本山とはいえ、『そんなことはしてくれるなよ』と圧力をかけにいったのでしょう」
「外交官いらず……」
「王子時代から国外を旅していた経験が活きているのでしょう。そういう意味では、やはりどこまでも尊敬できるお方です」
「何も考えてなさそうに見えるのに……」
「馬鹿と天才は紙一重、の具体例と言えるでしょう」
「あ。言っちゃうんだ」
「キラくんが先でしたから」
初任務の性質と重要さで張り詰めていた空気が、わずかながらに緩む。クロエの話で幾分回復したリーウがそれを察知して、メイドとして動く。
立ちっぱなしのクロエにリリィの隣に座るように促し、紅茶を用意。空いたティーカップを下げて、魔法でさっと綺麗にしてから、再度注ぎ入れる。
そんな働き者の〝専属秘書〟に、キラは自分の隣に座るように指示した。寝室から椅子を持って来させて、一緒に書斎机について、一緒に紅茶を嗜む。
「うん? リリィもこっちくる?」
「今は結構です。お夕食、もちろん一緒にいただくでしょう? その時には隣に並びましょう」
「ん。わかった。――ああ、そういえば。リリィって国外任務の経験ってあるの?」
「キラを帝都まで迎えに行った時のことを数えていいのならば、あれが初めてでしたわね。ただ……何か参考に話を聞きたいというのであれば、ご期待にはそえませんわ」
「なんで?」
「あの時のメンバーは、わたくしと、〝師団長〟のレーヴァ、冒険者〝ナンバー・ワン〟のシエルの三人のみ。速さ重視の編成でしたので……国外を旅したかといえば、そうではないと断言できるほど例外的でしたわ」
「んー……。任務につくのは僕と、リーウと、セドリック、ドミニク……の四人だよね」
「ええ、そうですわ。それから〝アルメイダ〟からは案内人が一人つくものと聞いています」
「五人の旅か……。具体的にどんな旅路になるんだろ?」
「そこもお伝えせねばならないと思いまして」




