710.2-2「総意」
隣り合う〝元帥室〟が一枚の扉で繋がったのは確かなようだった。リリィの部屋に入る前に、扉や枠組みをじっと観察する。
「めっちゃしっかりしてる……」
たかが十分程度で仕上げたとは思えないほど、普通の扉だった。ズレもがたつきもなく、むしろ元々備え付けられていたのではないかと錯覚してしまうほど。
リリィ側の〝元帥室〟に入ると、想像通り、リーウとリリィが片付けをしていた。応接用のテーブルの上に、手袋やらネジやらボルトやらナットやらが散らばっている。
「ふふ。サプライズ、成功ですわね」
「確かに驚いたけど……。リリィはいいの? 鍵もつけてないんだって?」
「だって、キラですもの。信頼していますし……」
「まあ、ありがたいけどさ。でも、よくつけられたね。十分とか十五分とか、それくらいしか時間なかったでしょ」
「それはリーウさんのおかげですわよ」
リーウがテキパキと片付けをしながら、自慢げに話す。
「ものが揃い、リリィ様とクロエ様という凄腕の魔法使いもいるとなれば、造作もありません。順番に作業をこなしていくのみです」
「そんななんでもできるもんだっけ、メイドって」
「帝国城では常に人不足のようなものでしたから。とりわけ、雑務を任されるメイドや使用人は、多岐にわたって技術を磨くのです」
「今ならともかく、前の帝国城は大変そうだ……。〝軍部〟が幅を利かせてる、って話でしょ?」
「ええ、まあ。無理無茶文句は日常茶飯事でした。私はそのすべてを封殺し、隙あらば言い負かしていましたが」
「大変だ……。ま、もうそんなことはないだろうから、安心してよ。……別の意味で苦労するかもだけど」
「大丈夫です。キラ様のお世話は私のライフワークですから」
メイドというよりも戦士のような強い心構えを持つリーウに、リリィもクロエも感心していた。
「さて。サプライズは大成功しましたし。早速本題に入りましょうか。リーウさんも、片付けは後でいいですわよ」
「では、お言葉に甘えて。まずは紅茶を淹れましょう」
キラは書斎机につき、その右後ろにリーウが控える。リリィが応接用ソファの一方に座り、その対面にセドリックとドミニクが緊張したように背筋を伸ばしている。
クロエは、最初はリリィの隣に座っていたものの、今はキラの左隣に立っていた。心なしか、距離が近い。
「今回の任務の表向きとしては、『エステル・カスティーリャの護衛』となります」
するとそこで、そろそろとセドリックが手を挙げる。クロエは続く言葉を押し留めて、代わりに「どうぞ」と優しく促す。
「か、確認っすけど。俺ら、ここにいていいんスよね……?」
「ええ、もちろんです。お二人の事情は聞き及んでいます――〝贋の国〟アベジャネーダに行ってしまった友人を追っているのでしょう」
「ああ……。じゃあ……」
「ただ、今回の任務に関しては、お二人とも適任と思います。竜ノ騎士団に属するすべての騎士を差し置いても」
「どういうことっすか……?」
「それはまたおいおい。――まず初めに、ざっと概要を伝えたいと思います。メモはリーウさんがしてくれますが、一応、一通り覚えておくように」
「うっす……!」
新人騎士二人が持つであろう不安をあらかじめ潰したところで、クロエは話を進めた。
「キラくんはすでにご存知かとは思いますが。この護衛任務は国外任務となります。王都を出発し、〝教国〟ベルナンドの首都〝アルメイダ〟まで、エステル・カスティーリャ殿の護衛をしていただきます。――ちなみに。これはエグバート王国から竜ノ騎士団への依頼という形になっていますので……」
「あー……。ってことは、僕は元帥として動かなきゃ、ってことだ?」
「はい。大袈裟にいえば、キラ様の一挙手一投足がエグバート王国の総意となりかねませんので、十分にご注意いただきたいのです」
「ムズ……」
自然と顔が渋くなり、感想を漏らす。クロエはその一切を見聞きしなかったことにして、話を続けた。
「セドリックさんとドミニクさんにも、今一度留意を。お二人には〝見習い〟としてキラ様の支配下で動いてもらうようになります。つまり、あなたたちが勝手をしてしまうと、それはすべてキラ様の責任問題ともなりかねませんので」
「うぅ……。キラ、ごめん」
もう何かを諦めてしまったセドリックに、キラはハッとして視線を向けた。
「は、早くない……? あくまでも護衛任務中の話じゃん?」
「だってよ……。俺、田舎もんだから作法とかわかんねぇもん。それに〝聖母教〟の総本山だろ? そりゃ、昔から〝神様〟のためにとか言われてっけど……いまいち実感湧かねえっていうか」
「そんなんだったら、僕、〝神〟嫌いだし。サマもつけたくないね」
「……お前の方が心配になってきた」
「ボロ出さなきゃ平気だって」
「お前のその時々出る変な自信、ホントなんなんだよ?」
自覚がないキラとしては首を傾げる他になかったが、エルトは色々と心当たりがあるのか、頭の中で盛大に吹き出していた。
彼女だけでなく、リリィもリーウもクロエもくすくすと笑う。ドミニクだけは、セドリックと同じようにひどく心配な顔つきをしていた。
「納得いかない……」
「ふふ……。キラくんはいい友達を持ちましたね。例えば差別的発言を繰り返すなどしなければ、そうそう問題となることはないでしょう。なにより、先方にとっては護衛任務はあってないようなものですから」
まだ任務の全容を知らないセドリックとドミニクは、緊張で喉が渇いたらしい。しきりに紅茶で潤し、底が見えてしまうくらいに一気に飲んでしまう。




