708.1-15「お昼休み」
「くぁ……。なんか、悪いね。まあ……元から僕がちゃんと授業受けてたかどうかは怪しいんだけどさ」
昼休憩。
キラは新人たちと混じって、食堂で食事をとっていた。
が、そのうち正気があるのは半分以下……十人もいないかもしれない。
〝一日トレーニング〟で疲れ切ったあとの座学である。まだ昼というのに体も心もヘトヘトになって、眠りかけながらも飯をかきこんでいる。
セドリックもドミニクも、その例に漏れることはない。
とにかく消化のよいものを、と天ぷらうどんを選んだ二人は、チルチルと一本ずつ麺を啜っている。
二人ともそのままでは熱々の汁の入った器に突っ伏しそうで、キラはたびたびデコピンで起こしつつ、カレーライスをちびちび食べていた。
「私はキラ様の知恵袋ですので、お気になさらず。それに、こう言った座学は得意とするところでして。楽しくあれども、苦しく思うことはありません」
「リーウの魔法使いとしての原点はそこなのかもね。知識欲ってやつ」
「かもしれません。しかし……みなさま、お疲れのようで。昨日のトレーニングはそれほどに激しかったのですか?」
「ま、一日かけた鍛錬だからね。文字通り。日が出てから沈むまで。食事のタイミングは自由だけど、基本休憩はなし。できても五分か十分か」
「かなりのスパルタですね……。話を聞くだけでも疲れます」
自分がもし参加していたら、と瞬時に頭が回ってしまったらしい。最近ハマっているというツナマヨおにぎりを食べる速度が、明らかに落ちる。
「キラ様は平気そうですね? 寝てはいましたが……顔色はむしろ良い方です」
「そう? でも……そう言われてみれば、わりと長時間動くのは平気なのかも。レオナルドんとこに初めて行った時、確か二日ぐらいほぼ休憩なしで特訓してたし」
「二日……四十八時間?」
「うん。そのあと帝都に突っ込んで……。色々あって王都戻って……。そこから旧エマール領の武装蜂起に参加して……。みたいな流れだったかなあ」
「??? 終戦まわりの話ですよね。移動を含めて……どれくらい動いていたのですか?」
「一週間くらいじゃない? 帝都から王都には……あー……ちょっと説明しづらいことが起きて一瞬で戻ったし」
「体力お化けですね……」
「まあ、途中で休憩とかもあったし。……怪我したり船酔いしたり何なりしてたけど」
「それは休憩とは言えませんね」
「あはは……。まあ、ご飯を満足に食べれるから、疲れなんてあってないようなもんだよ。あの一週間……とくに帝都に渡って以降、ほんとろくに食べれなかったから」
ガツガツとカレーを頬張り、脳に直で響くようなストレートな味わいに舌鼓を打つ。
「うまぁい……。おかわりしてこようかな」
「私がお持ちしましょう。その前に、お口に……」
「ン……。……赤ん坊みたい」
「本来、メイドとはこういう役割です」
ささっとお皿を片付けて厨房へ向かう姿は、メイド服であることもあって、帝国城での働きを思い出す。
背の高い帝国人、かつ、元帥付きということもあってか、同じタイミングで立ち上がった新人たちが次々に道を譲る。
その様子に頭を下げながらも先をいくあたり、セレナにそう教えられたらしかった。
「お前、意外と大食らいだよな」
先ほどの話を聞いていたのか、セドリックとドミニクが体を起こして、平気なふりをしていた。つるつると、のびた麺を啜る。
「昨日、ぶっ続けの訓練だったから、そんなに食べてなくってさ。そういう時は決まって無限にお腹減るんだよ。それになにより、食べれる時にはしっかり食べておかないと」
「つっても……。濃いものとか脂っこいのは無理だぁ……」
「そこは人によるけど……。食べれる時には食べる癖つけとかないと。いざって時に変に力が出なくなる。多分ね」
「そういうもんか」
セドリックとドミニクがマイペースにうどんを啜る間に、リーウが大盛りのカレーを運んできた。
「ありがと」
「どういたしまして。おなじものでよろしかったでしょうか? 夏野菜カレーやらキーマカレーやらと、何やらいくつか種類がございましたが……」
「美味しいカレーに、こともあろうにカツがついてくる……この贅沢感、よくない?」
「む……。そう考えると、少し羨ましくなります」
「食べる?」
「……一口」
お皿を移動させ、スプーンを持たせると、リーウはじっとカツカレーを見つめた。
「葛藤してるね……」
「最近……。お腹周りがつまみやすくなった疑惑が……」
「まあ、帝都と王都じゃあ環境が違うからね。……食べなよ。一口と言わず」
「……いただきます」
スプーンでカツを小さく切り分け、そのかけらとカレーと白米とを一緒にすくう。一度戸惑うかのように口をモゴモゴとさせていたが、意を決したかのようにパクッといく。
「弟たちにも食べさせてあげたいものです」
「帝国もすぐに良くなるよ。エレナたちが頑張ってくれてるから」
「ですね。本当に、つくづく……エグバート王国の方達のエネルギーには驚かされます」
リーウがそのままカツカレーを平らげるのかとも思ったが、それとこれとは話が違うようだった。厳密には、二口目を食べようとして、ぐっと我慢してお皿を押し付けてくる。
そんな彼女の様子に苦笑しつつ、スプーンを受け取った。
「ああ、そうだ。セドリック、ドミニク。明日、時間ある? いや……っていうか、時間、とってね」
「もしかして……。リリィさんが言ってたやつ?」
「そ。僕の初任務について。……あれ、断ってはなかったよね?」
「もちろん、ついていくっての。けど……大丈夫だよな? 〝元帥〟についていく〝見習い〟って、なかなか異例なんじゃ……」
「それは否定できないけど。まあでも、昨日の特訓で最後まで続けてたのって、僕ら三人だけだったから。実力は抜けてるってことで、納得感はあるんじゃない?」
「ああ……。だからお前、昼から鬼みたいに再戦したんだな? めちゃくちゃきつかったんだぞ……!」
「必要な仕込みだったんだって。ドミニクも、なんか変に焦ってたし?」
釘を刺すようにいうと、ドミニクはうどんのスープを啜る手を止めて、ちらりと見てきた。それから居心地悪そうにもじもじとしながら、スープの中にとぷんとスプーンを沈める。
「わかったから……。反省してる」
「本当にね。戦場で一番まずいのは、ブレること……迷うことなんだよ。とくにドミニクなんかは、〝治癒の魔法〟でのサポートが得意なんだからさ。その真逆――ナイフ術とか〝グローブ〟の魔法での攻撃に傾倒しちゃうと、迷いが出やすい。君は戦場に慣れてるわけじゃないんだから。注意すること」
「うぅ。……はい」
何か言い返すこともなく、ただただしゅんとなって反省する姿に、キラもホッとした。
「じゃ、明日……の、九時くらいに本部に来てね。教官たちにはいい含めておくから。……リリィかセレナが」
「本部って……〝西部騎士寮〟だっけ? うわ……緊張するな。エリートしか入れないみたいなこと聞いたんだけどよ。実際、誰も〝見習い〟で〝西部騎士寮〟に配属されなかったし」
「まあ、まあ。そんな意識するほどのことでもないよ。とりあえず、正門で待ってるから」
「はあ……わかったよ」




