707.1-14「活性」
〈脚の強化は、今となっちゃ難しいことでもないよ。〝骨強化〟とか〝躯強化〟と同じ。足に〝血因〟を集中させるだけ〉
〈けどさ。今ある二つって、どっちかっていうと〝防御面〟じゃん。硬化させて、受け止める……でも足の強化はそういう理屈じゃないでしょ?〉
〈キラくんって、ほんと戦闘に関しては理論派だよねえ〉
〈エルトが天才肌すぎなだけ〉
〈んー……。そうはいっても、言葉にするの難しいんだよねえ……〉
エルトが考えている間にも、キラは一定のペースで走り続ける。
軽いランニング程度ではあったが、〝呼吸〟を一定に保ち続けるのはことのほかキツイ。しかしそれこそ望むところであり、キラはそのまま速度の維持に努めた。
二周目後半にさしかかったところで、各自ダウンしていた新人たちが起き始めた。誰に急かされるでもなく、自分の意思でトレーニングの続きに入っていく。
セドリックとドミニクも、互いに素手での組み手を始めていた。
〈〝骨強化〟と〝躯強化〟に次ぐ三番目の強化形態……。いわば〝筋肉強化〟、って考えればいいかも〉
〈ああ……。〝血因〟を筋肉に集中させる、ってこと?〉
〈ただ、〝骨強化〟あるいは〝躯強化〟と違うのは……。二段階の活性化が必要ってこと。これ重要ね〉
〈二段階……?〉
〈〝骨強化〟では活性化した〝血因〟そのもので、骨をコーティングするでしょ。で、〝躯強化〟も、特定部位に活性化した〝血因〟を集中させて、硬化させる。そうやって理解してるよね?〉
〈うん〉
〈〝筋肉強化〟は、この〝活性化〟を筋肉にも影響させるんだよ〉
〈んー……?〉
〈つまりはね。〝血因〟が一点集中で集まれば肉体硬化、適度に分散させれば筋肉強化に繋がるんだよ〉
〈あー……。密度によって〝血因〟の働き方が変わってくる……って解釈でいいの?〉
〈そう! むやみやたらに集中させるんじゃなくって、均等に配置することで〝活性化〟が他にも影響を与える……ってことなんだと思う〉
〈珍しく自信がないね?〉
〈う〜、いじわる。私だって分かんないことだらけだもん。それ説明しろって言われたって……〉
〈わかった、わかった。悪かったよ。じゃあ……〝血因〟の密度コントロールが鍵ってことか。できるかな……?〉
まずは〝気配面〟。そこから身体中の〝血因〟を認識。〝呼吸〟をことさら意識しつつ、両脚に意識を差し向け、〝血因〟を揺り動かす感覚を掴む。仕上げに、グッ、と力を入れると、〝活性化〟――肉体硬化をもたらす。
ここまでは、たとえ戦闘中でも安定して発動できるようになった。
その自信を元に、密度コントロールに挑んだが……。
「へぶぁっ」
派手にすっ転んでしまった。脚に集中するあまり、走っていることを一瞬忘れ……足が絡んでしまう。
顔から地面に突っ込むその転び方と、間抜けな悲鳴とが、周囲の視線をいやでも集める。
「おいおいおい、どうしたんだよ。急に転んで」
「笑えないくらいのこけ方」
セドリックとドミニクが何事かと駆けつけ、それぞれに立ち上がるのを手伝ってくれる。
バンガーをはじめとした教官たちも近寄ろうとしていたが、キラは恥ずかしさもあって手のひらを向けて押し留めた。
「やー……。セドリックのあの〝身体強化〟。羨ましくって真似しようとしたら……こけた。まだ走りながらは難しかったかも……」
「おまえ、魔法使えないのに……。俺らに隠してる力とかあるんだな?」
「別に隠してはないけど……。説明求められても、ちょっと色々複雑だから話しづらいだけ」
「それがいいなら何も言うことはねえけど……。びっくりするからよ。せっかく仕立てた〝元帥羽織〟、どろどろじゃんか」
二人とも気になるのはそこらしい。黒地のために土埃は特に目立ち、そろってパンパン叩いてくる。
「もういいよ……。痛い、痛いっ」
「っと、悪い。しかし、キラでも派手に失敗すんだな。戦いに関しちゃ、そういうミスなんてないんだと思ってた」
「ダサいからあんまり見せてないだけだよ。リーウに聞いてみたらいいよ……。こういう特訓でユニィに吹っ飛ばされてばっかりだったから」
「マジかよ? ……なんか、やる気出てきた」
「うん?」
「お前にだって出来ないことがあって……その壁乗り越えようと努力してんだから。俺も負けてらんねえなって」
「そりゃ……よかった。やる気出させるくらいは出来て。僕に魔法の指導とかは無理だからさ」
「――うっし。じゃあ、キラ、模擬戦頼む。実戦でやった方が、多分掴むの早いだろうから。ドミニク、悪いけど、俺の状態見ててくれるか?」
「ん……。じゃあ、一度寮に戻って剣持ってきなよ。真剣じゃなきゃあ、お互いやる気出ないでしょ」
「え……。いいのかよ?」
「良いも何も。〝元帥〟としてそれ認めてんだから。むしろ喜んで欲しいね」
「――おう!」
セドリックはニカッと笑って、猛ダッシュでグラウンドから去る。話の流れを察したらしい教官たちは、それを止めるようなことはしない。
「キラ」
「ん?」
「待ってる間、手合わせ、お願い」
「……。ドミニク、焦ってる?」
「別に……。ただ……強くなりたい、だけ」
「そりゃあそうなんだろうけど……。ドミニクの本領は〝治癒の魔法〟だから。そこ、忘れないようにね」
「……わかってる」
「……。――じゃあ、ヘトヘトになるまで付き合ってあげるよ」
〝三日研修〟、最終日。
二日目とはうってかわって座学のみ。〝東部第一騎士寮〟の一階に設けられた会議室で、新人騎士五十五人が詰めかけ、講義を受けることになる。
内容は巡回任務について。
〝見習い〟たちは一定期間ごとに王都各地の派出所を回ることになり、そのため、王都全体の地理を把握しておかねばならない。〝商業地区〟であれば荒れ気味のために注意が必要、など……。
また、何らかの犯罪が起きた際の対処と、それに付随する法律関係もある程度覚えねばならない。
竜ノ騎士団は王国全体の治安維持の役割を担っている。
そのために〝見習い〟たちに巡回任務が割り当てられているのだが、当然、実力的にも経験値的にも未熟な彼らが全ての事案に対処できるわけがない。
上級騎士や下級騎士と組んで周ることが多いとはいえ、法律という面では疎いところもある。
そこで、犯罪行為が行われ、これを確保できた際には〝法曹局〟に頼ることになる。騎士としての実力をそこそこ持ちつつ、法律を専門に扱う部署である。
彼らに任せれば、務所で反省させるなり、エグバート王国〝司法省〟に持ちかけるなり、法律的な決着をつけてくれる。
最低限知っておかねばならない法律、〝法曹局〟との連携の仕方、〝司法省〟との関わり方などなど……。竜ノ騎士団〝見習い〟という立場にある以上、身につけておかねばならない知識を吸収していく。
が……。
元帥であるキラは、巡回任務につくことはほとんどない。
今後〝法曹局〟や〝司法省〟と関わることはあっても、元帥がなさねばならないことはたかが知れてる。
エグバート王国〝最高戦力〟という立場を、あらゆる意味で支えるのが騎士団の各部署の意義であり、王国政府の役割ともなる。
ただ、知っておかねばならないことが山ほどあるのも確か。
そういうわけで、いかに元帥とはいえこの最終日を外すわけにはいかなかったが……〝一日トレーニング〟で体力を使い果たしたキラは、終始爆睡していた。
〝覇術〟の特訓もこなしつつ、セドリックやドミニクやミリー、そのほかの見習いや、果ては教官たちにも戦闘指南をしていたのだから、当然と言えば当然だった。
そこで駆り出されたのが、〝専属秘書〟リーウである。
セレナに二日間の研修を受けた彼女が、実践で成果を挙げるべく、共に座学に出席することになった。




