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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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729/958

705.1-12「恋心」

  ◯   ◯   ◯


「すっげぇ! キラ、それなんだよ! かっけぇ……!」

「でっしょ? 〝元帥羽織〟。昨日、リリィと一緒に選びにいったんだよ。元帥にはパッと見でわかるような象徴が必要だってさ」

「へえ……。へえ……! なあ、なあ、俺にも着させてくれよ」

「ダメだよ。〝元帥羽織〟はオーダーメイドの一点もの……まあ、予備は二十五着あるんだけど。試しでも他人に着させちゃダメな契約になってるんだよ」

「二十……五? オーダーメイドってことは……どんだけすんだよっ?」

「……僕の給料からさっぴかれるってさ」

「とんでもねえな……」

「冬用も同じ数発注するんだ……」

「ま、まあ、それだけの地位になったっつうことでさ」


 〝三日研修〟、二日目。

 午前六時。

 まだ朝も早いこの時間に、ドミニクはセドリックと共に〝東部第一騎士寮〟のグラウンドに出ていた。

 昨日は巡回任務でずっと歩きっぱなし。ということでまだまだ眠かったが、セドリックはキラの羽織姿に興奮して、昨日の疲れも忘れたらしい

 単純な恋人を羨ましく思いながらも、ドミニクもつい一緒になってキラの周りをぐるぐる。

 今までにみたことのないくらいに幅広な袖口に、留め具がないためにヒラヒラとはためく裾。体を大きく見せるような出で立ちの羽織に、いやでも関心が湧く。


「魔法使いのローブみたい……。昨日見かけた学生が着てた」

「まあ見た目はいいんだけどさ……。結構、袖とか裾とかが動きに干渉するんだよね。だから慣れていかなきゃ」

「なら、短い丈にすればよかった」

「ダサかった……っていうより、格好がつかないって言われた。収まりは良かったんだけど」

「まあ……確かに。長い方でいいと思う。リリィさんが選んだ?」

「……なんでそう思うの?」

「だって……。お土産選びの時のこと思い出したら、正直センスはない」

「ぐ……。反論できない」


 最終的にオチをつけるようにして貶してしまったが、羽織姿のキラは抜群に格好良かった。

 あまりみない黒髪にゆったりとした服は絶妙にマッチし、長い裾で隠れる〝センゴの刀〟が逆に存在感を持っている。鞘に巻かれた〝紅の下緒〟も、差し色としてバッチリ。

 人目を苦手とするキラは自覚がないだろうが……彼はひどくモテる。

 〝隠された村〟に最初に訪れたとき、皆が噂していた。黒髪の少年という物珍しさもそうだが、ただ単に見かけだけで女性陣を魅了していた。


 童顔であるがためにその微笑みは可愛らしく、しかしながら、引き締まった表情には精悍さが窺える。

 その精悍さが、どんな逆境にあっても諦めることのないメンタルの強さから来ているのだとわかったときには、どれほどよそ者嫌いでも堕ちてしまう。

 旧エマール領での〝武装蜂起〟の際に、どれだけがやられたか。

 ドミニク自身、セドリックという恋人がいなければ……。


「〝三日研修〟、二日目である」

 昨日と同じように整列し、上官であるバンガーの話を聞きつつ、ドミニクはぼんやりと思い出す。

 そういえば、初恋のヒトはエリックだった、と。

 そうはいっても、〝恋〟も知らない子どもの頃の話。

 憧れやら尊敬やらが入り混じった淡い恋心である。昔から自分を出すのが好きではなかったドミニクにとって、思いついたら実行せずにはいられないエリックが眩しかった。

 そのまま何事もなく〝普通〟に過ごしていられたのならば、あるいはエリックに告白していたのかもしれない。


 だがその前に、現実を知った。

 〝ハイデンの村〟がか細く消えていく未来を知った。

 最初は母親。次に父親。その一週間後には、セドリックが大声で泣いていた。

 今思えば、傷の舐め合いから始まった恋人関係。依存して、依存されて、それを良しとしたドロドロの関係。子どもだったからまだマシなだけで……。

 エリックが変わり出したのもこの頃。剣を取り、がむしゃらに戦いを求めて、親になんと叱られようと無茶を繰り返す。


 きっとエリックに好かれていたのだろうと悟ったのは、つい最近である。

 それまでもなんとなくそう思うときが度々あったものの、こうして昔を思い出せるくらいに余裕が出てきたからこそ、確信が持てる。

 村を唐突に出たのも、その〝好き〟という気持ちを抑えたが故の衝動だったのだろう。


「二日目は、一日中トレーニングを行ってもらう」

 ただし、恋愛一つで村を捨てるほど、エリックは馬鹿ではない。アレでよく物事を考えている。その結果として、馬鹿みたいに突っ走るだけであって……。

 度が過ぎているとはいえ、今回も同じ。

 何か見逃せないことがあって、誰にも何にも話せず、一人抱え込んでしまったのだ。

 〝好き〟という気持ちと同じか、あるいはそれ以上に周りに言いふらしたくないことだったのだろう。


「メニューはなんでもいい。筋トレでも走り込みでも、どんな鍛錬でもかまわん」

 全ては、エリックが選択したこと。

 そんな彼を追いかけることは、果たして正解なのか。このまま放っておいた方がいいのでは、とも考えてしまう。それを望まないから何も言わずに村を去ったのでは、と。

 そうやって誰かの気持ちを考えてばかりいるから、昔っからの引っ込み思案が直らないのであるが……セドリックは違う。


 今や背が高く格好良い男になってしまった幼馴染は、エリックと瓜二つな性格。思い立ったら、立ち止まってはいられない。

 そんな彼だからこそ、他人には見えないエリックの何かを感じ取ったのだ。

 ドミニクは、ドミニク自身よりも、セドリックを信頼している。傷の舐め合いから始まった恋心は、キラという救世主の存在もあって、真っ当な形に収まった。

 ドミニクにとって、セドリックはこの世の全て。

 だから、いつも支えねばと思う。


「とにかく、鍛えて、鍛えて、鍛えて……己の限界を知れ」

 〝グローブ〟を身につけたのも、全てはセドリックのため。

 恋の原点である彼の涙を、今後一切流させないため。

 エルトリア邸での過ちを、繰り返さないため。


「――キラ。手合わせ、して」

 今ほど、強くならねばならないと思ったことはなかった。


   ◯   ◯   ◯


「――ドミニク。ちょっと休憩しよう」

「ハァ、ハァ……! ダメ、もっと、形にしないと……!」

「……ダメ。セドリック、ドミニク頼むよ」

 今にも倒れそうなほどの小柄な恋人をセドリックに任せて、キラはその場を離れた。


 二日目の〝一日トレーニング〟では、新人騎士全てが苦しんでいる。

 ミリーがそうであるように、騎士の素養を認められたからといって、鍛錬を積んでいる戦士であるわけではない。

 むしろ、セドリックやドミニクのように戦いの経験を積んでいる方が少ない。


 〝二日目〟が始まってまだ一時間。

 日が昇りたての午前七時である。というのに、ほぼ全員がダウンしていた。

 腕立ての途中で地面にへばりついていたり、脇腹を抑えながら走るのをやめたり、模擬剣を握り損ねて落としたり。

 それをバンガーたち教官は咎めるようなことはしない。タイミングを見計らうように、ジロジロと見て回るだけ。

 無事なのは、それこそキラとセドリックだけだった。


〈変な方向に向かってる気がする……。よくないなあ〉

〈調子自体は良さげなんだけどね〜。もともと限界を知るためのトレーニングなんだし、ぶっ倒れるまで付き合ってもいいんだろうけど……〉

〈様子見だね……。考えなしのトレーニングに意味なんてないから〉



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