702.1-9「名目」
リリィが用意したのは、竜ノ騎士団の二頭立ての馬車。
エルトリア家のとは違って、職員にあてがわれたものとなる。そのため車は想像以上に小さく、向かい席のない二人乗りとなっていた。
「ふふ、それでですね?」
二人乗りで小ぶりな車と言っても、それほど密着せずとも乗れはする。しかしリリィは肩がめりこむくらい距離を詰めていた。
久しぶりのその遠慮のなさに、キラはドギマギとしていた。しかも、エルトが二日酔いでほとんど姿を現さない状況……本当の意味で、二人きり。
変な気持ちになりそうなのを抑えて、キラは彼女の話に耳を傾けた。
「キラには、見た目にもわかりやすく〝元帥〟でいてほしいのです」
「見た目にも……?」
「はい。〝元帥〟という立場は、国民レベルでその存在が知れ渡っていなければなりません。わたくしやセレナやクロエさんが、いかにキラが素晴らしいと知っていても、それだけではダメなのです」
「けど……。大会の閉会式ですごい注目集めたでしょ」
「あれはいわば第一段階。ヒトからヒトへ伝わり、キラの立場は確固たるものとなるでしょう。……が、実際にキラの戦いぶりや注目っぷりを目にした方でさえ、街中で見かけて『〝元帥〟だ!』とはなりません」
「……そのほうがいい」
「それほど気にせずとも大丈夫ですわよ。認知度というものは、そう簡単に跳ね上がりません。……たぶん」
「うぅ……。それで?」
「街に繰り出すだけで犯罪率が低下する……そういう影響力を得るためにも、何はともあれ見た目が重要となります。要は、どんな格好をしているか、ですわね。わたくしであれば〝炎〟に合わせた紅色がイメージカラーとなっていますので、それに合わせた騎士装束を着るようにしてます」
「あー……。そう考えると、みんなわかりやすいか。セレナはいつでもどこでもメイド服で堂々としてるし、赤毛も結構目立つ」
「アランにしても、あの身長ですから。加えていつもスーツ姿で刀を携帯しているので、一目でわかります」
「ってなると……僕は地味だな」
「まあ……その。黒髪に刀という特徴はあれど、分かりやすさという点で言えば少々控えめではありますわね」
「……僕は派手がいいって話をしてるんじゃないよ?」
「わ、わかってますわよ」
リリィが珍しくどもり、それを隠すかのようにしてさらに密着してくる。腕に腕を絡めて、こてんと頭を預けてくる。
もはや〝魅了〟がどうという問題ではないのではと勘違いそうなところを、キラは必死に意識を正した。
「で……。今は何か目立つものを身につけようってことで、どこかに向かってるってこと?」
「王都最大級の商店街、通称〝クモノス商店街〟ですわ。ファッションの中心地とも呼ばれていましてね。そこでならば、きっとキラも気に入るアイテムがあるはずです」
「ファッ……ション。馴染みがないなあ……」
「ついでに、普段服や礼服も買っていきましょうか」
「けどさ。これ、巡回任務の代わりでしょ? 私用が混じって大丈夫?」
「変なところでお堅いですわね……。これも立派な仕事ですわよ。何しろ国外任務。替えの服だの下着だのタオルだの、諸々用意するものがありますから」
「それさ……。今日一日で終わる?」
「……残業上等ですわよ」
「店のことも考えて」
〝東部第一騎士寮〟を出て一時間。北西に向かって順路を辿った馬車は、〝クモノス商店街〟に到着した。
中心には〝ベルタワー〟と呼ばれる時計塔が聳え立ち、それを囲うようにして商店街が成り立っている。
三重の通りとそれらをつなげる通りは、上空から見ればまさに蜘蛛の巣状態だという。
〝クモノス商店街〟の外周である〝一重目通り〟には、流行りの店が集っている。
流行に敏感な学生たちがよく通うような服屋、安価で手に取りやすいアクセサリーショップ、奇抜なデザインの目立つ靴屋など、比較的若者向けの通りとなる。
無難なシャツなどの日用品も売っているのが〝一重目通り〟の特色である。
その一つ内側、〝二重目通り〟は打って変わって高級志向。一流の職人による革製品や、シルクなどの質のいい布製品など、一目でわかるくらいに高価な品物が目につく。
そして最後、一番内側の〝三重目通り〟は完全オーダーメイドの通り。
店頭に並ぶのは既製品ではなく、それぞれが得意とする商品のサンプルのみ。金額にしても打ち合わせで決定され、まさに貴族御用達と言ったところである。
まずは、〝一重目通り〟。
「う〜ん……。これは、ちょっと違いますわね……」
「……。リリィ?」
「あ。これは合うのでは? ちょっと試着を」
「ほぼ君のファッションショーなんだけど?」
「あら。キラの服だって何着か購入したではありませんか。なれば、わたくしだって」
「まあ。リリィってば美人だから、そういうダボめファッションもめっちゃ似合う……」
「ふふ。ありがとうござます」
次に〝二重目通り〟。
一軒目。
「ロングコート! これはいいですわね」
「いいけど……。今の時期は暑いし……。それに……こういうのって、もうちょっとタッパがないとさ。一八〇とか……。一七〇ギリギリは……」
「キラならばいいと思いますが……。では、こちらは? この帽子とか」
「王都って結構帽子人口多いでしょ。一目でってなると……」
「んー……難しいですわねえ。でも確かに、ワンポイント的なアクセサリーではインパクトに欠けますわね」
二軒目。
「お。これはどう?」
「い、色が……。黒白のシマ模様……しかも革ジャケット……一体どうやって染めたのか……。こ、個性的ではありますが、もっと別なものがよろしいのでは?」
「ええ? じゃあ……。こっちは?」
「デニムジャケット……? けど……なぜ赤と青が半分に分かれて……? ――キラ、あなた、もしかしなくともファッションのセンスありませんわね?」
「え、ええ? そんな……」
「そういえば、キラったら貰うばっかりで、自分で選ぶということがありませんでしたわね。そもそもお店のチョイスからして、初心者には先進的すぎます。わたくしにはきちんと普通にいいもの選びますのに、なぜ自分のものとなったら……」
三軒目。
「あ! じゃあ、これじゃん?」
「シルクジャケット……。けど、白いですわね……眩しいくらいに。却下」
「えっ。下も合わせたら最強じゃん? ほら」
「あわせて見せてもダメです。だいたい、キラったらすぐに汚すじゃありませんか」
「そんな子どもみたいに言わなくても……。そんなこといったら、どんな服も同じさ」
「うーん……。問題はそこですわよね……。象徴のように目立ちつつ、予備をいくつも用意できて、尚且つ、戦闘時そういう状況に陥った時に邪魔にならないもの……」
「普通に制服的なものでもいいかなって思って、さっきのチョイスだったんだけど……。いっそスーツにする? そこにあるし」
「待ってください。黄色はダメです。パーティではありませんのよ」




