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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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701.1-8「意識的に、意図的に」

 皆が頑張っている中、無視し続けるのも居心地が悪く……キラも、声を張って挨拶をしてみる。

 目があったバンガーは深く頷いてくれたが、他のチンピラのような騎士たちは見向きもしなかった……できなかった、とした方が正しいかもしれないが。


「静かに」

 三分ほどしてからバンガーが場を納める。

 新人の八割方が荒く息をする中、気にする様子もなく粛々と進行する。


「開始五分で身に染みた通り。〝三日研修〟では竜ノ騎士団としての心構えを身につけてもらう」

 そうやってバンガーが区切れば、新人たちは反射的に返事をしていた。

「一日目は巡回任務。早速街へ出て、市民の皆々様に顔を覚えていただくのだ。〝見習い〟として、また竜ノ騎士団の一員として、自覚を持つように」

 入団初日に任務。見習いはそれが仕事とはいえ、新人たちには衝撃的だったらしい。動揺を隠せず、他の顔色を窺う。

 しかし、セドリックはそうではなく、むしろ手を上げてバンガーに質問をしていた。


「あの。質問、いいっすか」

「……よろしい。なんだ」

「今、武器も防具も身につけてないっすけど……。この騎士の制服のまま、巡回に向かうんすか?」

「巡回任務とは言うが、諸君らの出る幕はない。ゆえに、今日は不要。それと……竜ノ騎士団では階級が全て。下の者が上の者に逆らうことは御法度である。日常も戦場も同様に過ごすべし。わかったな」

「……うっす」

 セドリックのその返事は、どう考えても納得した上でのものではない。そこでキラは、ぽそっとアドバイスをした。


「〝黄昏事件〟の時、その場に居合わせた騎士たちに逆らった?」

「え……? いや……」

「それとおんなじさ。混乱と焦燥感が頭ん中を支配する戦場じゃあ、より〝上〟の人間の言葉が頼りになる。黙って従えって言ってるのとは、全然違うよ」

「なるほどな……。けどさ、絶対意味履き違えてるやつもいるだろ」

「上には上がいるし……僕は〝元帥〟だから。そういう時は言って――ぶちのめす」

「お、お前が言うとホント冗談に聞こえねな……。けど、頼りになる」

「んね。……ま。今の説明じゃあ言葉足らずとは思う。そういう配慮のなさが、この世の癌を生む要因になる――上っ面整えて格好つけりゃいいって話じゃあない」


 キラがじろりとバンガーを睨むと、強面教官は目に見えて狼狽えた。

 それだけでなく、周りをウロウロしていたチンピラのような騎士たちも、敬礼でもするかのように背筋を伸ばして立ち止まる。

 どうやら、また無意識に〝覇術〟を放出していたらしい。たまに訪れる体の芯から冷えるかのような感覚を自覚する。

 当然、セドリックもドミニクも、新人見習いたちも、前を向いたまま一つとして身じろぎできないでいる。


「この感覚……」

 束の間、キラは思考した。

 〝シータ・チャンネル〟とは似て非なる感覚である。

 ユニィを前に〝赤い雷〟を引き出したあの瞬間、全身が震えるくらいに冷たくなっていたものの、心臓は熱く滾っていた。

 ただ、今は息も凍りそうなほど、体の芯から冷え切っている。

 これがいつか役に立つはず……そう確信したところで、〝呼吸〟を乱した。

 〝覇術〟による制圧力があたりから抜け落ちて、皆がほっとして体から緊張を解く。


「失礼しました、元帥」

 バンガーは額に滲む汗を太い指で拭いつつ、態度を改めた。

「元帥がおっしゃられた通り、我々騎士は決して戸惑ってはならない――決して。不安は伝播するものだ。市民を導く立場の竜ノ騎士団は、たとえ〝見習い〟であろうとも狼狽えてはならない。だからこそ、より階級の高い人間の言葉に耳を傾け、平常心を取り戻すのだ」


 太く低い声質ということもあってか、威厳と丁寧さとを両立する。最初からそうした方がいいのにとは思えど、キラも今度は口にするようなことはなかった。

 そうすれば下手に注目を集めるというのもあるが……。


「あら。研修にしては、ずいぶんきちんと説明するのですわね」

 不意に、リリィが現れたのである。紅色の騎士装束に黄金のポニーテールが目立つ〝元帥〟の姿に、新人見習いたちはざわついた。

 その美しさに身惚れて、周りと顔を合わせて現実であることを確認して、再び〝元帥〟に注目する。どれだけリリィが認知され、尊敬されているのか、目に見えた形となった。


「説明が足りないとのご指摘をいただいたところでして……。恥ずかしながら、毎年の恒例行事と思っていた節もあったので、これを機に直していかねばと……」

「ふふ。そういうことでしたのね」

 その返事の仕方で、キラは自分に声をかけられているのだと瞬時に悟った。身じろぎしてセドリックとドミニクの陰に入ってみたものの、リリィはそれを読んでいた。ポニーテールを揺らして、こてっと首を傾げて、目を合わせてくる。

 そのにこやかな表情に圧力のようなものを感じて、キラは先だって言い訳をした。


「いや、だって……。反感はそのまま不満に変わるじゃん……」

「後ろめたく感じる必要はありませんわよ。例年、新人への意識づけとして行なってきたことではありますが……ネガティブな側面が強いことも確かでしたもの。ただ、もちろん、竜ノ騎士団の信念を理解できるよう、フォローとサポートは欠かしませんの。あまりいじめてはダメですわよ?」

「うぅ……。解ったよ。……今度からは様子見する」


 キラがそう返すと、リリィは満足したように頷いた。それから、おほん、と一度咳払いをして、背筋をしゃんと伸ばす。

 にこにこと頬が緩んでいたのが嘘のように引き締まり、真剣な顔つきとなる。ただそれだけで周囲を圧倒し、緊張感をもたらす。


「新人式でも言いましたが……現段階では、新人の皆さんは竜ノ騎士団の一員に加わる権利を与えられただけに過ぎません。騎士の素質を認められただけに過ぎません。――全ては、ここからです」

 口調は和やかで、責め立てるような棘はない。だが、彼女の言葉はじわじわと肌に染み込み、畏怖の念が胸の中に生まれる。

 そうして。リリィ・エルトリアは敬愛すべき女性でありながらも、畏れるべき〝元帥〟なのだと本能で理解する。

 新人見習いの何人かは無意識に後退りをし、教官を任された騎士たちも身じろぎできないでいる。


 そんな中でキラは、一人違う感想を抱いていた。

 肌をピリピリと刺激するような圧力は、錯覚ではない。その威圧感は、確かに実在している。

 周囲を制圧する〝覇術〟を、リリィは使っている。それという意識はなくとも、しっかりと意図的に使っているのだ。


「ここから、皆さんの真価が問われます。〝死んでも守る〟平和を望んではなりません――〝殺してでも掴む〟平和を求めてください。平和への執念……その理念を持つ騎士となることを、わたくしは期待しています」

 ぺこりと頭を下げると、リリィから放たれていた威圧感がふと消えた。皆、それに気づいたふうもなく、ただ体から緊張を解いて、自然と拍手する。


「少し長くなりましたわね。ではこれより、皆さんには初の巡回任務を行ってもらいます。その前に班分けをしますので、名前を呼ばれたら、それぞれの教官のもとへ集合してください。――キラはわたくしとですわ」

 そうリリィが告げると、教官たちがキビキビと移動した。少し離れたところで等間隔に並んで、それぞれが一人ずつ名前を呼んでいく。

 呼ばれた新人は、それがもはや癖のように大きな声をあげて返事をして、教官の元へ向かう。キラはちらちらとした視線を感じつつ、リリィの元に駆け寄った。


「そんな気はしてたけど……。僕は巡回任務じゃないんだ?」

「セレナから何か聞きました?」

「いや、何も。だけど見習いじゃないから、何か別のことするのかなって」

「鋭いですわね。本当は皆さんとともに巡回任務に当たってもらいたいところなのですが……キラは元帥なので。それではあまり意味がありませんのよ」

「どういうこと?」

「馬車を用意していますので、詳しくはそちらで」

「んー? 馬車……?」


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