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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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722/959

698.1-5「初任務」

「もともとセレナの部屋だったよね。ありがと」

「お気になさらず。もともと、リリィ様のお部屋に入り浸ることも多かったので。無駄に場所を占領するよりも、キラ様に使ってもらった方がよほど有意義というものです」


 〝元帥室〟は、概ねリリィのところと同じだった。

 部屋を囲うのは、ベージュの壁紙とこげ茶の腰壁。真紅の絨毯が一面に敷いてあり、白い幾何学模様があしらわれている。

 奥の壁を背にして立派な書斎机が配置されており、そばにはキラには縁遠い本棚もある。

 部屋の中央には来客用のテーブルと一対のソファ。右手の壁の方には暖炉があり、その隣に寝室につながる扉があった。

 その扉が、不意にガチャリと開く。


「あれ……。リーウ?」

「ああ、キラ様とセレナ様でしたか。誰がいらしたのかと、少し警戒しました」

「そ、その必要はないでしょ。なんたって騎士団本部なんだからさ」

 よもやドア枠につきそうなくらいに背高なリーウは、前傾姿勢で杖を構えつつ姿を現した。

 もう一ヶ月以上もエルトリア家のメイドとして働く彼女は、数々のメイド訓練の賜物か、そうすることが自然となっていた。


「リーウがいるってことは……雑用係として入団したってこと?」

「はい。キラ様の名案により、本日より〝専属秘書〟としておそばに仕えることとなりました」

「まあ、いつも通りってことなんだろうけど……。雑用なのに?」

 キラはリーウというよりもセレナに対して問いかけた。

 赤毛のメイドは、まるでそうするのが当然のように、すたすたと部屋の奥に移動していた。垂れ気味になっていたカーテンをきっちりとタッセルで留めて、窓を開ける。

 室内のこもっていた空気が外に流れていき、それと交代して、新しい風が入り込んでくる。生暖かい風で、リーウが見るからに顔を歪めていた。


「リーウさん。換気をすることで涼しくもなるのですから。暑いと思えばこそ、窓を開けておくように。全てにおいて魔法に頼るのは二流です」

 とはいえ、リリィ・オタクでもあり、セレナ・オタクなリーウのこと。厳しい口調での注意にすらも感激して、メモに書き留めている。


「失礼しました、キラ様。――雑用係は、元帥に次いで自由な立ち位置となります。といっても、本人の意思に依るものではありませんが。〝師団長〟以上は雑用係に自由に指示ができ、例えばその人物に相応しい役職を与えることができます」

「ああ、それで僕の秘書……っていうかメイドに」

「身の回りのお世話はもちろんですが、リーウさんには情報の管理もしていただきます。何しろ〝専属秘書〟ですので」

 キラが何の気なしにソファに座ると、向かい側にセレナが座った。赤毛のメイドは、帝国人メイドを手招きして、自分の隣に座らせる。


「なので、元帥と同水準の機密情報を共有することになります」

 セレナがそういうと、リーウは緊張で背筋を伸ばしていた。

 聡いリーウのことだから、それも承知で専属秘書となったのだろうが、肌身で感じる圧力と緊張感にはかなわないらしかった。


「あ……。ってことは、リーウが〝リンク・イヤリング〟を持てば……?」

「はい。今回の〝聖母教〟発の任務でも、私たちと密に連絡を取ることができます。キラ様自身が持つよりかは、速効性は落ちますが」

「まあ……。リーウのが賢いから、いいと思う。そういうメモとかってのは頼りきりになるだろうし」

「では、キラ様に了承をいただいたということで。ただ、新人式前にも申しました通り、エマの方が立て込んでおりますので……当面、私の予備で代用してもいいでしょうか」

「それでセレナが困らないなら」

「ありがとうございます」


 そういうとセレナは、メイドエプロンのポケットから〝リンク・イヤリング〟を取り出した。最初からこうなると踏んでいたのだろう。

 リーウにあらかじめ断りを入れてから、その右耳に触れる。ハテナ顔をしている間に穴を開け、〝リンク・イヤリング〟をつける。

「使い方はまた後ほど」

「え……え? あっ……」

 帝国人メイドの顔つきを見るに、痛みは一つとしてなかったらしい。手でそっと触れて初めて理解が追いつき、感嘆していた。


「さて。任務の詳細に入りましょう。キラ様は、どのくらいまで内容を把握しておいででしょうか? ……失礼、その前に。――リーウさん、あなたはキラ様の専属秘書なのですから、こう言った場合は要所をメモしておくように」

 セレナにつけてもらえたことが嬉しいのか、リーウは〝リンク・イヤリング〟の黄金のチャームをつんつん指でつついて喜んでいた。

 そこへセレナの注意が入ったことで、恥ずかしそうにしながらも即座に仕事モードに切り替える。


「あー……。授賞式で聞いたことが全てだよ。エステル・カスティーリャって人をなんとかってとこまで護衛するってやつ」

「キラ様……。私たちの間では大丈夫ですが、〝聖母教〟の方々には表面上だけでも敬意を払うようお願いします。キラ様は今や〝元帥〟……エグバート王国の品位にもつながりますので」

「う……。ごめん」

「少しずつ慣れていきましょう。――それで。〝教国〟ベルナンドの首都アルメイダまでの護衛任務は、事実ではあります。ただ、そこで終わりではありません。むしろ、そのあとが本題と言っても過言ではありません」

 そこでセレナが一旦言葉を切ったのは、リーウを気にしてのことだった。

 優秀ではあるものの、初めてのことにもたついてしまっている彼女のためにも少し時間を設ける。


「先日、聖母教〝司教〟エステル・カスティーリャ殿から、とある相談事が持ちかけられました。〝教国〟ベルナンドの内密な奪還作戦についてです。その作戦にキラ様のお力を、という……言ってみれば、要請ですね」

「奪還? 何を? てか……何で僕?」

「マルティン・イグレシアス卿をご存知でしょうか。〝聖母教〟の〝枢機卿〟にして、聖母教〝教皇〟カスティーリャ様の右腕とも知られるお方です」

 キラがその名前を頭の中で反芻するよりも早く、リーウが反応した。メモを取る手を止めて、パッと顔を上げる。


「パクスで出会った方ですね。旧エマール領で廃れてしまった〝聖母教〟を立て直そうと奮起してらした……」

「ああ……! あの農夫姿のお爺さん。そういえば、エステル・カスティーリャ……様の、付き添いで王国に来たんだって言ってたな……」

 農夫姿という〝枢機卿〟という立場からは繋がらないような言葉に、セレナは困惑していた。無表情ながらも首を傾げて、口をぱくぱくとさせて、突っ込むかどうか迷っている。

 結局は話を先に進めることにしたらしく、セレナはあえてスルーして続けた。


「そのイグレシアス卿からエステル殿へ、キラ様の素晴らしさが伝わったらしく……。あの時点のキラ様の立場を魅力的に思い、ぜひ奪還作戦に力を貸してほしいと……そういう流れになったそうです」

「あの時は、騎士団とは関係ない一般人みたいなもんだったからか……。冒険者でもあるし、国に頼むよりかは気軽に相談できるか。しかも内密にってなら、なおさら……。けど、奪還って? 何を取り戻すの?」

「約三百年前に占領された、とある領土です」


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