696.1-3「いつも通り」
「お。ドミニク、ミリー」
南側の宿場通りに入ったところで、馴染みの顔ぶれ先頭で並んでいた。ただ、二人とも素直には返事をしてくれない。
聡いドミニクは、その場の空気を読んでか、小さく手を上げたものの声には出さない。ミリーは、どうやらそれどころではなく、びっくりするほど緊張していた。
「なんか……。ミリー、大丈夫?」
キラはあえてドミニクの反応には触れず、いつものように話しかけた。すると彼女は、む、と少し考えたのちに、ふるふると首を振って応えた。
「多分、私がいないと気絶してると思う。ます」
「変な敬語いらないよ。知ってる? 元帥って自由なんだってさ」
「……そ? なら、いつも通り」
「助かるよ。その調子でミリーのこともよろしく。なんか……友達作るの苦手そうだからさ。で……実を言うと、ミリーの配属先、ドミニクたちとは違うから」
「それ……。漏らしていいの?」
「……ダメだと思う」
「気をつけて。友達だからって気を抜いちゃダメ」
「……はい」
しゅんとして返事をすると、ドミニクは嬉しそうにくすくすと笑う。
彼女にミリーを任せてから離れると、案の定、後ろの方で質問攻めが起きていた。
意外とコミュニティ能力の高いドミニクは、どうやら試験中の間にも友達ができていたらしい。監督官と一緒になって怒られている。
そんな賑やかな〝南の一番〟のすぐ近く。〝南の四番〟は、どの宿よりも合格者が多かった。少なく見ても五十人以上が整列している。
「なんか……すでにエリート部隊っぽい」
〝合格者〟という偏見があるからかもしれないが、〝南の四番〟で整列している新人騎士たちは皆凛々しい顔つきをしていた。
他とは違って自信に満ち溢れているように見える。監督官の指示に従い、ざわつきもせずに待機しているのも大きいだろう。
その中にセドリックとバックスが混じっているのも、二人とも周りと同じく身じろぎもしていないのも、割と信じられない光景ではあった。
「真面目だ……」
「……なんだよ。悪いかよ」
とはいえ、隣に立って話しかければ、セドリックも流石に反応せずにはいられないようだった。
「ってか、お前、元帥だろ? 何してんだよ、こんなとこで?」
「お? あっち行けって? 元帥なんだけど」
「んなこと言ってないだろ……。ただ……言ってみりゃあ、微妙な立場じゃん? 新人だけど元帥ってさ。なんか、こう、色々あんじゃねえの?」
「ああ、それね。僕も気になってたけど、さっきセレナがバッサリ言ってくれたよ。階級が全てだから、新人だろうがなんだろうが、って」
「そっかぁ……。じゃあさ。同期が出世頭になる、みたいな感じではいられないんだな……」
「そ、その感じはよくわかんないけど……。でも、何も変わらないでしょ?」
「……まあ。そうありたいよな」
どうやら出発の時間が来たらしく、列が動き始めた。歩き始めるセドリックについて行くようにしてキラも足を動かす。
「キラも新人式に出んの? って聞くのはちょっとおかしいか?」
「いや……。任務が控えてるから、その説明聞きに行く。……どうせセドリックも知ってるんでしょ?」
「詳しいとこまでは知らねえよ。リリィさんからざっと聞いただけで……。じゃあ、なんでついてくるんだよ?」
「そりゃこっちのセリフ。新人だってのに新人式に出られないなんて……。甘くないチョコ食わされるのとおんなじだね」
「ビター否定派かよ。意外だな?」
「そりゃあ、チョコは甘いもんじゃん」
「や、そっちじゃなくって。新人式の方。そういうのはてっきり嫌がるもんだと思ってた。元帥なんだしよ、何かと目立つだろ」
「あ……。んー……」
「頭から抜けてたな? そんで滅多にないイベントだからって思ったんだな? わかりやすすぎかよ!」
「どうせ出られないし、どうせ人目浴びまくってるよ。それより、声、うるさいよ?」
「お……! お前が話しかけてきたんだろ……!」
キラは肩をすくめて、セドリックの苛立ちをやり過ごした。
新人騎士たちによる行進は、どうやら王都中に事前告知されていたらしい。〝竜ノ騎士団〟の新しい顔となるべく、お披露目の意味も込めているのだろう
列の両側には、まるでパレードでも観にきたかのように人混みができていた。
エグバート王国やら竜ノ騎士団やらの意匠が施された旗があちこちで振られて、中には個人名を叫んで応援するヒトもいる。どこからかミリーを呼ぶナタリーの声も聞こえてきた。
もちろん、その中でも一番に目立つのが、新しい〝元帥〟に対する声。
入団後即昇格かつ〝聖母教〟公認と、異例だらけなだけあって話が広まるのが早い。
おそらくはサプライズ好きなラザラスがそう仕組んだのだろうが……キラとしては、なかなか胃の痛いことだった。
セドリックのすぐ隣……すなわち、新人たちの行進から外れながらも、誰にも何も言われず歩いているということで、すぐに〝元帥〟だと目星をつけられる始末。
「こういうの、慣れていかなきゃなのかなあ」
いつもは何だかんだと言いながらエルトが助言してくれるものの、今はそれもない。セドリックに相談しようにも、流石に新人式直前とだけあって、他人にかまっていられる余裕はない。
いずれは一人で、〝元帥〟としてエグバート王国国民とも向き合うことになる。そう考えると、いつまでもヒトに頼ってはいられなかった。
とはいっても、苦手なものは苦手。〝グエストの村〟でのトラウマは一向に薄まることはなく、集団やら群衆やらに嫌悪感にも近い感情が渦巻いてしまう。
リリィのように、愛想良く振る舞うのが一番なのだとわかってはいるが……キラには、そんな自分がどうにも想像できなかった。
「一体どうすれば……」
悶々と考えているうちに、さまざまな期待の声を通り過ぎる。考えても考えても答えは出ず、とりあえず、背筋を伸ばして歩くことを意識した。
リリィの真似をするだけで幾分格好はつくらしく、声援はより色めき立つ。
その代わりにメンタルはガリガリと削れていき……〝北部第二騎士寮〟の門が見えてきた頃には、ヘトヘトになって猫背になっていた。




