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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
7と2分の1章

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694.1-1「兵士局の元帥」

 竜ノ騎士団〝元帥〟。千年続く王国の長い歴史の中にあっても、穢されることなく〝最強〟と〝信頼〟の象徴であり続けた。

 例外を許さない〝人事局〟の体質がなくとも、〝見習い〟から一足飛びに〝元帥〟昇格はあり得なかっただろう。

 その不可能を、キラは成し遂げた。

 〝王都武闘会〟にて、予選から本戦準決勝まで無傷完勝。〝元帥〟アラン戦でも、エルトの力を借りたものの、ほぼ無傷で戦い通した。


 〝英雄の再来〟の活躍と〝王都武闘会〟での無双っぷりを結びつけた形となり……聖母教〝司教〟エステル・カスティーリャの前例なき〝元帥認定式〟も相まって、即時〝元帥〟昇格こそが自然な形となった。

 歴史的快挙である。

 エルトリア家が総出でお祝いをしてくれ、さまざま忙しいはずのリリィたちも時間を割いてくれた。

 豪勢な食事の途中、ラザラス、ローラ三世、クロエ、エステル・カスティーリャといった面々が顔を出したのだから、否が応でも凄まじい事態の渦中にいるのだと実感せずにはいられなかった。


 そういう一連の流れがあったため、大会終了後、キラはエルトリア家に直行したのだが……本来ならば、新人騎士たちは入団試験でそれぞれに当てられた宿で待機するところ。

 ということで、〝元帥〟ながらも新人騎士という立ち位置のキラも、お祝いの翌日、〝北の三番〟に蜻蛉返りすることになった。

 ただ、新人元帥という立場は、異例なだけあって扱いが難しいらしく……。


「え〜……。では、ですね。え〜……そのぉ……。わざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます」

 〝北の三番〟宿のエントランスホールで、十人の上級騎士が新人騎士に頭を下げるという、逆転現象が起きていた。

「あ〜……。ありがとうございます?」

 キラとしても、何と返せばいいのか全く見当がつかない。

 集団行動を滅多にしないこともあって、エルトに助けを求めたかったが……彼女は現在、二日酔いでダウン中。

 ゆえに……。目の前にずらりと並んで頭を下げる騎士たちの中にあって、ピンとして背筋を伸ばす〝元帥〟セレナに目を向けた。


「ここにキラ様の反応に異議を唱えられる者はいません。自然体でよろしいかと。というより、私もこのような状況に立たされたことがありませんので、答えは分かりかねます」

「そう? ならいいけど……。――あ、あの、みんな、顔あげてもらって。なんか、僕のメンタルが削られる」

 頭を上げたら上げたで、彼らの視線が痛いくらいに突き刺さる。〝元帥〟への礼儀は忘れていないものの、皆、並々ならぬ好奇心と興味が目に表れている。


「あ、あのさ……。僕も新人なんだしさ……。もう他の見習いと扱い同じで良くない……?」

「なりません」

 ぴしゃりと跳ね除けるセレナ。あろうことか、〝北の三番〟宿の監督官たる上級騎士たちも、しきりに頷いていた。


「竜ノ騎士団において、〝階級〟は絶対です。特に、〝元帥〟に関しては徹底されています。新人だからという言い訳は成り立ちません」

「じゃあ……。元帥は絶対?」

「少なくとも〝兵士局〟においては。下の者は、命令や指示はもちろん、意見をすることすら禁止されています。許されるのは情報の提示のみ」

「うげ……。厳しいね」

「むろん、多少の融通は私たち元帥側で効かせますが……。しかし、〝元帥〟は三人……今はキラ様を含めても四人しかいません。それに対して、〝師団長〟以下は二十万人。とてもではありませんが、たとえ意見であっても捌ききれません」

「ああ……。役割分担は大事だよね」

「さようでございます。元帥はエグバート王国最高戦力の一角。的確に動いて状況を打破せねばならない時に、一人の騎士の意見に左右されていては本末転倒です。大抵のことは自分たちで解決するように、という心構えでもあります」

「ふぅん……。分かりやすいは分かりやすいよね。元帥からは指示出してもいいんでしょ?」

「――そこです。キラ様に申し上げねばならないのは」

 ずい、とセレナが一歩近づき、さらに前のめりになって顔を近づけてくる。美しい顔立ちが鼻先にあるというのに、迫力しかない。


「ち、近い……」

「失礼しました」

 す、と身を引くセレナ。

「元帥はその〝指示〟が主だった仕事となります。基本的にはより〝階級〟のある騎士に、指示の内容とその意図をきっちりと伝えることが重要になります」

「う、うん……」

「ですので。『僕が行けば早い』などとキラ様自身が動いていては、厳格な規則の意味がありません。それでは、キラ様ご不在時、万が一の出来事が起こった場合、誰も対処できません――迷いが出てしまいます」

「いや、でもセレナたちもいるし……」

「そういうことを言っているのではありません」

 ずい。

「また近い……」

 スッ。


「キラ様が行けば解決するのは当たり前です。しかし、それをされては下の者たちの存在意義が揺らぎます。ですので、本当に動かねばならない事態以外では、自分が出るという判断はなさらぬように」

「うー……。難しいけど、気をつけるよ」

「ぜひ。ちなみに、元帥同士の指示も御法度です。意見のすり合わせはできますが、元帥が元帥を動かそうとしてはなりません。〝元帥〟に指示できるのは、〝総帥〟とエグバート王国国王、このお二方のみです」

「へえ……。んー……? そういえば、旧エマール領の〝武装蜂起〟のとき、リリィたちに救援求めたけどアレは……」

「あの時はまた状況が違います。キラ様は騎士団の人間ではありませんでしたし、そうでなくとも火急の事態でした。あれを咎めるような人間は、騎士団には要りません」


 言い切ったセレナに、頷く上級騎士たち。

 初めてコリーと話した時、仕事として騎士に就いているというその〝仕事観〟に少なからずショックを受けたが……だから真っ当な騎士道がない、ということにはならない。

 それを目の当たりにして、キラはほっと安堵の息をついた。


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