692.一歩ずつ
カインたちが〝フランツ襲撃事件〟を逆に利用し、王国への交渉の切り札としようとしているのはなんとなく理解していた。
それ自体には興味はない。
咎めるつもりもなければ、誰かにチクるつもりもない。
ただ、その行末と、そしてこの事件の裏にある真相には、どうしても目を逸せない。
もしも……もしも。
彼らが、一連の〝フランツ襲撃事件〟を自作自演したならば?
可能性は、ほぼない。
演技をしている様子もない。
だが。
彼らのバックには、ミクラー教〝教祖〟モーシュがいる。
オストマルク公国にて、オストマルク公爵家よりもはるかに支配権を持つ人物である。
カインたちの目的は、〝ガリア大陸〟奪還のための仲間集め。そこに嘘偽りはない。
ただし、カインたちを送った〝教祖〟モーシュの目的もそうであるとは限らない。
そもそも、モーシュ自身が〝魔法の神力〟なる規格外の〝神力〟を有している……王国にわざわざカインたちを向かわせてまで、仲間集めをする必要もない。
カインも、キラや〝元帥〟レベルではないとはいえ、貴重と言える戦力ではある。
第一王子であるレナードの身柄が目的かとも思ったが、ならばなおさら、カインを交換留学に出さずとも良い。
身分だけでいえば、もっと上がいるのだから。貴重な戦力を国外に出すよりもよほど効率的である。
ということは、カインでなければならない理由があり……それはすなわち、モーシュには、カインたちにも明かしていない目的があるということになる。
カインという人物が、エグバート王国という場所を訪れることが、何か重要なのである。
そのモーシュの目的と、〝フランツ襲撃事件〟とが密接に絡んでいたら……?
つまり、モーシュが手ずからフランツの身の安全を害し、何か成そうとしていたら?
そう考えると、辻褄の合う事柄が多い。
一回目の襲撃でフランツを逃したのは、自国の貴族だから。
二回目の襲撃であえて〝指示書〟を落としたのは、一連の事件をエグバート王国の仕業と見せかけるため。
考えれば考えるほどに、疑いは深まっていく。
だからグリューンは、『七人のチンピラ』騒動の真相を伝えることはなかった。可能性がある以上、一人で臨機応変に動く他になかった。
「そうなんだよ……。こっからややこしくなる……」
あの時、捕まえた四人のチンピラの内訳は、『素人三人』に『手練れ一人』。
その事実を……それが示す意味を、グリューン以外には知らない。
フランツはカインたちと合流して、その場にはいなかった。その流れで到着したカインたちは、チンピラ四人を全員『雇われチンピラ』と認識したのだ。
だからこそグリューンは、自分だけが知る『手練れ一人』の存在で、〝フランツ襲撃事件〟に隠れた真相を釣ろうとした。
『七人のチンピラ』騒動において、どうやら襲撃者六人組は硬い絆で結ばれていると判断できる。
『手練れ一人』は、キラという圧倒的強者から仲間たちを逃がすため、一人捕まる立ち回りをしたのだ。
闇に紛れる裏稼業の人間にしては随分と甘い関係ではあるが……それでも事実は事実。
仲間が一人囚われた。となれば、それを取り戻すはず。
危ない橋を渡るのを承知でクリーブ・ロードン捕獲の作戦を提案したのは、襲撃者たちの行動を期待してのことだった。
効果はテキメン。
おそらく、あの時、クリーブ・ロードンが巡回中の騎士に追いかけられていたのは、襲撃者たちの仕業。
無断出店をチクって、騎士を案内すれば……騒動を起こすタイミングは測りやすい。
事実、ジョンと名乗った手練れなチンピラは、どさくさに紛れて姿を消した。
クリーブ・ロードンは、襲撃者たちにとって、使い捨てのコマでしかなかったのだ。だから、その命運をカインたちに投げてよこした。
「ロードンも哀れだな……。反王国派ってことで目をつけられて……その意思を使われて……捨てられる」
これまでの流れからすると、クリーブ・ロードンからその名を聞き出したクレイグス卿も同じ穴の狢だろう。
ゆえに、グリューンが目をつけるべきはそこではなかった。
「カインを誘拐したっつう襲撃者たちのリーダー格。捕らえられりゃ良かったが……」
クリーブ・ロードンがクレイグス卿と接触するとなった時、いつの間にかカインが消えていた。彼だけでなく、ライカたちも……。
後で話を聞くと、カインたちは揃いも揃って、物陰から〝錯覚系統〟で眠らされ誘拐されていたらしい。
ただ、彼らのことをグリューンも笑えない。
スパイを生業としていただけあって眠らされるような間抜けはしなかったが、随分と苦戦を強いられた。
二人を同時に相手にしたということもあるが、何せ……。
「――誰だ?」
グリューンがボードに貼った〝小瓶の絵〟を睨んでいると、扉の外でヒトの気配がした。
「セレナです。失礼してもよろしいでしょうか」
「別にいいが……。かしこまった言い方すんじゃねえよ」
部屋に入ってきたのは、セレナ・エルトリア。グリューンが苦戦した刺客二人をものの数秒で制圧してしまった〝元帥〟である。
「おや。感心ですね。報告書をまとめているのですか」
「情報整理のついでだ。どうもややこしいんだよ……」
「ふむ……。〝フランツ襲撃事件〟ですか。私は偶然あなたの手助けをしただけで、あまり深いところまで把握していないのですが……。報告書を拝見しても?」
「どーぞ、〝元帥〟サマ」
セレナは音もなく近づくと、立ったまま報告書を読み始めた。
「座れよ、落ち着かねえな」
「メイドですので。立っていた方が頭が回るというものです」
「変なの……」
「第一の事件……第二の事件……。キラ様の関与に……。ロードン確保。――この襲撃者六人には、ロードンやクレイグスとは別に、個人あるいは組織のバックアップがありますね。私に助けを求めたのは、これを内密に調査するためですね?」
「記憶を改竄すんじゃねえよ。手伝え、つったんだ」
「同じ意味でしょうに。これは一人では手に負えない案件ですし……素直にそう言えるのは美徳です」
「ふん……。無表情に言われてもな」
「おや。笑ったつもりですが」
確かにセレナが自分でいう通りに、ほんのりと口元が緩んでいるようには見える。ただ、それはおぼろげな幻のようで、目を離してしまえば消えてしまう。
「けっ、笑ったうちに入らねえよ」
ミクラー教〝教祖〟モーシュのことを抜きにして考えても……。
クリーブ・ロードンおよびクレイグス卿を使い捨ての駒にしたのは、紛れもなく計画のうち。誰かが、王国の皮を被って、何かをやらかそうとしている証拠とも言える。
そして、そうやって頭を巡らす人間は、前線に出ることをひどく嫌う。
事実。
襲撃者六人は、全員死亡した。
「失踪ののち事故死……。この手のやり口には覚えがあります」
「あー……。〝闇ギルド〟事件だったか?」
「構図もよく似ています。身内ではない第三者を黒幕に仕立て上げて、それを隠れ蓑にして動く……。同一組織……少なくとも、同じ人物が関わっているのは確かでしょう」
「面倒なこった。死を安易に使うのは雑としか言えねえが、効果的っちゃあ効果的だ」
「私も、またドブさらいをするとは思いませんでした……。浮かんできたので手間は省けましたが……。どちらにしろ、気分は良くありません」
「だろうな。ただまあ……殺しと判断できる死体がある分、マシだろ」
溺死が二人。焼死が二人。あと二人は、セレナに制圧されたのち、その場で自死。
だがこの中に一人だけ、殺人事件と断定できる死体があった。
それは、焼死の一件だった。
この遺体は、実を言えばグリューンが発見した。
セレナがライカたちを救出しに向かう間、行方のわからなくなったロードンを探していたのだが……。〝歓楽地区〟近くの空き家が真っ赤に燃えているところに遭遇したのだ。




