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~新世界の英雄譚~  作者: 宇良 やすまさ
第1章

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70.大丈夫

 悩みが晴れたかはともかく、気分転換にはなった。

 執事服のような服装にエプロンを付けて、スキンヘッドでヒゲモジャな紳士が、太い指を細やかに操り淡々と料理をこなす姿はなかなかだった。

 あまりにも見た目の印象からかけ離れた姿だったが、その腕前は本職を上回る勢い。

 もはや手伝うことすらおこがましく、その鮮やかな手さばきを見学するばかりだった。


 そうリリィは思っていたのだが……。

『最近、淑女が想い人へ手料理を振る舞うのが流行らしいです』

 というセレナの意味不明な鶴の一声により、クロエと一緒に簡単な料理をつくってみることになったのだ。

 お題は目玉焼きだったのだが……二人して惨憺たる結果となった。

 エマには盛大に笑われ、セレナには大きくため息をつかれ、サーベラスには『子どもは気にしない!』という余計なフォローをされ。小さな女王ローラには『味が一番ですからね……?』などと気を使われてしまった。


 そこでリリィはムキになり、クロエと競うようにして次のお題に取り掛かったのである。

 絶望的な失敗と微妙な成功を繰り返し、何個目かの課題のおにぎりを作っていた時、ついにその報告が手紙で舞い込んできた。

 サーベラス騎士団本部から帰ってきたアンが手にしていた手紙には、『王都陥落』の文字だけが綴られていた。


「花嫁修業はこれで一旦区切りということですわね。残念」

「父上。申し訳ありませんが、片付けはお願いします。――食事をしながら方針を打ち立てましょう。もはや一刻の猶予もありません」

 何やらげっそりとしているサーベラスに後片付けを任せ、リリィはクロエとともに食堂へ向かった。


「アン。王国騎士軍はまだ到着していませんの?」

「はい。一応、サーベラス騎士団の方には話を通しておいたのですが。お呼びしてきましょうか?」

「そうね……。クロエさん、申し訳ありませんが、王国騎士軍の代表として会議に参加してくれますか?」

「承知しました」

「サーベラス騎士団の指揮をしているのは、確か……」

「一応、父ですが、実際に戦場へ向かうとなれば、別な方がおります。ただ、騎士団の人間といえど領内に入るには厳正な手続きが必要となりますので、王国騎士軍と同様に、私が代表代理を務めましょう。――あまり時間を無駄にしたくはありません」

「では頼みます。それと、セレナもエマも。何さっきからだんまりとしていますの」


 ちらりと振り向いたリリィの目には、意気消沈しているメイドと研究者の二人がいた。

 周りには良い匂いを漂わせる皿が浮いているというのに、ふたりともそれに振り向きもしていない。どころか、顔を背けてさえいる。

 そんな彼女たちの様子を、事情を知らないアンがどこか楽しそうに不思議がっていた。


「察してください、リリィ様。もうお腹が膨らんでいるのです」

「なんで……? マーブル模様の目玉焼きの時点で察してたけどさ〜……」

「見た目はともかく、味はちゃんとしたものだったでしょう。そういう意味で言えば、クロエさんのほうがよっぽど……」

「む。失礼ですが、私の料理も味だけはまっとうなものでした。見た目もそこそこです」


 言葉の裏に含まれた意味を読み取り、リリィは反論しようとして……右手をつないでいる女王ローラがぽそりと呟く声を聞き取った。

「お料理……私も学んだほうが良いでしょうか。お父様も、冒険のさなか『豪快料理』というものを学んだそうですし」

「女王陛下に想い人ができたときのために、練習しておくのは良いことかもしれませんわね」

「ではトライしてみます……! そのためには、まずは王都を奪還しなければ!」

 小さな女王の固い決意にリリィは感化され……セレナたちも同様に気を引き締めたようだった。


 食堂に戻り、セレナとアンによって並べられた料理に手を付け始めたときには、緩んだ空気は一ミリたりともなかった。

「とりあえず、本作戦の概要から行こうか~」

 エマがパンをほうばり、もぐもぐとしながら言う。

 淑女として注意したいところではあったが、場合が場合なだけに、リリィも特別触れはしなかった。

 スープにスプーンをくぐらせ、唇を当てて静かにすすりながらも、耳は傾けておく。


「ざっくりといえば、王都をわざと奪わせておいて、改めて取り戻すってやり方だね。都民の安全を最優先に考えた末の、ラザラス陛下……あ~、元陛下の案だったんだよ。クロエちゃん、最初腰抜かしてたよね」

「ええ。さすがに……突拍子もない考えでしたから」

 フォークに巻いたパスタをぱくりと咥えたクロエは、どっと疲れを感じていたようだった。その様子に、ローラが苦笑いしながらサラダを口に運ぶ。


「ただ、七年前のことを考えれば、徹底抗戦は被害が広がるばかりなのは目に見えていました」

「そこで、王都民を人質に取られて盾にされるなんて事態に陥られないためにも、策を練ったんだよ。帝国としたら、王城の占拠が侵略のゴール地点。だから、これを利用したわけ。防壁付近で交戦して、やられた風を装って撤退、王城に引きこもる。餌が目の前に吊り下げられたら、誰でも手を伸ばしちゃうからね~」


 そこで、ハンバーグを切り分けていたセレナが、ふとつぶやくように問いかけた。

「いわゆる籠城作戦ですか。しかし……帝国軍の威圧的な破壊活動が街へ及ぶ可能性もありますが」

「そこは私も心配どころ~でね。こればっかりは、帰ってみなきゃ分からない。だけど、ラザラス元国王はわりかし『大丈夫だ』って断言してたよ」

「はあ、そうですか……」

 セレナが首を傾げつつフォークでハンバーグを刺す。口へ運び静かに咀嚼していたところ、その疑問に答える声があった。


「私、お父様に昔の冒険の話をよく聞かせてもらったのですが。そのとき、帝国にも立ち寄ったと話してました。『あんまり楽しくはなかった』っていって、詳しくは聞けなかったんですけど……でもそのとき、お友達を助けるために一緒に戦った、って」

「一緒に……とは?」

 リリィは少しでも詳しいことを聞きたくなって、つい口を挟んだ。

「確か……『穏やかでいたい人たちの手助けをした』と」

「派閥争い、といったところでしょうか。となれば、ラザラス様が大丈夫と断言するのは、帝国軍を指示する立場に在る人間が知り合いだから……とかでしょうか」

「はい、その通りです。前の皇帝は『まぶだち』で、今の皇帝は『友達の友達は友達だろ』っていってました……ということは、お友達なんでしょうか?」

「……ああ。もうわかりました。十分ですわ」


 急に頭が痛くなった気がして、リリィはスプーンを置いて眉間のシワを指でほぐした。ローラ以外の誰もがその事実を初めて知ったらしく、それぞれ同じように頭を抱えていた。


「なるほど~……。口ぶりからは、『知ってはいるけど面識はない』みたいな? じゃないと戦争なんて仕掛けてこないよね」

「あるいは、帝国”軍部”が力を持ちすぎているか……でしょうね」

 その確信を持ったようなクロエの言い方に、皆が注目した。

「あの少年から聞きました。『軍部が国政の主導権を握っている』と。名ばかり、とまではいかずとも、皇帝にその発言をはねつける力がないそうです」

「そういえば……。同封されていた密書も、なんだか皇帝を無視して軍を動かすような文言が目立ってました」


 いまいち汲み取れない内容のアンのつぶやきにリリィが首を傾げていると、セレナが軽く説明してくれた。

 何でも、帝国軍の動き――すなわち王都襲撃の日時を知らせる密書が、竜ノ騎士団あてにとどいたらしい。”スピア”と名乗るその人物は、その情報が正しいことの証明に、他の密書を同封していたというのだ。

「開いた口がふさがりませんわね……。帝国相手によくそんな芸当ができたものです」

「タイミングや情報の毛色からして、エマール城内の誰かだとは思うのですが……」

 セレナも、言いながら首を傾げ不思議そうにしていた。


「それで、その”他の密書”が軍部優勢の帝国の内情を示していた、と?」

「普通であれば、侵略戦争なのですし、トップの名前なり印なりあってしかるべきとおもうのですが……それがありませんでした」

「皇帝の命令は通るし下の者も従いはするものの、戦場での行動は”軍部”側がコントロールしている、行ったところでしょうか……ラザラス様が『大丈夫』としたのを考慮する限り。……どちらにしろ、わたくしたちが頭を悩ますところではありませんわね。それで、エマ、続きを……」

 エマは話がよそへ飛んでいる内に、頬いっぱいにパンを詰め込んでいた。

 時間をかけて飲み込み、ようやく恥ずかしそうに咳払いをする。


「王城に敵軍を近づかせた後は、至ってシンプルさ。わざとらしくない頃合いを見計らって、降伏。その後は、ラザラス元国王が『なんとかする』って言ってたけど……」

「お父様、本当に大丈夫なのでしょうか……?」

「そこらへんは、私も大丈夫だって保証できるよ。今回の戦争、エマールが必死こいて集ったらしい傭兵が先陣を切った。”授かりし者”の操った魔獣の軍団も襲撃してきたけど、帝国軍の旗はなし。ってことは……」

 エマの言葉の続きを、クロエが淡々と引き継ぐ。


「帝国側としても、エマールを先に立たせたいという思惑があるのでしょう。王国を支配するということは、すなわち王国民を帝国の支配下に置くということ。しかし、帝国の名での開戦を避けたとなると、『力による支配』という印象を避けたいという思惑が見え隠れします」

「たぶん、ラザラス元国王はこのへんから軍部じゃなく皇帝の意思を感じ取ったんだろうね〜。エマールを上手くおだてて突っ走るように仕向けちゃえば、『帝国はエマールの反乱に乗じただけ。エマールの意見に賛同したからこそ王国を侵略した』って構図を作れるし」


 今度はセレナが首をかしげ、疑問を投げかける。

「エマールの意見……?」

「ラザラス元国王、笑いながら『エマールにちょいと前から脅されててな!』って言ってた。内容は『せっかくのサプライズが台無しになるから言わんさ!』だって。さすがに私もドン引きしたけど」

「サプライズとは……。自分の身が危ないと言うのに……」

「ま、もともと冒険者的に旅に出てたから、こういう事はいっぱいあったんだろうね~。――で、軽くまとめると、エマールが先頭に立って王都を攻撃してくるもんだから、そのエマールを揺さぶって王城に引きつけておこうって話」

 リリィもセレナも、食事の手は止めずにうなずく。


「帝国主導ではないところを狙ったということですわね」

「王国の地理を把握するには、事情に詳しい王国内部の人間の協力が不可欠。あの頭の弱いエマールが、ってことで、踊らされてる可能性が高いってみたんだけど……見事に的中した形なんだよ」


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