683.気付き
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翌日。
対バックス戦で気を失ったセドリックは、丸一日かけて意識を取り戻した。
その瞬間に再び目の前が真っ暗になったのだが、それは小柄な恋人の仕業。
ドミニクが珍しく感情を露わにして抱きついてくるや、わんわんと涙声で何事かを訴えたのである。
「で……。意外と、瀕死だったんだなあ」
「だなあ、じゃない」
竜ノ騎士団が用意した合格者用宿の一室で、セドリックはドミニクとの二人きりの時間を噛み締めていた。
一緒のベッドに入り、恋人の小柄な体を膝において、覆い被さるようにして抱きしめる。今ほど、自分の大柄な体が誇らしい時間はない。
まるで人形のようなドミニクは、恐ろしげに表情を尖らせていた。しかし恋は盲目と言ったところで、セドリックはその様子も可愛くて仕方がなかった。
「〝治癒の魔法〟じゃ回復しきれないから、今安静にしてるの。反省して」
「反省つっても……。頑張ったじゃんよ?」
「そうだけど。心配する」
「……。ありがとうな」
ドミニクにはいえなかったが……。セドリックは、いつも無茶をするキラの気持ちがわかってしまった。
キラはいつも命を賭けている。その極限の状況と試合とを比べるのはあまりにも愚かではあるが……こうして心配してくれることが嬉しいのは、間違いなく共通している。
どんなに強靭な精神を持っていようと、喜んで怪我をして、喜んで死に瀕するようなことはできない。
だがそれでも、キラが窮地に迷わず飛び込めるのは、いつも誰かが心配してくれて、いつも誰かが安全を思って説教してくれるからだろう。
彼がそれを自覚しているかは怪しいところだが……リリィやセレナやリーウが、きちんと〝居場所〟を作っているからこそ、キラも高潔な精神を保っていられるのだ。
誰もいない〝居場所〟を必死に守ることほど、虚しいことはない。
そう考えると、セドリックは幸せだと思った。腕の中にいるドミニクの温かさを感じて、一際ぎゅっと抱きしめる。
「負けたの、悔しい?」
「ん? まあな……。相手がバックスだし」
「ホント、反りが合わない」
「なんか……。一人で勝手に拗ねてる感じが嫌いなんだよ」
「拗ねてる? ……どこが?」
「だってよ。いっつも一人じゃん。話振っても斜に構えて噛みついてくるしよ。嫌い」
「最後の一言に凝縮されてる……」
他にも言葉にできない感情は色々とあったが、セドリックはそれらを一旦〝ドミニク吸い〟をして忘れた。サラサラな髪の毛に鼻を埋めて、思いっきり香りを堪能する。
「それ、やめて。キモイ」
「ひ、ひでえ……。けど……やめられねえんだなあ」
「むう。それで?」
「それで、って?」
「試合の時の〝身体強化〟。なんであんなにいきなりできたの?」
さすがは恋人。少しの挙動や変態的仕草でバックス関連に触れたくないことを悟ってくれた。
「んー……。わかんない」
「なに、それ?」
魔法使いとして頭角を表したドミニクとしては、どうしても気になるのだろう。モダモダともがいて腕の中から離れ、少し距離を置いて対面して座る。
「いや、ほんとに。無我夢中でさ……。どんなふうに負けたのかだって朧げなんだよなあ」
「何をしたかは覚えてる?」
「……い、いや」
「いきなり魔法の〝気配〟を爆発させたかと思ったら、段違いのスピードで走り始めたの。バックスの〝爆破の魔法〟にも負けないくらい」
「あ、あ〜……? そういえば、そんなことがあった気がしなくも……」
「気がするも何も、現実にそうしていたの」
ズイ、と詰め寄られてジト目で睨まれるも、可愛らしいという感想以外に出てこない。
バックス戦の最終ラウンドをほとんど覚えていないのは事実。
勝つにはどうするべきかを延々と考えていたのは強く記憶に残っているが、それ以外ぽっかりと空いている。
「キラにもリーウさんにも、何はともあれって感じで褒められたけど……。実感がねえんじゃなあ。再現性ってやつが皆無じゃん」
「大丈夫。できるまでやればできる」
「なんだよ、そのメチャクチャな根性論」
「だって、実際にそう。リーウさんからアドバイス色々聞いたし……私だって魔法使いだから」
「アドバイス……?」
こくりとうなづいたドミニクは、饒舌に話し始めた。
「まず。近接戦を主体にする戦士にほぼ必須な〝身体強化の魔法〟って、魔法使いには〝特殊系統〟で知られるんだって。つまり、普通の〝魔法現象〟ではないって認識」
「普通の……っていうのは、例えば火を吹いたり、水を出したり、ってことだよな」
「そう。〝魔法的〟っていうと、そういう『なんの脈絡もなく突発的に引き起こされた自然現象』なんだけど。〝身体強化の魔法〟はそうじゃない……傍目には変化がない」
「はあ。なるほど? で、それが……?」
「魔法ってね。人体に流れる〝魔力〟と、それを引き起こす〝ことだま〟で成り立っているの。で、〝魔素〟に干渉して……って流れなんだけど、”身体強化の魔法”はあえて人体の中で完結させる技術……なんだって」
「うん……んー……? つ、つまり?」
「〝ことだま〟の目的は〝魔素〟に干渉することだけど、〝身体強化〟に関しては、自分の中の〝魔力〟に働きかけることになるの。〝魔力〟っていうエネルギーの矢印を、〝魔素〟に対してじゃなく、人体に向ける。実際は、人体の隅々に宿る〝体内魔素〟なんだけど」
「うう……。俺、初めてドミニクが何を言いたいのかわかんなくなった……」
「私の言い方も悪かった。――つまるところ、〝身体強化の魔法〟は体の内側でエネルギーを爆発させる魔法なの。だから身体機能が強化されるし、だから反射神経も鋭くなる。溜めて、解き放つ、みたいな」
「ああ……戦士向けって、そういうことか。普通の魔法じゃないけど、全部自分の体の中で完結するならコントロールしやすいもんな。……あれ、俺は?」
「そこ。私が言いたいのは。ひいては、リーウさんが言いたかったのは」
「おう……?」
「溜めて放つ、って言葉では簡単だけど……。ヒトによっては度合いが全然違ってくる。どれだけ溜めなきゃいけないか、どれだけ〝魔力〟を解放しなきゃいけないか。セドリックは、両方において最大限のエネルギーが必要だったの」
「重いものを思いっきり動かす感じか……。けどそれってさ……俺が魔法下手だったわけじゃ……?」
「いや、ド下手」
「ンン……」
「だから、余計に手間取って……あんなことになった。それに気づけなかった私のせい」
いつもの様に淡々と事実のみをいうドミニク。しかし彼女の恋人であるセドリックには、その目も表情も明らかに沈んでいるように見えた。
「そんなことはないだろ。キラも言ってただろ。たとえ簡単なことでも、それを理解するのと気付くのとじゃあ全く別物だって。そんなことよりさ! 俺、また使うにはどうやればいいかな?」
ドミニクはしばらく答えてくれなかったが、そっと両手を向けてくる。まるで子供の様な甘え方に笑いを堪えつつ、セドリックは彼女の体を引き寄せた。




